第158話 配信戦争
それから、多くの『異形』の生態や危険性、そのすべてを明日香ちゃんは教えてくれた。
そしてその情報をテキストにまとめて、『わたし』のサイトにアップロードした。卍さんと『わたし』は同じ存在であると同時に違う存在でもある。なのでわたし専用の別サイトを作ってもらった。
もちろん、この配信もアカウントこそ同一だけど、ちゃんと『屠神 荒罹崇のくーる&てくにかるちゃんねる』というチャンネルで行っている。
せっかく作ってもらったのだから、今後はわたしの配信もどんどん増えるってことだよねー。
【サバイバル杯】の頃はあまり配信に興味はなかったけど、いざ自分のチャンネルがあると色々やってみたくなるなー♥
それについてはまた今度じっくり考えるとして、とりあえず配信はこれで終わり。今回は純粋な情報番組だから、必要な情報だけで手早く終わらせた。
視聴者の数は、普段の『ボク』の配信よりもはるかに多い。これってもしかして、わたしの方が才能があるのかな?
なんてね。今回は【フォッダー】界隈にとどまらない世界規模の配信だったから多くの人が見てくれただけ。もちろん『ボク』が配信していた〈進化〉に関する件も大事件ではあるのだけど、まだ具体的な証明も研究もなされていない以上、【フォッダー】プレイヤー以外には響かなかったんだろう。
今回は譲ってもらったネタで多くの視聴者に見てもらったけど、次に配信するときは自分で考えたネタで『ボク』に勝利したい!
そう、わたしは新参配信者として卍さんをライバル視している!今に見ててよね?いずれは本家のチャンネル登録数を超えて、トップに君臨しちゃうんだからね♥
そう宣戦布告されたところで、《ロールプレイング》が終了し、『わたし』はボクに戻る。
なるほど?なかなか生意気なこと言っちゃってくれますね。これは一種の反逆ですね!
もちろん〘Multa〙とは違い、《ロールプレイング》はあくまで超高度な演技であって、本質的には同一の存在だ。まかり間違って『ボク』にとって都合の悪いことを言い始めたとしても即座に止めることができる。
けれど——なんだかおもしろいですね!自分VS自分の配信戦争!
やはり本質は自分であるからなのだろう。『わたし』の思いついた反逆行為にボクは嫌な気持ちを抱かなかった。
最近では地味にマンネリ化してきたボクの配信の現状を打破する画期的な計画だ。
とはいえ、対決するには身体が1つしかないのが悩みどころだ。おそらく〘Multa〙を使えば『わたし』の思考パターンをそちらに移すことができると思うのだけど、さすがにそこまで人間をやめるのはちょっと憚れる。
この件は後回しにしよう。それよりも今は明日香さんに聞きたいことがあった。
「……勝機はあるんですか?その……『アクタニア』に」
「ありませんよ。あの邪神は今この瞬間にも私の息の根を止めることができる。今からおねえさまにその真名を告げさせることもできるし、なんなら私が奴を殺そうとしていることすらも、奴に植え付けられた強迫観念なのかもしれない」
自らのすべてが他者に植え付けられたものかもしれない。それはとても恐ろしいことだ。
今や遠い昔のことのように思えるけれど——明日香さんと出会ったときのことを思い出した。
あのときの彼女は今とは違って、おとなしい性格だったね。次の瞬間に命を奪われるかもしれない、そして自分の考えていることが自分の意志ではないかもしれない。そんな状況下であったのならば無理もない。むしろ落ち着いていた方だったかもしれない。
「《ロールプレイング》……でしたか。おそらく私は、あのときからずっと続けているのだと思います。神に反逆するための小さな小さな武器を手にした日、おねえさまに会ったその日から」
「……ボクが背中を押しちゃったんですか?」
「おねえさまのせいじゃありませんわ♥おねえさまは私に戦いの基礎を教えてくれただけ。こういうのもなんですけど、たとえ一人でも、いずれはこの道を歩んでいたでしょう」
ボクが教えたのなんて、本当にチュートリアルみたいなものだったからね。いくら攻略サイトが崩壊していた当時の【フォッダー】でも、操作説明くらいは調べれば出てくる。ボクがいなくても、抜群のセンスを持つ明日香さんならすぐに強くなっていたはずだ。
でも——明日香さんとあそこで会わなければ、ボクは全く違う道を歩んでいたかもしれない。
《ロールプレイング》なんていう発想も、明日香さんとTRPGを遊んだからこそ生まれた〈魂の言葉〉だし、『とがみん』なんて明日香さんとボクの子供みたいなものだ。
仮にそれらすべてがなかったとしたら、それはそれで新たなテクニックを活かして戦っていたのかもしれないけれど——そんなIFは関係ない。今のボクの大部分は明日香さんによって受けた影響で成り立っていると言っても過言ではない。
いつもお世話になっているお礼に、そんな明日香さんを助けてあげられたらな。『異形』関連である以上はとがみんも賛成してくれるだろう。
しかし問題もある。おそらくこの話は【フォッダー】で収まる話ではないということだ。
ボクは現実で殴り合いに興じるほどの度胸もないし、さらに言うならあらゆる生命を好き勝手に改ざんできる邪神相手に殴り合いで勝とうと思うこと自体がイカれてる。
命を改ざんするという恐るべき力。それを防ぐことができるなら、同じ土俵に立つことができるのだけどね。見たことがない事象についての対策案は立てられない。なんの役にも立てないということだ。
この件に踏み込もうとすると、むしろ足を引っ張ることにつながりかねない。
結局はこのままお友達として、【フォッダー】の中で一緒に遊ぶくらいのことしかできなさそうだ。
せめてお相手さんからボクたちの土俵に立ってくれたら話は別だけど……。そんな邪神がログインしてきたら、一瞬でサービス終了まで持っていかれそう。
それに——そんなすべてを超越した神様が、わざわざ下等生物の娯楽にログインしてくるわけないよね。
ボクは喉まで出かかった協力の申し出をごくりと飲み込み、とがみんとの配信戦争に専念することに決めた。




