第151話 テコ入れ
【フォッダー】の世界にやってきた『異形』の中には、当然ながら人間のアバターでログインしているプレイヤーさんもいる。
まあ当たり前の話だけれど、アバター作成機能を利用した場合は、現実のデータを反映させずにゲームにログインすることができるからだ。
とはいえ、現実とあまりにも差異が大きいアバターは自分でも違和感を覚えるのか、実際にその機能を使ってログインしてくる『異形』さんは少ない。残念ながら我々人類は《SANチェック》の脅威に対抗すべく〈進化〉していかなければならないようだ。
「では、早速アップデートされた新しい街を巡っていきましょうか!出遅れちゃいましたしね!」
とりあえず今日の配信の目標を宣言して、「さあ探索開始!」と気合を入れたところで、コメント欄にツッコミが流れてくる。
----
>卍さん、ほとんどのプレイヤーは既にアップデートの追加実装を網羅しているんだよ……?
>配信者なのに出遅れすぎw
>あかりちゃんさんの方でだいたい見たわ
>おいおい、あかりちゃんさんに負けるとか卍さん大丈夫か?
----
「ですよねー。ずっと職業の育成や【マクロ】の改善、【サバイバル】の練習に没頭してましたからね。みんなその間に見て回ってますよね」
【サバイバル杯】はボクにとっては一大イベントでしたけど、今回の優勝賞品は他の人にとっては興味のない【カード】がもらえるだけのハズレ枠でしたし。結構な人数が参加していたようですが、それはそれとして大会のために事前準備の時間を割いていた人はそこまで多くなかったみたいですね。
ツッコミが入ってから軽くネットを見て回ったけれど、さすがに嘘八百のインターネットでも大規模なアップデートの情報について風説を流布し続けることはできないようで、信頼性の高い情報がいくつか出回っている。
中でもあかりちゃんさんの運営しているサイトなんかは情報量がすごい。既存のスキルのデータなんかもボクが見る限りでは正確に記載されており、このサイト1つあれば大概のことはやっていけそうなレベルだ。
「あかりちゃんさん……いくらなんでも手を広げすぎでは?」
ボクも発見したテクニックや仕様なんかはサイトに記載してまとめているのだけど、自分の関わっていない職業のデータにまでは手が回っていない。一方であかりちゃんさんは、明確なデータが取れる要素はほとんど全て網羅しているようで、ページのUIも最適化されており非常に見やすい。
あかりちゃんさんのサイトさえあれば、情報が断絶した【フォッダー】界隈を統一することさえできるのでは!?あまりの有能さに言葉も出ない。
「というかボクの配信要らなくないですか?完全に負けてますよね」
かなしい。
----
>負けてるね
>チャンネル登録してやるから元気だせよ
>負けてるけど配信は続けてね
>新しい要素に手を広げよう
----
いつもは辛辣なことを言ってくる視聴者のみなさんが珍しくフォローしてくれている。うれしい。
まあこういう言い方もなんですけど、意味のわからないバグや裏技などの情報に関してはボクの方が先行しているとは思う。あくまであかりちゃんさんのサイトに記載されているのはゲームプレイの前提となるデータ的な情報であって、需要的には全く重ならない。
とはいえ新しい需要を開拓するのは、配信を続けていく上では間違いなく重要なことだ。あかりちゃんさんに負けないように、プレイヤーだけではなく配信も〈進化〉していかなければならない!
ボクはびしっと天に手を掲げ、宣言する。
「作戦会議——っ!議題はボクの配信に必要な要素!コメント待ってます!」
----
>丸投げやめろ
>とがみん要素は欲しい
>とがみんはよ
>暗に卍さん否定されてて草
>向こうが広く浅くならこっちはじっくり深掘りだ!
>特定のスキル1つを題材にして徹底検証するとか?
>さすがにスキル1つでそんなに内容作れるか?
----
とがみん、人気すぎませんかね?今回の作戦会議で考えた案は彼女に任せることも検討しましょう。
「まあ競合を避けるなら、やはり深掘りしていくしかありませんよね。問題は何を深掘りしていくか、ですよね。スキルかー。なにか奥が深そうなスキルはありましたかね?」
直近でボクが深掘りしているスキルといえば【マクロ】だ。これをもっと深く研究して誰もが使える汎用スキルを作り上げる、なんて面白そうですね。これは案に入れておきましょう。
そういえば〈進化〉についても、まだ具体的な情報としては公開してませんね。これも裏を取ってからまとめれば需要がありそう。経験者も少なからず存在するでしょうし、インタビューも必要ですね。
とりあえず直近ではこの2つに対応するとして、他には……。
「おねえさま、『異形』に対する情報をお届けする番組というのはどうでしょう♥彼らについて興味がある人もいると思いますわ♥」
と、そこで明日香さんから助け舟が入る。いいですね、それ!明日香さん的には『異形』との交流に関する注意喚起などの情報を発信したかったのかな?と思いますが、Win-Winですね。ぜひ採用しましょう!
「『異形』について詳しい専門家の明日香さんが協力してくれるということですね?ではそれでいきましょう!そのときは要望に応えてとがみんモードで配信しますよ!」
----
>明日香さんが異形の専門家だという風潮
>TRPGでは詳しいから……
>そもそも異形ってなんやねん。伏線くらい張っとけや
>異形って危なくないの?そんなのがいるって知って震えてるんだけど
>一生震えてろ
>18時に政府が記者会見するらしいね
>魔導なんてものがあるんだからそういうモンスター的なのもそりゃいるだろう
>今までは世界を裏から守るNINJAが魔導を駆使して人知れず倒してたんだろうな
----
「それでは私はお話しする情報についてまとめておきますので、お先に失礼しますわ♥ごきげんよう」
そう言い残してボクの〈ストリームアイ〉に手をふりふりしてからログアウトする明日香さん。コメント欄が『明日香さんまたねー』『ばいばーい』といったボクの配信ではなかなか見かけないほっこりしたコメントで埋まっていく。なんというかカリスマ性がありますよね、明日香さん。
「『異形』についての情報は明日香さんと相談して後日配信しますね。今は手をつけられそうな題材として、【マクロ】について触れてみましょうか」




