第196話 ステータス改竄
「先手はもらうよ!」
アバターをチェンジしてうさぎの姿になりながら、さっそく【イグニッション】【パイロキネシス】を撃ち込もうとして——気づいた。そういえば、さっきの戦いで『ボク』が【帝神の加護】でコストを引き上げてたんだったね。
《先手はもらうんじゃなかったのかい?にしても私はこういう戦いの経験というのがないからね……。それに、ステータス?というのも低い》
演説のように朗々と語りかけてくるアクタニアに対して、明日香さんが人智を超越した速度で迫る。そして右腕を前に突き出し、【サイハンド】でダメージを与えようとする。
《——だから、《『私は世界最強の格闘家になる』》》
魔力の動きはない。けれど、その宣言からは、さっきの改竄に似た不気味な気配を感じ取った。
その勘は間違っていなかったらしい。アクタニアは迫りくる明日香さんの右腕をがっしりと掴み取り、勢いのまま後方に投げ飛ばす。明日香さんはその勢いに乗って遠くに飛ばされつつ【エアジャンプ】を使って体勢を制御し、地上に着地した。地面は雪原ということもあってか、落下ダメージも最低限。足を取られないようにアシストを使えば、移動も問題ないだろう。
さっきのアクタニアの動きからすれば、戦いの経験がないというのも嘘ではなかったようだけど、かといって簡単に倒せる相手でもなかったらしい。
推測だけど、アクタニアは自身の『戦いの経験がない』という前提を改竄した。だからここからは戦闘の経験もあるし、むしろ世界で最強になる、ということ。
「いくら最強の格闘家といっても……ゲームのシステムには縛られるはずなんだけどね?」
明日香ちゃんが再びアクタニアに背後から駆け寄る。同時にわたしも«疾風迅雷»で、うさぎの姿のまま雪原を駆けた。前後からの同時攻撃。さあ、どう対処する?
次の瞬間、アクタニアの姿が瞬時に消えた。目の前に明日香ちゃんが見えたので緊急停止する。どこに消えたのかと思った矢先、明日香ちゃんの頭上に出現したアクタニアが足蹴りを浴びせようとする。
それを〈トンネル避け〉で回避した彼女は、すり抜けた状態のままアクタニアの足だけを掴み取り、【サイハンド】を込めた握力によってHPを削り取る。
その隙に——明日香ちゃんが拘束しているうちにと【パイロキネシス】を発射!しかしアクタニアは強引に腕を振り払うと、宙を舞うように【パイロキネシス】を回避して距離を取った。
どうやらかなりの高ステータスをシステム的に保有しているのがうかがえる。アクタニアの『権能』はゲームのシステムすらも軽く改竄できるらしい。今回は〈トンネル避け〉で回避できたからよかったけど、この分だと当たったら一撃で持ってかれるね。
そこから再び明日香ちゃんに殴りかかろうとするアクタニアだけど、〈トンネル避け〉を破られない限りはノーダメージだ。ノーリスクでカウンターを決められる。
けれど——。
《《『動くな』》》
アクタニアがそう命令を告げた直後、明日香ちゃんの身体がぴたりと静止する。そうか、わたしは改竄を実質的に無効化できるけど、明日香ちゃんは無効化できない!
次の瞬間、明日香ちゃんは鋭い殴打を受けて派手に吹っ飛ばされる。幸いにして、HPは全損していないみたいだ。どうやら【パインサラダ】を食べていたらしい。わたしはアバターを切り替えて明日香ちゃんに【ファストリカバー】を撃ち込んでおく。
明日香ちゃんはそのまま地面に叩きつけられて落下ダメージも受けたけれど、HPを回復していたおかげで死亡せずに済んだ。
しかし明日香ちゃんが起き上がる様子はない。まさかとは思ってたけど、解除されるまでは命令が続くってこと?
完全に無力化に成功したと判断したんだろう。吹っ飛んだ明日香ちゃんには目もくれず、わたしを潰しにかかる。
それに対してわたしはバックステップで後方に下がりつつも【ブレイズスロアー】を撃ち込んでいく。
《《『動くな』》》
改竄による命令をわたしに送り込むアクタニアだけど、そんなことは知ったことか!少しずつ角度を変えて位置を誘導しながら、HPを削っていった。
《やっぱり効かない、か。いや、効いてるのに無視してる?》
考察をしながらも追ってくるアクタニアから逃げ回りつつ、【トラップハンター】で〈お徳用アイテム〉の爆発ポーションを設置する。『ボク』が【女神】を倒すのに使ったポーションと威力も同じ。プレイヤーの範疇のHPなら一撃で終わらせられるはずだけど……。
【フォッダー】のスキルについて詳しくないアクタニアは、ごく当たり前のように罠を踏み抜き、爆発を発生させた。激しい爆発音とともに、アクタニアへ大きなダメージが入る。
それでも彼のゲージは20%程度しか減らない。【女神】ほどではないけれど、かなりの耐久力だ。
《〘足を地面に固定させろ〙》
爆発を受けながらもアクタニアが『権能』を発動させる。——と同時に、わたしはその言葉どおり足を地面に固定させられる。まるで粘着シートを踏んでしまったかのように足が離れない。
動けないわたしを仕留めるべく、アクタニアが一瞬にして肉薄し拳を突き出すが、拳は〈トンネル効果〉によって呆気なくすり抜ける。返しの【ソウルフレア】が命中し、さらにHPを削り取った。
即座にアバターをうさぎの姿に切り替える。
魔法の威力で後方へ吹き飛ばされるアクタニア。その背後から明日香ちゃんが迫る!予想外の挟撃に対応できず、【サイハンド】によって再びわたしの方へと弾かれたアクタニアを見据えながらアバターを切り替える。【ストレージ】から盾を取り出すと«疾風迅雷»を発動させて盾を射出した。
絶大な物質干渉力をその身に受けたアクタニアはダメージを受けながら雪原の果てまで吹き飛ばされていく。やがて障害物と衝突してしまったのか、HPを全損してしまったらしい。
「やっぱりゲームの土俵ならやりようはあるね」
屠神 明日香 >まだ、終わってないようですけどね
明日香ちゃんは身体が動かないなりに、思念入力を通じてこちらにチャットで連絡を取ってくる。そう、いまも明日香ちゃんは身体を動かすことができない。正確には動かそうという意思を送ることができない。なのになぜ彼女が動いているのか?
答えは簡単だ。わたしが【サイキック】で新たに獲得した【マインドハック】の効果だ。彼女が動かそうとしているのではなく、わたしが好きなように動かしている。効果を受け入れてさえもらえれば『精神的な改竄』はもはやわたしたちには意味をなさない。
逆にさっきわたしが一瞬だけ足止めを食らったのは『物理的な改竄』だからだ。『おまえは死んだ』と言われたら無効化することはできないけれど、『自害しろ』であればさまざまな搦め手で防ぐことができる。
手品のタネを振り返っているけど、まだ戦いは終わっていない。むしろ始まったばかり、といったところか。
アクタニアの方に改めて視線を向ける。彼は«疾風迅雷»の如き速度でわたしたちの下に戻ってきた。それも【マクロ】ではなく、素のステータスによってそのスピードを叩き出している。
そんな彼の頭上に浮かぶHPは——『0』。
《どうしたんだい?まだ戦いは終わってないよ?》
「……ゲームのルールに則って戦うって話はどこにいったのかな?」
《そんな約束をした覚えはないけどね?……では、こんなのはどうだい——《『異形になれ』》》




