第178話 勇者
さて【ライブラリ】を飛び出して、足を向けたのは【デイスポサル城下町】。ここには古代文明に詳しい……かどうかはわからないけれど、歴史書に名前が出てくるような偉大な人物の子孫……と思わしき方がいらっしゃるのです!
そんな方がいたかって?いるに決まってるじゃないですか、あの人ですよ、あの人。
「そう、アリンドさん!勇者アリンドさんのお宅に今回は突撃訪問しようと思います!」
「いえ〜い!」
というわけでやってきました『アリンド通り』。いつものように【パインサラダ】をもらいに来た人たちの行列ができていて、そんな方々をターゲットにした屋台が立ち並ぶ謎すぎる名スポット。
そしてアイテムを受け取って離脱したプレイヤーから【パインサラダ】を買い取っていくアリンドさん。アリンドさんの買い取り屋にもそこそこ行列ができているので、話を聞くためだけに列に並ぶのはちょっと失礼かもしれない。
そこでまずは【パインサラダ】を受け取ることにした。すでにピーク期は過ぎていたようで、5分ほどまったりとあかりちゃんさんと雑談していると、順番が訪れ、レジーナさんが目の前に。
「お姉ちゃんたちこんにちはー!愛情を込めて作った【パインサラダ】、美味しく食べてね?」
「……あ、ありがとうございます!」
「あかりちゃん、絶対に美味しく食べるからね!!」
「アリンドさんに渡す人は正気の沙汰ではありませんね。ポイントカードでアイテムとか貰えるらしいですけど。もぐもぐ」
「【パインサラダ】美味しいね!レジーナちゃんは本当にいい子だよ。アリンドなんか捨ててあかりちゃんの娘になるべき!」
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>最近はポイントカードのラインナップに四つ葉のクローバー追加されたけどな
>未鑑定装備ランダムガチャもあるぞ
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「次からはアリンドさんに献上しますね!」
「アリンドさんに渡さないプレイヤーとか信じられないよね!」
でも残念なことにもう食べてしまいました。仕方ないので手ぶらで行列に並ぶ。
そしてふと気づいたんだけどボクたちの1つ前にいる人はなぜか【パインサラダ】をいくつも抱えている。何日か分を貯めて一気に売り払いに来たんだろうか?確かに毎日並ぶのも手間だしね。
そう思ってしばらく待っていると前の人がアリンドさんに【パインサラダ】を手渡した。アリンドさんはそれを嬉しそうに受け取ったが……じっくりとそれを眺めてこう呟く。
「偽物だな。効果こそちゃんと食いしばりを備えているみたいだが、俺の目はごまかせねえ。出て行け!」
「えぇ……」
アリンドさんに売り払うためにクエスト報酬の【パインサラダ】と同一性能のアイテムを作ったんですか?でも相手はNPCなんだから同一アイテムかどうかくらい見抜けますよね。
盛大に蹴飛ばされ、町の外までふっ飛ばされていく残念すぎるプレイヤーさんを後目に、ボクたちはアリンドさんに話しかけた。
「こんにちは〜、あかりちゃんだよ。今日はちょっと話が聞きたくてきたんだけど……大丈夫?」
「ハッハッハー!構わないぜ!なにせおまえらは魔王討伐を共に成した仲間!さっきみたいな不届き者でもない限りは付き合おう」
一応はさっきのプレイヤーもアリンドさんの設定的には共に魔王を討伐した仲間なんですよね……。何十人、何百人、何千人もの仲間がいることを世界観としてどう整合性をとっているのか非常に気になるけれど、今回はその件は置いておく。
「アリンドさんって、勇者なんですよね?」
「一応はそうだな。ま、今はその力も娘にほとんど引き継いだんだが」
「勇者の力ってそういう感じなんですか?では、今は娘さんのほうが強いんです?」
「いやいや、うちの娘も天才だが、親としてはまだまだ負けるわけにはいかないぜ。【権能】はともかく、【加護】は残ってるしな」
ここでも出ましたか……【加護】と【権能】!【権能】は概ね【黄金の才】と読み替えて間違いはないだろう。こんなところから既にゲームに登場してたんですね。
「その勇者の力の源?に興味があったんですけど……【加護】ってなんの神様からもらってるんですか?【空神】とかじゃないですよね。【祠】もあるんですか?」
「おいおい、そんなに質問しないでくれよ。まず、最初の質問からだが……スキルの名前は【女神の加護】だ」
「【女神の加護】……?なんていうか、特徴のない名前だね〜?」
「ボクたちの知っているのは【空神】や【帝神】、後は【時神】などですかね。【帝神】は別格として、基本的にはキャラクターとしての個性が見える名称ですけど……【女神】、ねえ」
ふと【女神像】のことが頭からよぎる。もしかして、職業を管轄する神様なのかな?
「【加護】の効果も教えておく。3つあってな。国家を自身のエリアとして扱う【国領域】。人類に仇なす魔族を検知する【天啓】と、勇者の力の源である【ヒーロー】への職業チェンジを可能にする解禁効果だ」
【女神の加護】
[パッシブ][ブレッシング][パーミッション]
効果:[以下]の[効果]を持つ。
1.[自身]の[所属]する[国家]に[エリア]を[形成]する。
2.[自身]の[形成]する[エリア内]の邪智暴虐なる[魔族]を[探知]する。
3.[ヒーロー]に[クラスチェンジ]できる。
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>これって支配領域の上位互換じゃね?
>所属する国家にエリアを形成できるのか。とがみんがこの加護を持ったら最強じゃん
>ヒーローのスキルが魔王戦で使ってる上位互換系スキルだとすると権能無しでも超強いな
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「ヒュマデサタンは人間だから魔族探知である【天啓】には対応できなかったし、勇者としての本領は発揮できなかった、と」
「『邪智暴虐なる』……ねぇ。随分主観が入ってるような気がするけど?」
あかりちゃんさんの言うとおり、条件指定に違和感がありますね。良い魔族には反応しない、という事なのか。それとも【加護】を授けた【女神】とやらの考える魔族という存在に対する主観が現れているのか?
なんにせよ、他の種族には絶対に発動しないというのは、ちょっと欠陥も多いように見受けられる。
魔族ってのは、それほどまでに悪い存在なのだろうか?ヒュマデサタンも国王も人間だったようなので、ボクたちは本物の魔族に会ったことがないのだ。
「なんで魔族を倒してるんですか?」
「それが勇者の家系の使命だからだな!」
魔族は人間を倒すためならどんなことでもするし、人類にとって悪影響を及ぼす種族なのだとアリンドさんは語る。
どちらが正義か悪かを主観で断じることはできないけれど、少なくとも自分たちを脅かす存在であることは間違いない。だから、【勇者】アリンドさんは人類を守るために戦っているのだとか。
「本当に魔族が、あるいは魔族だけが悪いやつなのか——俺も考えたことはあるが、実際に【天啓】が見つける魔族は例外なく人類に危害を加える。それなら阻止するしかない。それが【勇者】の役割なんだ。けれど——」
「——もし時が戻せるのなら、聞いてみたかったな。魔王の奴はなぜ魔族としての道を選ぼうとしたのか」




