第37話 黄金の才
「ここが【世界の果て】の果てかー」
「俺もこういうマップを発見して秘匿して俺TUEEEするんだ……」
「祠以外にもこのエリアにはなにかあるかもしれない。探検しなきゃ!」
「安いよ安いよー。らあめん白鳳の【味噌ラーメン】、1杯いかがかな?」
「このじいさんが言ってる【『アイテール』】のほうが重要じゃないか。どこにあるんだ?」
「【急募】はちみつください」
「本物はまだか?」
「随分賑わってきましたね……」
ボクたちが【コールグループ】を経由して召喚したプレイヤーが他のプレイヤーを召喚し、そのプレイヤーが新たな人たちを呼び出していく。
芋づる式にプレイヤーが増加していくのに合わせてアイテムの販売をするプレイヤーや公開PvPを始めるプレイヤーなど、【世界の果て】はどんどん盛り上がっていく。
今このチャンネルで最も人が集まっているのはもしかしたらこの場所かもしれない。そう感じさせるほどに大盛況。
もしかしたらこの祠以外にもなにかがあるかもしれないということで、付近を探索する人もいるようだ。
結果としては大満足なのですけど……バグの限度を超えた異常事態というわけではないですね。
ただ、1つ気になることがある。ここに来るための正規の手段とされている【『アイテール』】。こんなものが本当に実在するのだろうか?
制限もなしに空を自在に飛ぶことができるスキル。もしそんなものがあるならば、それは間違いなくこのゲームにおける人権スキルになるに違いない。
仮に誰もが空を飛ぶことができたら、その影響は今回のような【加護】の比ではない。あらゆる戦闘が空中戦で行われることになってしまうだろう。
だからあるいは【『アイテール』】とはゲームの設定上の存在、あるいはNPC専用の能力の部類なのではないかと思うのだけども、それではこの場所の存在自体が成立しない。
<ロードウィング>が想定されていた?けれどあれは明らかにバグだ。ユーキさんはそのすべてを仕様だと言い張っているけれど、あれを想定してわざわざ専用マップを作り出したとは考えづらい。
この場所の存在自体について気になることはあるけれど、多くのプレイヤーが調査に乗り出している現状、ボクがわざわざ一緒に調査する必要もないだろう。
キリトさんやアスナさん(仮)と別れ、ボクと明日香さんは向こう岸へと渡ることにした。
幸い向こう岸には【コールグループ】に頼らずに【世界の果て】を渡ろうと試みる人たちがいて簡単に戻れた。そこからはお散歩も兼ねてとことこと徒歩で街へ向かうことになる。
「おねえさま、次はどんな不思議を探すのですか♥」
「うーん、お便りはいっぱい来てますけど迷っちゃいますねー」
【グレイブウッド】の奥深くにデスゲームで死んだ幽霊がいる! とか深夜3時ちょうどに【ストレージ】を開くと中から化物が飛び出してくる!とか変なのばっかりです。この配信は『本当にあった怖いVR』とかじゃないんですけど?
「あるいは【空神の加護】の能力検証でもしましょうか。【ガベジー荒野】まで戻れば【訓練場】が使えますし」
「いいですわね♥ 私も新しいスキルを取得して検証してみたいです♥」
次にやることを計画していくのってなんだか楽しいよね。のほほんと2人で今後のことを話しながら談笑していると――。
「――なんだ、【加護】を流出させたアホがいるってんでわざわざやってきてやったと言うのによォ……ただの雑魚じゃねーか」
ボクのすぐ後ろから、声がした。
思わず【エアジャンプ】で距離を取り、後ろを振り返る。
どうして!?ボクの目に死角は無いはずなのに!?
あの瞬間までボクの後ろには間違いなく誰もいなかった。それは絶対的な事実だ。
なぜならボクは配信者だから。配信用の動画撮影を行うスキル【ストリーミング】はいわば透明なカメラを自身の周辺で自在に移動させることができるスキル。
そうでなければ自身の映る戦闘シーンを撮影することはできない。その映像は配信用のサブモニターで確認できる。
そしてさっきの瞬間、カメラは会話をしているボクたち自身を映していた。いわばボクたちの背後が見える状態だったのだ。
配信を巻き戻して映像を確かめると、声をかけられる直前に男が唐突に現れていた。
【テレポート】?違う。【テレポート】は短距離の瞬間移動スキルだ。見えないような遠くの場所から瞬時にこの場所に来ることはできない。
そして潜伏系のスキルでもないだろう。あの手のスキルは五感を完全にごまかすことはできない。せいぜい物陰に隠れている姿を見逃しやすくなる程度が限界だ。
「……どなたですか?どうやって背後に?」
そう誰何するボクに緑色の髪をした男は大げさなリアクションでボクのことを嘲り笑う。
「これは傑作だ。【権能】のことすら知らずにこんなことをしでかしたというのかァ?どんな大馬鹿者かと思っていたが――まさか有象無象だったとはなァ!」
【フォッダー】……。このゲームのタイトルだ。しかし文脈的にはただゲームの名前を挙げただけではないように受け取れる。
「タイトル回収であれば、もっとお熱いシーンでやっていただきたいですわね♥」
おどけた口調で話す明日香さんを無視して、男は両腕を広げながら力強く言葉を発する。
「無知蒙昧たる貴様らには特別に俺の【権能】を見せてやろう。そして――絶望しろ」
その瞬間、言葉では言い表せない嫌な予感を覚える。まずい、なにかが来る……!
