第180話 女神
「【イグニッション】!【イグニッション】!【イグニッション】!いぐにっいぐにっ【イグニッション】!」
実際には再使用時間があるからこんなに連続して発動していないのだけど、とりあえず伸ばせるところまでスキルの威力を引き上げていく。
ステータス画面を開き、付与の強度を確認してみると、どうやら3回くらいで威力の限界に達した。«獄炎»【マクロ】に課された威力限界と同じように、ステータスの幅の中で絶対に超えられない限界数値があるようだ。
それでも【イグニッション】を3回も重ねられるのは、安全な準備を整えた上で行うなら非常に優位だ。消耗したHPはお徳用ポーションによって回復し、準備は完了!
ただし魔王との会話が4分くらい続くと、ここまでの準備が完全に無駄になる。
それからボス戦エリアまでゆっくりと足を踏み入れると、そこには1人の男が佇んでいた。
「ほう?神々の操り人形、勇者様のご登場か」
「——ッ!……そういうことか」
「察しが良いようだな?【天啓】は動作していないのではないか?」
「ああ。人類の敵とやらを教えてくれるはずの力なんだがな。それでも気配で推測はつく」
「そうだな、一応自己紹介をさせていただこうか。貴様らの定義で言うならば——魔王と呼ばれる存在だ」
「魔王、ねぇ。確かに魔王と同質の力は持ってるみたいだが……人類における魔王の定義は勇者である俺が基点だ。【天啓】が反応しないってことは、定義の上では魔王じゃないんじゃないか?」
「ふむ、そんな禅問答のような話をしに来たのではないのだがな。……まあいい、貴様はここで——」
「おっとー!ちょっと待ってほしいな魔王さん。あかりちゃん、ちょっと聞いてもいい?」
「貴様らはここで終わるのだ。その疑問に意味があるのか?」
「まあまあ、ボクたちは配信者ですから。冥土の土産に取れ高が欲しいんですよね。1つくらいはいいじゃないですか」
「……なんだ?」
「魔王は——魔族はなぜ人類に敵対行動を取るのですか?」
ボクの言葉に、魔王は虚を突かれたような表情を浮かべる。しかし直後には、嗜虐を感じさせる笑みへと口元を歪めた。
「——かつての主を移ろう時の彼方に忘却し、謀叛を続ける愚かな人類など、この世界から消えてしまったほうがマシであろう?」
「……どういう意味ですか?」
「この言葉の意味がわからぬのならば、語る意義もない——せめて惨たらしく死んでいけ」
そして言葉と共に魔王が杖を翳し、闇の弾丸を撃ち出す!戦いの始まりだ。ボクは【ストレージ】から即座に【ホーム】を取り出し、地面を跳ね上げて回避する。そして【空神の加護】を乗せた〈獄炎〉【ブレイズスロアー】を撃ち放つ。
ボクの杖から放たれた炎の暴威は太陽の如き光を発しながら、目にも止まらぬ速度で直進していく。
【フォッダー】世界のバトルは当時と比べても限りないほどにインフレを起こし、現在では圧倒的な超高速戦闘が常識になっている。
そんな領域に達したプレイヤーのスキルをインフレに取り残された魔王は見切ることができない。中の人は対応できるんだろうけど、相手が強いからって強さの幅を変えちゃ駄目だよね?
