第45話 同じ穴の狢
それからしばらくして、猫姫さんからのリーク情報通りに大会の延期が発表される。
「まあ、延期になったのなら好都合です。ここまでの情報を踏まえて戦術のアップデートを図りましょう」
「連携や戦術を深めていくのは当然だが……延期になった理由が気になるな。聖天使猫姫、なにかを伝えられていないのか?」
「……たぶん、わたくしが戦った相手が関わってると思いますの。あの人は間違いなく課金者ではない。それなのに【黄金の才】があっけなく負けてしまうようならバランスが破綻しているということですの。最悪の場合は即日パッチ案件ですわね」
さすが課金額1億円の大口顧客。とはいえ、顧客が負けるたびに弱体化アプデなんてしていたら大問題だ。
そしてそれ以前の問題として——。
「ユーキさんが仕事を放棄している限り、どんなバグも公式仕様に早変わりだ」
もちろんユーキさんにも許容できないようなバグならさすがに動くのだろうけど、無課金が課金者を瞬殺できるのならむしろ彼女にとっては望むところだ。
彼女が掌握しているゲームシステムの範囲にもよるけれど、結局、修正なしで大会は再開されるだろう。
となると、偵察が必要ですね。
「よし、さっきのローブの人にインタビューしにいきましょうか!」
強さの核心を知っているのは当人だけですから!
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>あんなローブに隠れて正体隠してるような奴がインタビューに答えてくれるのか……?
>堂々とインタビューをして聞いた情報で対策するクソ配信者と聞いて
>チートだぞ。俺は詳しいんだ
>↑これマジ?はやくBANしろ
>ソウルワードも半分チート
>↑全部チートだぞ
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まだ会場内にいる——はず。いや、絶対に!たぶん。そう考えて観客席のあたりをぐるりと一周見渡すと……いた!あの怪しげな黒ローブ、間違いない!
「すいませーん!きゅーてくちゃんねるの卍荒罹崇卍という者なのですが……」
声を掛けるとローブの人たちが振り返る。そして、ボクを一瞥してひと言。
「〈魂の言葉〉……次はあんたらっすよ」
「え!?あ、あの。すいません、どういうことでしょうか」
不意に漏れたひと言の真意が掴めず、ボクは思わず聞き返してしまう。
「——【黄金の才】、〈魂の言葉〉……どちらも同じ穴の狢ってことっすよ。才能がなければ使えない。ゲームの根本を覆すクソ仕様。そんなものを……僕は許せない」
胸の真ん中を鋭くえぐられた気がした。
そうだ。確かにボクは【黄金の才】という仕様をバカにしていた。限られた成金しか使えない、現代の才能をそのままこちらの世界で振るう悪魔のシステム。
課金自体は他のゲームにもあるが、ここまで露骨なものは見たことがない。初めて耳にしたとき、ボクはこのシステムに本能的な嫌悪を抱いた。
自分のやったことを棚に上げて。
〈魂の言葉〉だって似たようなものなんだ。このテクニックは頭のネジが外れている才能のあるプレイヤーにしか使えない。
持たざる者から見れば、その結果は【黄金の才】とまるで変わらない。
今までのボクの価値観からすれば、システムの理屈から起こり得る仕様なのだけど、それならば【黄金の才】だって立派な仕様なんだ。
「けれど、責めてるわけじゃないっすよ。僕だって同じっすから。誰にでもできるけど、誰にでもできるわけじゃない。そんな小細工で対抗してるだけ」
ボクに向けた言葉ではない。ただ、うわごとのようにつぶやくだけのローブの男だった。
ローブの男に視線を向けると、背後の同行者が小声で何事かをささやいた。
そして、ボクたちを置いて、2人は去っていった。
「俺と同じだな」
ゆうたさんが低く、ぽつりとつぶやいた。
「あの男はこのゲームを仕事として捉えている。目的としては、逆といったところだが」
「逆?」
「俺がこのゲームをプレイしていたのは、eスポーツ選手としての仕事の契約があったからだ」
「……それ、話してもいいんですか?」
「構わない。契約は解約したからな。内容については——簡単に言えば、【黄金の才】に負けろ、とのお達しだったな。著名な選手が圧倒的な暴力の前に敗北する姿を求めていたらしい」
以前、ボクがゆうたさんと闘技場で戦った時にふと彼が漏らしたつぶやき。それが脳裏をよぎった。
——利益と効率だけの仕事に、嫌気がさしたからかな——
「つまり……」
「そうだ、俺はこのゲームの裏について理解していたが、黙っていた。そして言うなれば八百長の片棒を担ごうとしていたというわけだ。軽蔑したか?」
軽蔑? そんな感情が湧くはずもない。選手にはスポンサーが付くものだ。社会人としてはその意向に逆らえないこともあるだろう。
そもそもそういった機密情報について黙っているのは社会人としては当たり前のこと。
と擁護しようと思ったけど、よく考えたら普通に契約を暴露してるから、何も言えない悲しみ。
う、うん。今は核心から逸れるし、突っ込まなくていいよね!結局その契約やめたんでしょ?
「ちなみに今の情報については開示許可を得ている」
「良かった。内部機密を勝手に暴露しだすゆうたさんはいなかったんですね。……でもなんで?」
「契約を自ら破棄し、立場を捨ててまでゲームに挑戦する選手が八百長をするまでもなく想定通りに敗北する、というのはかなり美味しい流れだからな。……とプレゼンしたら、円満に解約できた」
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>これはプロ社会人
>巧みな話術で目的を達成する最強選手
>営業技術すごいですね
>ゆうたさんかっこいい
>八百長しようとしてたのか最低だな卍さんのチャンネル登録解除します
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解除しないで!?ボクは関係ないですよ!!
しかし、未遂とはいえこの情報は少なからずゆうたさんの名声にダメージを与えることになる。円満であってもこれまでの立場を捨てていることに変わりはない。
そこまでして、契約を解除したのなら。
「もちろん、思惑通りに終わるつもりはありませんよね?」
「当然だ。小数点のその果てを観測するまで、俺は戦い続けよう」
ゆうたさんの口から想定外の言葉がこぼれ、思わず息をのむ。小数点のその果て、それはボクが配信で宣言した言葉で……。
「ひょっとしたら、自惚れかもしれないですけど……ゆうたさんが契約を破棄した理由って——」
「話を戻そう。あのローブの男は俺とは逆。つまり、勝つことを強いられる契約をしているのだろう。うちのスポンサーとは大違いだな」
話を逸らしましたね?




