第39話 精神競技
「ク、クク……クハハハハハ!証明してみせると来たか!不可能の命題を覆すと来たか!」
先ほどの婉曲的な表現はなんだったのか、ボクの宣言に対してきっぱりと不可能であると断言する成金野郎。
「おねえさまならできますわ♥だって、おねえさまですから」
「それは『トートロジー』って奴ですよ明日香さん……」
絶対的な信頼を寄せてくれることはありがたいけれど、実際にボク自身が証明できると思うほどにはうぬぼれてはいない。
ボクは運営、あるいはこいつの思惑に乗ってあらゆるプレイヤーを焚きつけただけだ。
いわば、ボクは黒本の執筆者だ。
ボク自身にも未だ見えていない、空想上の可能性を提起しただけの最悪の扇動家。
でも、ボクは謝らないし、むしろ悪いことなどしていないと開き直る。そして多くのプレイヤーも全部承知の上で煽られてくれるだろう。
なにせ——ゲームというのは、壁が高いほど達成感も大きいのだから!
それにせっかくこいつがわざわざ悪役を演じているんだ。それなら、対抗するこちらは悪逆非道の魔王を倒す正義の勇者様だ。
むしろ、プレイする動機が増えたくらいだよね?
「まあ、今回はボクの勝ちということで。いつでも挑戦しに来てくれていいんですよ」
「わざわざそんなことをせずとも機会は設けられる。その日を楽しみにしておくんだなァ。あっ、そうそう。俺に勝った褒美だ。ついでに1つ情報をやろう」
「ほう。なんですか?」
「【加護】とは【黄金の才】の所持者以外に越えられることを想定していない『専用クエスト』の報酬だ。無敵の牙城を崩したいってんなら探してみたらどうだ?じゃあな、卍」
そう言うと男は一瞬にして視界から消え去る。辺りを見渡してもどこにもいない。
最初は【『クロノス』】による時間停止を使った移動だと思っていたのだけど、それならばボクたちは止まった時間を観測することができるはず。なにか別のカラクリがあるようだ。
それにしても——ああ見えて、あの人は悪い奴ではなかったようだ。確かに最初はむかついた。こいつがこのゲームの元凶なんだ、死ねハゲクソボケと思った。
しかし、会話を続けていくうちに別の視点も見えてきた。確かに彼は金の暴力でプレイヤーを圧殺する課金厨に違いはないが、同時に別の目的があることも読み取れる。
それは悪役としてのロールプレイ、あるいは破滅願望主義といったところでしょうか。彼は舞台の上で気持ちよく敗北するためにあえて露悪的な言動を意識している。
この最悪のゲームに一般プレイヤーを縫い止めるための行動であったことは間違いない。けれど、プレイヤーを引き止めたかった真の理由、それは魔王が勇者に負けるまでの物語の流れを構築するため。
彼は望んでいる。一般プレイヤーが課金プレイヤーに勝利するその瞬間を。
あるいは、それでも魔王が勝利してしまうこともあるかもしれないけど——それもまた悪役ロールの結果としては正しいのでしょう。
「だとしてもゲームサーバー全体を止めるスキルは致命的に迷惑ですよね。他のところでも止まっていたんですか?」
「今、めりぃさんから返信が来ましたわ♥向こうでも止まっていたらしいです♥」
掲示板ウィンドウがポップアップし、ホログラム文字が宙に浮く——
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>プレイ中だが、こっちも止められた。あんなん連発されたらゲームが成立しないぞ
>偶然敵から攻撃される直前に止まったおかげで動き出した直後に対応できたわ。サンキュー課金
>こっちは止まってない。チャンネルが違うのか?
>↑卍さんは配信許可チャンネルで活動してるらしいぞ
>今日まで一度も止まったことなかったよな。もしかしてプレイヤーに配慮していた……?
>↑プレイヤーに配慮して自重してくれる良心的課金厨。やっぱ神だわ
>こんなゲームに1億円課金するってマジ??