結論としては魔王にこの攻撃を避ける術はない。とんでもない超常的火力によって、勇者にすら破ることのできなかった結界は一瞬にして崩壊し、HPを90%程度削ったところで停止する。そこからは【不死鳥の加護】が発動し、魔王の身体が炎上し始めた。
「くっ、【瘴気結界】が——っ!」
「さて、まだやりますか?あなたが【バッドエンド】を撃ち込む前にその程度のHPであれば削り切りますが」
「まだだッ!〈我は終焉を願う世界の救い手、その意思によって運命を変革せん〉【ラグナロクオーメン】!」
次の瞬間、ボクの身体を『闇』が覆う。投射型ではなくプレイヤー自体を対象に指定する魔法だろう。
「【ラグナロクオーメン】は対象のMPを0にする強力な魔法。【メイジ】であればこれで封殺を——」
「もしかして——わざとやってます?」
ボクは自らに【イグニッション】を纏わせることで、MPというリソースを削ることがどれだけ無駄であるかを見せつける。魔王の顔が苦渋に歪む。
「だが——その魔法はHPを著しく消費するはずだ!〈滅びの槍をその身を受けよ〉【ダークスピア】!」
漆黒の槍が魔王の眼前に生み出され、弾丸にも劣る速度で射出される。確かにその攻撃を受けたらボクのHPは全損させられるだろう。しかしこの程度なら容易く回避することができるし——
——この場においては、避ける必要もない。
「【シフトチェンジ】」
その瞬間にあかりちゃんさんとボクの位置が一瞬にして入れ替わる。ボクを狙って放たれた魔法はそのままあかりちゃんさんに命中して——。
「【ディヴィジョン】」
槍の魔法はその一言で幻に消える。
「耐久力の低い【メイジ】を狙うのは有効かもしれないけれど、あかりちゃんたちには通用しないよ?」
今のあかりちゃんさんは【アサシン】だ。独特のスキルによって戦況を歪ませるゲームメイカーの役割を持つ。
その力を最大限に発揮するなら連携が不可欠だけど、《ロールプレイング》によってあかりちゃんさんの思考を演ずることのできるボクは、彼女が支援するタイミングを寸分の狂いもなく察知することができる。
「正直に言って負ける気がしませんね——最終通告です。降伏してください」
「——いや、降参だ」
「まあ、そう言いますよね。魔王がそう簡単に降伏するわけ……今なんて?」
「勝てないのは見えている。勇者はおろか、どこの馬の骨とも知れぬ者に圧倒されるのであれば成す術がない、ということだ」
「どちらにせよ倒されちゃうとは思わないの?ま、あかりちゃんは優しいけどね?」
「聞きたいことがあるのだろう?その間に時間を稼いでHPを補給させてもらおう」
随分と強かな方ですね。殺してしまえば聞くことはできない。こちらがどういう立場で質問しているかまでは理解していない設定なのだろうけど、自分の命を人質にしているわけだ。
「ならば俺から改めて質問させてくれ。なぜ人間を狙う?友好関係は結べないのか?」
「魔族を殺すためだけに生まれた哀れで哀れな木偶人形がそのような疑問を呈するとは滑稽な話だ」
アリンドさんが問いかけると、魔王はニヤリと笑う。
「まあ、向こうからしてみればアリンドさんの方が悪人だよね〜。GPSで追跡してきて地の果てまで殺しに来るんだからね?」
「そんな種族と交流なんてしたくないですよねー」
「おまえらなぁ……」
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>卵が先か、納豆が先かってやつだな
>言いたいことはわかるけどなんか違うよね??
>言いたいことも全くわからないぞ
>納豆卵かけご飯の話すんな
>あまりにも酷すぎて配信スルーされてて草
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「それを疑問に思うということは——薄々察しているのだろう?貴様らの崇める【女神】とやらの薄汚い本性をな」
さも自明、というように両腕を広げて語る魔王さんだけど、ボクもあかりちゃんさんも【女神】についてはよく知らない。
「【女神】なんて崇めてないぞ。確かに【加護】はもらってるが、全く知らない」
「えぇ……」
「……少なくともここにいる3人は【女神】なんてよく知らないみたいだね?」
【女神】の恩恵を最大限に受けているであろうアリンドさんが知らないのなら、もう誰も知らないのでは?
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>神殿も別に女神像があるだけで崇めろー!みたいなノリじゃないもんな
>空神のほうがよっぽど素晴らしい神だよ
>権能はゴミなのに加護だけは使い倒される空神さん素敵
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「確かに【女神】を直接信仰することは少ないだろうな。ただし勇者、貴様がいるだろう?魔族を殺すことにより愚かな人類に期待され、崇められ、神格化される。神ならぬ代行者が得た信奉のエネルギーはどこに向かうと思う?」
……勇者は【女神】が作った自律可動式の【祠】、ということですか。前提知識がなければまったく意味がわからなかったでしょうね。
そして【女神】を崇める場面は他にもある。職業チェンジだ。あれも【女神】様にお願いをしなければ起動しない以上、信仰パワーの源泉になっているのは間違いない。
最近は偶像崇拝用の像も山ほど作られているだろうし、信仰の獲得効率も跳ね上がっているだろう。
強敵に対抗するための強力な力、職業。そして絶対的な脅威として君臨する魔王を討伐する勇者様。この2つから導き出される結論としては……。
「強力なモンスターや魔族が活動すればするほど、【女神】様は得をする……?」