思わず歯を噛み締めたその時、男はスキルの発動を宣言した。
「――【『クロノス』】」
その瞬間、世界が灰色に染まる。
と、同時にボクは自身の身体が動かせないことに気づく。瞬きもできず、視点を変えることもできず、すべてが停止した世界。
先ほどまでは確かに感じられていた風の感触も、かすかに聞こえる自然の音も、なにもかもが止まってしまったこの世界で、
1人の男だけが色を失わずに動いていた。
「これが絶望だ」
その宣言と共に腕を振るうと、表面に時計仕掛けの紋章が浮かぶ、巨大な鉄製のミサイルのようなナニカが2つ生み出され、身動きの取れないボクを叩き潰——……。
叩き潰されることはなかった。質量の暴力をその身に受け、派手に吹っ飛びながらも、自身の身体が動かせることに気づき、【エアジャンプ】で横に逸れつつ体勢を整える。
ミサイルはボクのすぐ真横を凄まじい勢いで突き抜けていき、一定の距離を境に消失した。
——危なかった!【タブレット】がなければ即死でした。いや、【タブレット】があってもボク1人なら即死だったはず。
そうならなかったのは先の攻撃がボクだけではなく明日香さんも狙っていたから。
恐らく、一撃で倒せると踏んで攻撃を分配したのだろう。相手の油断に救われ、九死に一生を得た。首はつながった。
死にさえしなければ、HPは即座に満タンまで戻せる。【ファストリカバー】で瞬時に回復させた。
明日香さんもいくつかの支援スキルを発動させて臨戦態勢を整えている。さっきの完全な不意打ちと比べれば、今度は臨機応変に動けるはずだ。
それでも状況はまったく好転していない。なんですか!?今のスキル!?キャラクター自身が動けなくなるだけならば百歩譲って理解できる。麻痺や睡眠も似たようなものだ。
しかしあの瞬間はすべてが止まっていた。世界の色が消え、人だけではなくあらゆるオブジェクトやエフェクトが活動を止めた世界。そんな中であの男だけが動くことを許されていた。
エリア型の時間停止?どちらにせよ聞いたことのない効果ですが、そう考えるしかありません。それならば遠距離から攻撃すれば……。
「勘違いしていそうだから一応言っておくが……この力に射程の限界はない」
「は?」
心を読んだかのように、男はボクの考察を真っ向から否定する。
「俺の【権能】は誇張なしに世界のすべてが止まる……。そうだな、言うなればゲームを停止させるスキルとでも言うべきかな?」
「そ、そんな馬鹿げたスキルがあるわけないでしょう!?世界自体に今の効果が及んでしまったらプレイヤー全体が大迷惑ですよ!ただでさえ迷惑なのに、それを複数のプレイヤーが手に入れたら……」
「複数のプレイヤーが手に入れるゥ?なんて馬鹿な奴だ!こんな力を有象無象が持てるわけがないだろう?」
持てるわけがない。確かにそのとおりだ。そんな力が配られてしまえばゲーム自体が破綻してしまう。当たり前の絶対的な正論。
しかし、それを持っている者が言うセリフではない。
「じゃあ、あなたはどうしてそんな力を……」
「聞きたいか。ならば絶望しろ、恐れ慄きひれ伏せ。このゲームはな――」
その後に放たれた言葉は、あらゆるプレイヤーに絶望を抱かせるに十分な事実だった。
「1億円を課金すれば、【黄金の才】が手に入るんだよ」
テクニックその30 『ストリームアイ』
配信を行っているプレイヤーの特権的テクニックです。
VRMMOとは体を動かすゲームですから、当然カメラを持って撮影しながら戦うわけにはいきませんし、かといって視界をカメラと同期させるだけだと画面酔いするだけの残念映像になります。
やはり、配信をするからには自身を俯瞰視点で撮影する必要がありますよね。
というわけでストリーミングスキルは透明なカメラを動かして周囲を撮影することができるのですが、この撮影で自身を撮影すると、普通に後ろを確認することができるのです。
この手のスキルは【サイキック】にも【クレヤボヤンス】がありますが【ストリーミング】は全職共通の汎用スキルなのがいいところですよね。……配信はしないといけませんが。