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「なるほど、違う世界のプレイヤーに効果は発揮されない、と」
オンラインゲームは1つの場所に多くのプレイヤーが訪れるとモンスターが枯渇してしまい、プレイに支障をきたしてしまったり、あるいはエリア全体が重くなってしまうことがある。
乱暴に言えば、寸分の狂いもなく同じ構成のマップがいくつも用意されていて、場の混雑状況などに応じてプレイヤーはそのマップ間を移動することができる。
つまり、時間を停止したとしてもその迷惑を被るのは全体から見ればわずかだということだ。
総合的に見ればごくわずかだ。とはいえ、常識的に考えれば頭のおかしい仕様だ。
「他の【黄金の才】もこんなんばっかなのでしょうか……怖いですね」
「少なくとも判明しているもう1つは迷惑がかかるような能力ではなさそうですが♥」
「ああ、【『アイテール』】ですね。」
空を自在に駆けることができる【黄金の才】。実際に使用されている状況を見たことはありませんが、話を聞く限りでは【『クロノス』】にも引けを取らない強力なスキルであることに間違いありません。
「しかし、ボクたちはその【黄金の才】の特権を強奪してしまったってことですよね?絶対ブチ切れてますよねー」
本来ならば【黄金の才】の特権であるはずの分野に一部干渉することができる〈ロードウイング〉。そして、【黄金の才】に付随している実質的な専用スキルであったはずの【空神の加護】。
これはボクたちが持つ、【黄金の才】に対抗するためのジョーカーだ。胸裏に冷たい汗がにじむ——相手の逆鱗に触れた可能性を思えば当然だろう。
しかし【『アイテール』】に関してはそれでいいのだが、問題はこれらのテクニックは【黄金の才】所持者も使えるということ。
極論を言うならば、ボクたちが使えるテクニックは相手もすべて使える。
努力とテクニックによって相手を上回れば【黄金の才】持ちであろうと倒せることに違いはないが、相手は外付け能力を持っている分、同じ努力量であれば絶対に負ける。
これに対抗するには、誰にでも使えるテクニックだけでは足りない。擬似的な自分だけの力が必要になるんだ。
〈魂の言葉〉。あるいは特殊な独自型でもよい。誰にも真似できないような絶対的な戦い方を、多くのプレイヤーがこれから模索していくだろう。
まあ、それは【黄金の才】がなかったとしても必要なことなんだけどね?
「そうそう、おねえさま♥もしかして先ほど、〈魂の言葉〉を使っていませんでした?」
「ああ、《運命変転》のことですね。あれは明日香さんのものとは違って、簡単な自己暗示程度の効果しかありませんよ」
「自己暗示?」
「そう、やる気がない、負ける、つらい。そんな感情を捨ててポジティブシンキングに逆転させる——ただ、それだけです」
心臓を握られたような圧迫感が、逆に闘志へと転じていく。
ただそれだけの暗示が、このゲームではいちばん強い。
自分の勝利を信じられない者に勝利は与えられない。〈魂の言葉〉を見たときはとんでもないイカれたゲームだと思ったものだけど、仕様の根本的な思想は同じだ。
『精神競技』。結局のところ、このゲームの本質はこれ。
【黄金の才】が真に強力たるその理由は効果ではない。
持っているだけで精神的な優位を得られるからだ。
勝利の確信、敗北の言い訳。これらの感情へとつながる絶対的な説得力を持つが故の最強だ。
前言を翻すようだけど、その優位性をはねのける絶対的な自信とその説得力さえ存在すれば、特別な力なんて必要がないのだろう。
「……そろそろ帰りましょうか。図らずとも目標は達成しましたし」
「そうですわね♥次は他の【加護】を探しちゃいます?」
「ふふ、いいですね!奴らの悔しがる顔が目に浮かぶようですよ!みなさんも、【加護】を探してみてくださいね!」
そして、次の日。驚くほどあっけなく視聴者さんによって【加護】の発見が報告された。
魂の言葉その3 『運命変転』
ネガティブをポジティブに変換する。絶望を希望に変える、そんなただの自己暗示。ただそれだけの行為に、値千金の価値がある。




