第32話 ファニチャーホーム
「ちょっと待ってください、家って家具なんですか!?」
「あれはタンスですにゃん。だってものがいっぱい入るにゃん?」
どうやら家ではないらしい。あれは家の形をした巨大な収納家具だ。
「……中身も作られているんですか?」
「完璧にゃん。家にゃんだから当たり前ですにゃん!」
家じゃなくてタンスだって言ってましたよね?店員さんに連れられて中を見てみると、確かに内装もしっかりと造り込まれていた。リビングやキッチン、お風呂やトイレだけでなく、なんと【鍛冶場】まで完備されている。
「なんだか普通に暮らせそうです♥」
「本当ですね。この【鍛冶場】も生産設備としての機能を持っているようですし」
他に特徴的なのは、リビングになにやら女性の像が設置されていることだ。柔らかな金色の後光が差し、石像とは思えない温もりが肌に触れる——思わず手を合わせたくなる厳かな存在感だ。
「それは【神殿】の【女神像】を再現したミニチュア版。クラスの変更やスキル取得ができるにゃん?」
「なにそれ、すごい」
家庭用【神殿】ってことですか。すごく便利じゃないですか!?
家具は置かれておらず、がらんとした状態だ。試しにソファーを置いて腰を下ろしてみることにする。革の柔らかな沈み込みが心地よい。
「はー……落ち着きますね。やっぱりソファーは家で座るべきです。狩り場で座るなんて邪道ですよ」
「そうですにゃんねー……」
リラックスしながら店員さんのほうを見ると、なんと店員さんはベッドで寝ていた。あちらのほうが自然回復量が高そうですね?
「ちなみに家具は家の中に置くことで効果が倍増するにゃん」
「つまりシステム的にも家の中で休むのが正道なんですねー」
家をひと通り堪能した後は、プレゼンの総まとめに入るらしい。家を出て、外装を眺めながら店員さんのセールスを聞く。
「どうですかにゃん?家具の極致、それは我が家!こんな家をどこかに建てておけば当店の家具をさらに活用できるにゃん!【ホーム】を設定してあれば【メニュー】から即座に戻れるし、単純な移動用途としても完璧ですにゃん!」
「あれ、家具なんですよね。家としての性能もあるんですね」
「まあ、一応そうなるようには設計したけど、どうにゃんですかね?ほら、あそこに引き出しがついてるにゃん?あれがタンス要素にゃん」
見てみると、確かに外側に露骨な収納スペースが用意されている。けれど、家であるための機能を果たすならば、どちらかといえば家具とは別種の分類になってもおかしくはない。
それを確認するための方法はなく、あくまでキャッチフレーズといったところなのだろうか。
「家具であればその分類はアイテム。つまり【ストレージ】に入りますよね?なーんちゃって」
「はっはっは!ご冗談がお上手ですにゃん。そんなこと、できるわけ……入ってる!?!?!??」
ボクがそんな冗談を言いながら何気なく家に手を伸ばすと、一瞬にして家は視界から消えた。
恐る恐る【ストレージ】に収納されているアイテム一覧を覗くと、そこには【家型タンス】というとんでもないパワーワード感あふれる文字が踊っていた。脳が理解を拒否するほどの衝撃だ。
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>草
>なんで????
>こいつ、家を持ち上げやがった!!!
>これも仕様ですか?
