第185話 クラッキング
「ふうん。技巧だけで言うならかなりのもの。さすがに勇者とその仲間たち、といったところだわ」
「おまえら何と戦ってるんだ!?ぜんぜんわからない!」
アリンドさんは置いておくとして、【女神】の口調に変化が訪れましたね。まさか、まだ1ミリも削れていない状態で第二形態とか言いませんよね?
【女神】はバトル中だというのに隙だらけで会話を始める。もはや後方で弾丸を撃ち続ける」さんなんて無視している。致命傷となり得るような攻撃がないからこその余裕の表れだろう。
「あなたたち、遠距離型が多いみたいね?すべてを塞いだらどうするのかしら」
ロッドを掲げてぶつぶつと呪文を詠唱するとともに、【女神】を囲うようにドーム型の結界が発生する。おそらく攻撃反射のスキルだろう。遠距離スキルに関しては迂闊に撃ち込めなくなったが、」さんは別だ。
「そんなすきだらけの結界、いみないよ!」
構わず」さんが発射する弾丸は、あっけなく結界を貫通して【女神】へと迫る。プレイヤーのアバターは結界を貫通するという事実は、先ほどのボクの攻撃で明らかになっていた。であれば、事実上のロケットパンチ通常攻撃である」さんの攻撃にとっては、こんな障壁など意味を成さない!
「〈消えなさい〉【バニッシュ】!」
からくりを理解した【女神】は」さんの方へ振り返り、確定消滅の魔法スキルを放たれた弾丸を迎え撃つように撃ち込む。弾丸がダメージ判定を持つという弱点があるということは、【バニッシュ】が通れば本体もろとも一撃で葬られるということ。当たればの話だが。
【バニッシュ】が弾丸に命中するかと思ったその瞬間、」さんと弾丸はそのまま虚空にかき消える。そして【女神】の顔に、真横から放たれた鋭い拳がジャストヒットした。たたらを踏む【女神】に対し、一瞬で逆側へ瞬間移動した」さんがヤクザ蹴りで追い打ちを掛ける。
物質干渉力を受けて宙を舞う【女神】。しかし空中で体勢を整えると、ふわふわと浮かびながら慣性を抑えてその場に留まった。
「やっぱりさいずのもんだいかな?弾より拳のほうが干渉力がたかいみたい」
「【女神】である私の顔を殴るとは……とんだ下民も——」
「【猪突侵】!」
そしてすかさず【女神】の下へ接近し、杖による殴打を叩き込む!【ソウルフレア】は再使用時間中なので使えないが、攻撃すると同時に杖から【アンプルアロー】が«五月雨突き»で射出され、激しい爆発が巻き起こる。
【アンプルアロー】は仕様の都合上、〈お徳用アイテム〉を活用できないけれど、それでも炎属性のアイテムである時点でボクが使えばかなりの高威力だ。ついでに、爆発の勢いに乗って瞬時にその場を離脱する。
当然のように、落下するボクに追い打ちを掛けようと【女神】は【バニッシュ】を放ってきたけれど、めりぃさんの水精霊が【カバーリング】によって身を呈して攻撃を受けた。
終始こちらが優位な状況で立ち回れている。このままの行動パターンであれば、理論上はいずれ削りきれるはず……!
「ふうん……良いスキルね……使うわ。【オリジン・猪突侵】!」
「なっ!?」
空中から落下しながら距離を取るボクに、【猪突侵】の効果で【女神】が一瞬にして迫る。その速度は«疾風迅雷»に迫るほどの圧倒的なものだった。
「【シールドコマンド】!」
【女神】の手に握られたロッドが叩き込まれるその瞬間、純白の翼さんの【コマンド】スキルがボクに大きな耐久力を与えてくれる。さらに【タブレット】でVITを増加させ、ダメージを大幅に減衰させるが……それでも物質干渉力によってボクは一瞬にして地面に叩き込まれる。地形ダメージも含めて完全に瀕死状態だ。【ホームリターン】で屋根に帰還したところで、純白の翼さんによる治療が行われた。
「なるほど〜?あかりちゃんの分析では【女神】は職業チェンジを担当する神。だから全部の職業スキルが使えると見ていいかな?」
「にしては【猪突侵】を初めて知ったような口ぶりだったよねー?自分の管轄してるスキルの全容を知らないのかなー?」
元は【帝神】のシステムだったのだからありえなくもない設定ですね。システムだけ乗っ取って中身には興味がなかったのかもしれません。それに【バニッシュ】があれば基本的に問答無用で一撃なのだから使う価値も見いだせないでしょう。
それでもスキルを見せれば見せるほど、実質的には相手の手札が増えていくというのは厄介だ。ボクのスキルのような最大HP依存スキルは使ってくれて大いに結構だけど、搦手を学習されるのは嫌ですね。
ボクが離脱した代わりに、今は」さんが弾丸を放ちながら牽制を行っている。しかし【バニッシュ】による一撃消滅の可能性がよぎる以上、その動きはログアウトによる緊急回避を常に視野に入れた、どうしても消極的なものになる。逆に【女神】は圧倒的なHPを誇るのも相まって、そちらへの対処を完全に放棄したらしい。
「その家は厄介ね?とはいえさすがの【バニッシュ】でも消すことはできない……なら、使わせてもらいましょう」
(まずいよ!たぶんなんかくるみたい♥)
思考の隅で直感による警告が走る。なんかってなんですか、とがみん!適当なこと言わないでください!
その直感は当たっていたらしい。ほんの一瞬だけ《『心眼』》の視界にノイズのような乱れが走るとともに、【女神】が一瞬にして視界から消え——ボクの真正面に出現する。
「【バニッシュ】!」
「ちょっ!まっ!」
とがみんが警告していた段階で、《«ガゼルフット»》によるオート回避がすでに働いていたのが幸いした。即座に【エアジャンプ】で大きく上空へ飛んで回避し、そのまま【女神】に飛び込みざまに落下して【ソウルフレア】をぶち当てる。
直後に【ホームリターン】で屋根の端っこへ退避すると——【女神】もそれに追従して瞬間移動し、今度はロッドで殴りかかってきた!
「【ホーム】がクラッキングされてる!」
思念操作によって【ホーム】の同居人設定を確認すると、今回の【パーティ】メンバーに混ざって堂々と【女神】の名前が記されている。おまけにBANをしようとしてもまったく受け付けない!
《«ガゼルフット»》によるバックステッポで殴打を回避しつつ、屋根から飛び降りる。もはや我が家はボクたちの安全地帯ではない。封じられたか……!




