第175話 襲来
〈メッキエンチャント〉に使うためのメッキもまたこの【ギルドハウス】内の施設で販売されている。もう外に一歩も出なくても全部解決しちゃう充実ぶり。ずっと引きこもっていたいよね。
無難に炎属性のELMを強化するスプレーを購入して、うさみみにぷしゅーっと噴射する。見栄えが悪くならないように内側からコーティングしたけれど、問題なく効果が付与された。
メッキを帽子に付けるのもどうかと思ったけど、試しに被ってみても特に違和感はないみたい。うさみみの肌触りに変化はなくっていい感じ。
----
>かわいい
>なでなでしたい
>あまりにもきゅーと過ぎて逆に笑った
>とがみんのチャンネル登録しました。
----
うさみみ帽子を装着している姿を見て、視聴者さんがわたしのきゅーとさを褒めちぎってくる。
「とがみんかわいいー!なでなで」
即座にめりぃちゃんに抱っこされて、わたしはされるがまま。そんな様子を見てコメント欄はますます盛り上がってくる。
「やれやれ、プレイヤーネーム『屠神 荒罹崇』。単なる容姿では無く、技術によって人々を沸かせるあなたを評価していたのですが」
「評価してたんだ?」
「してません」
一瞬で自らの発言を翻すAWP-002に思わず苦笑する。まったく、素直じゃないよね。
兎にも角にも、わたし専用のオリジナル装備は完成した。でも疲れちゃったし、そろそろログアウトしようかな?
「みんな今日はありがとね!じゃあそろそろ配信は終わりにして——」
終了前の挨拶を始めようかと思ったその時、急に足元ごとぐらぐらと地面が揺れ始める。
「なになにっ!?イベントー?」
【フォッダー】で地震が発生したことは今までになかった。もちろんスキルとかには地面を揺らすスキルもあるけれど、こんなに激しく揺れたのはさすがに初めて。わたしはめりぃさんの腕の中から飛び出して周囲を確認する。
まあでも、【ギルドハウス】は『不壊』だから特に問題は無い。【モーションアシスト】で揺れに合わせて姿勢を制御しつつ地震が収まるのを待っていると、外からプレイヤー達の叫ぶ声が聞こえる。
「なんだあのモンスターは!?」
「——いや、あれはプレイヤー……もしかして、異形!?」
「なんだろう?ちょっと見に行ってみようか?」
地震は全然収まらないけれど、それでも歩けないほどじゃない。同じ部屋にいた他のプレイヤーたちも外の騒ぎが気になって【ギルドハウス】の外に向かっていく。
しかし、その時、ぴしりと何かが裂けていくような音がして——、
「わ、わあああ!!【ギルドハウス】に亀裂が!」
「『不壊』じゃなかったの!?」
あわてて補修に走る生産系プレイヤーたち。
「これは只事じゃないね。わたしも外を見てくる!」
「私も行きます。プレイヤーネーム『めりぃ』は補修をお願いできますか?」
「わかった!配信は見てるから頑張ってね!」
それから急いで外に出ると、そこには目を疑う光景があった。
【ギルドハウス】を遥かに上回るサイズの超巨大なプレイヤー。人間をそのままの姿で巨大化させたかのような超弩級の存在がそこにいた。
と言っても本当にただの人間の姿というわけじゃない。頭に生えている髪の毛、その1つ1つがまるで蛇のように目と口を持っていて、それぞれが意志を持っているかのように蠢いている。
その体格差だけで並いるプレイヤーをなぎ倒せそうな超巨大生物だ。当然モンスターの【転生】体でもなさそうだけど……。
先程の地震はこの巨大なプレイヤーが歩くときに発生していた振動みたい。ステータスはともかく物質干渉力に関しては他の追随を許さない力を持っていそう。
そして『彼女』は今にも襲いかかってきそうなくらいの鋭い視線を【ギルドハウス】に向けている。それはまるで人類全てを憎む悪鬼のような形相で、とてもふれんどりーな関係とはいかなそうだ。
これからバトルをするっていうのなら喜んで相手になるけれど、実際の所目的がわからない。異形さんと言えば特殊な能力を持っていることがあるみたいだけど、その力の影響は現実にも影響を及ぼすことができるのかな。
【モーションアシスト】が現実に影響を及ぼす以上、ないとは言い切れない。となると、ここで戦うことにはリスクがある。わたしは問題ないけれど——。
(——ここは戦いましょう!戦わなくていいならそれに越したことはありませんけど、もし【フォッダー】が危機に陥ってしまうのであれば、ボクはそれを守りたいです)
その時、わたしの日和見な思考に対して『ボク』が後押しをしてくれる。そっか。そうだよね。人格が違ってもやっぱり根元は同じ。やりたい事も同じ、か。
しかし——それと同時に『ボク』とわたしの人格が正式に分たれようとしていることも感覚で理解する。ちょっと前まではわたしの人格はあくまで演技であって、今みたいに《ロールプレイング》を維持したまま互いの意思を尊重したやりとりをすることはできなかったハズ。
〘Multa〙みたいになるのか、あるいはまた別の結果が訪れるのかはわからないけれど、もう後戻りができないほどに変わっていく自分のカラダ。それにちょっぴり恐怖感を抱きながらも、そんなことを考えている場合じゃないと首を振る。
そう、わたしは屠神 明日香ちゃんを原型としてこの世に産まれた異形ハンター。恐怖を捻じ伏せて従わせることこそが本懐!
とはいえ先制して勝負に出るのはあまりにも無謀すぎる。まずは相手の出方を見て——。
「————どうして」
異形の口から漏れる小さな怨嗟の声。それは微かにしか聴こえない呟くような音だったけれど、込められた怒りの思念が一瞬にして周囲に伝搬する。もはやわたし達はこの程度の精神衝撃で気絶するほど弱くはないけれど、それでも圧倒的な意志の暴力を感じ取る。
「ああ、そういう事でしたか」
AWP-002がその感情の意味をシミュレートしたのだろう。武器を下ろす。わたしも遅れて《ロールプレイング》によって異形の考えを読み取った。
——なんだ、勝手に勘違いしていただけか。確かに見た目は怖いし、激しい怒りの感情を感じとることができる。でもそれは、プレイヤーに対する暴力の意図はなくて……。
「どうして……。どうして建物の中に入れないの?ここで生産をしてみたかっただけなのに——」
ただゲームを楽しもうとしていただけの、わたしたちと同じ1人のプレイヤーだっただけなんだ。
「【ギルドハウス】の拡張、しよっか♥」
【ギルド】の運営メニューを開いてみると、いくら使ってもなくならないと確信できるくらいの貢献値が貯まっていた。それをどかんと使ってサイズの大きなプレイヤーでも使える生産工房や、アバターを切り替えることができる出張【転生屋】を設置。余っていた適当な【カード】をプレゼントして小さい店を使う時にはアバターを変えるように言うと、ぴょんぴょんと跳ねて喜んでくれた。
ぐらぐらと再び大地が揺れ、足元から崩れ落ちそうな危機に陥ったけれど、【ギルドハウス】はヒビこそ入っても倒壊する様子はない。ちょっと外観が変化したというだけで『不壊』の設定自体は健在みたい。
それから【ギルド】内の様々なお店や施設を紹介してあげて、いっぱい遊んでから改めてわたしはログアウトする。
明日もこんなほのぼのとした1日になるといいね。