>ユーキちゃん「仕様です」
>どうなってんだよこのゲーム
>フ ォ ッ ダ ー 終 わ っ た な
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「おかしいにゃん……【ストレージ】に入るかどうかは私も確認したにゃんのに」
「そうなんですか?普通に入りましたけど」
「おねえさま、先ほど習得したスキルの影響では?」
「……あ」
明日香さんに言われて思い出した。【アイテムマスター】のスキルとして【グラビティコントロール】を取得したんでしたっけ……。
【グラビティコントロール】
[パッシブ][スイッチ]
効果:[ストレージ]内の[アイテム][重量]を[減少]させる。
【ストレージ】に入るアイテム数は総重量に依存する。だから多くのアイテムを所有するために取得したスキルだったのだが、どうやら家を格納できるほどの重量軽減効果があるらしい。
「えっと……これ買えますか?」
「あ、はい。毎度ありがとうございます。ここで装備していきますか?」
「遠慮しておきます」
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>あまりの衝撃に語尾が消滅してしまったか
>かわいそう
>家を装備できるわけないだろ
>↑装備としての体裁を整えれば可能なんだよなあ
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「さて、新しいアイテムも整えました。いよいよ出発の時です!」
「ふふ、結構な寄り道をしてしまいましたね♥」
今回の目的地は北の果て。【ガベジー荒野】をさらに北上した場所だ。灰褐色の岩肌が地平線まで続く死の大地——それを越えたさらに先には、名前の通り【世界の果て】と呼ばれる場所があるらしいのだけど、ボクはそこまで行ったことがない。
「観光名所として有名な場所らしいですよ♥」
「へー、そうなんですか?楽しみですね」
明日香さんが調べた情報によると、息を呑むような絶景が見られるのだとか。例によってネットの情報だからデマの可能性もあるけれど、結構な数のプレイヤーが観光スポットとして評価しているらしい。
まずは足を運ばなければ、何も始まらない。いつものように『コールグループ同好会』で【ガベジー荒野】か【世界の果て】にいる人を募集する。すると、【ガベジー荒野】にいるという人がいたので召喚してもらうことにした。
「ありがとうございます!」
「助かりましたわ♥」
「ククク……共に戦った仲だ。気にするでない」
「心ゆくまで感謝せよ」
同時に正反対の要求をしてくる二人は、漆黒の翼さんと純白の翼さん。ちょうど【ガベジー荒野】にいたらしい。
「ちなみにお二人はなにをしていらしたのですか?」
「研究という奴だ。新しい技術をこの世に生み出すためのなッ!」
そう言うと両腕を高く掲げて謎のポーズをとる漆黒の翼さん。また、〈ロードウィング〉に匹敵する謎の挙動が生まれてしまうんですか……?
「我ら人類は空へと続く第一歩を踏み出した。ならば次に達するべき技術とはなんだ?」
「え?空の次ですか?つながりでいえば宇宙とかですかね?」
「そうだ。宇宙という回答は部分的には正しい。いずれ検証しなくてはならないだろう。だがッ!我々が目指すのはさらにその先ッ!」
「えっ!?宇宙の先ですか!?うーん……空が終わったら次は地面といった発想もありましたけど、これは宇宙の先といった印象ではないですねえ。みなさんはどう思いますか?」
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>地面に潜れたら相当強いだろうな
>空、大地と来たら次は海!
>ガベジー荒野に海はないけどね
>場所とかではないんじゃないか?宇宙を極めるならワープ航法は必須だが
>宇宙って実装されてんのかな
>宇宙船がなくても理論上はエアジャンプだけで到達できるよな
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「視聴者からはこんな意見が来ています。いかがでしょう?」
「ふむ。かすってはいるが、的を射てはいない。回答を発表しても良いか?」
「ククク……我らの深遠なる願いはそこらの凡夫には理解不能よ。否、逆であったか。凡夫にこそ達することのできる『領域』とも言える。我らは最底辺の凡夫であるからな。諦めを知らないだけの」
純白の翼さんがヒントらしきものをくれたのだけど、さっぱりわからない。凡人であるからこその願い?ボクも割と凡人であると思ってはいるのですが、なんでしょう。
「それでは我らの目指す先を伝えよう……。我らの目指す先、それは——」
「それは……?」
「——異世界だ」
テクニックその26 『ファニチャーホーム』
タンスとしての性質を備えた家です。タンスであるということは家具、家具であるという事はアイテム。
アイテムであるという事は【ストレージ】に格納できます。
実際割と簡単に収納できてしまったのですが、後日調査したところによると【グラビティコントロール】が無いと重量オーバーの様子。
スキル1つでそんなに変わるの?って感じですが、重量の低減が割合によるものであるため、大幅に軽量化できるようですね。
この規模のモノを【ストレージ】に入れられるとなると、【アイテムマスター】を相手にする時は何が飛び出してくるかわかったもんじゃない。やばいですね。




