第146話 エラー、あるいは単なる仕様の果てに
「【【【【ペネトレイト】】】】!」
AWP-002が懲りずに再びスキルを放ってきたと思いきや、先ほどまでとはあらゆる要素が違う。貫通効果を持つ矢が4本、迫ってくる。
1回の発動宣言を同時処理して、再詠唱時間を踏み倒して連射しているのかな。こんなの、AIだけが使える欠陥だよね♥
おまけに速度も先ほどとは段違い。おそらくは得意の演算能力を駆使して山のように〈装飾表現〉を重ねているのだろうね。
そんな圧倒的に強力なスキルがわたしを目掛けて一斉に襲いかかる。
「«階段革命»」
迫りくる矢を階段を駆け上がって回避しようとすると、それに合わせて矢も向きを変え追尾してくる。ご丁寧に、頭上やや上から当てに来る——つまり【空神の加護】を適用させるのも忘れていない。
【スナイパー】や高いDEX値によって行使できる投射攻撃の追尾能力はプレイヤーの思念入力によって再現される。AWP-002はCPUの稼働率を引き上げたことによってリアルタイムで相手の動きに対応しているようだ。今まで本気を出していなかったってのは嘘じゃないみたいだね。
わたしは【ペネトレイト】の先端に掠るように触れてから、家の設計図を利用して【ホーム】を建築する。貫通効果を持つ【ペネトレイト】であろうと〈不壊化〉のシステムを貫くことはできない。わたしに当たるギリギリのところで矢は形成された家に押し出されて消滅した。
新しく作った【ホーム】の屋根へ【ホームリターン】で転移し、【パイロキネシス】を放つ。
右手から吹き出した炎がAWP-002に迫る。従来の【パイロキネシス】であればたやすく回避されてしまううえにダメージも期待できなかった。けれど、わたしの放つ【パイロキネシス】は違う。細く、小さく、そして鋭く、思いつく限りの命令文を【モーションアシスト】に送り込んだ火炎放射だ。それは極細の針のように先鋭で、弾丸よりも圧倒的に速い。
もはや目で捉えることすら不可能な速度で駆け抜けた炎の針はAWP-002の右胸を貫いた。
「ぐっ……」
ダメージを受けながらもAWP-002が発動させたのは【メテオ】だ。【空神の加護】が込められた上級魔法であれば致命打になり得ると踏んだのだろうけど、それは当たればの話。雨のように降り注ぐ【メテオ】の中を舞うように、誘うようなステップで紙一重に躱していく。そして優雅で淫靡なわたしの舞は、彼に明らかな『焦りの感情』を与えていく。
本当は【ペネトレイト】からのノックバックでコンボさせる見込みがあったみたいだけど、初撃を躱せばこんなものだよね♥
ここまでコンマ数秒のやり取り。目にも止まらぬ超高速戦闘。『ボク』ならば視聴者に配慮して!とでも言うだろうけど、わたしはそういうの気にしない!配信にこだわるよりも、戦ってこそのゲームでしょ?
「なぜっ!なぜ私の処理能力に追従することができる!プレイヤーネーム『屠神 荒罹崇』!」
焦りを感じたAWP-002は荒げた声でそう問いかける。
「うーん、なんか知らないんだけど……頭の回転がすごく『速い』んだよね。『時間が経てば経つほど』思考がクリアになっていくような♥」
これはわたしがそういう役割を演じた存在だから……というわけでもないみたい。さすがに思考パターンを切り替えても頭脳のスペックは変わらないもんね。
だからあくまで推測でしかないけれど、これも【モーションアシスト】の効果だ。
【モーションアシスト】は常に自分のやりたいことの最適な手順を教えてくれる。
例えば素早い敵が現れたら狙いを定めて当てる方法を教えてくれるし、攻撃をうまく躱す方法も教えてくれるよね。
でもそれはあくまで自分のスペックで可能な範囲の話。
もし何をやっても絶対に倒せない敵が出てきたとしたら、【モーションアシスト】はどんな最適解を教えてくれる?
答えは簡単。スペックが足りないなら上げてしまえばいい。
危機的な状況に生命が対抗する最後の手段——種の進化という最適解を示した。ただそれだけのこと。
視覚を使っても観測できない敵が現れたとき、心の眼で観測できる力として《『心眼』》を得たように。
既存の思考パターンを切り替えて別の人格になりきる〈ロールプレイング〉だってそう。こんなこと、いくら最適な方法を伝授されたとしても普通の人間にできるわけがない。
【モーションアシスト】はAIの思考に追いすがるために、人類の危機に対抗するために、わたしの遺伝子に〈進化〉という回答を用意したんだ。
「『早く仕留めないとまずいかもね?』どんどん調子が良くなってるし♥」
そしてここからの戦闘はわたしの描いた通りに進んでいく。それは圧倒的な演算による予知ではなく、最適化された演出が生むシナリオ通りに。
「負荷……100%!【【【【【エアジャンプ】】】】】!」
AWP-002は一瞬にして5回分の跳躍を行うことによってわたしの居る屋根を目掛けて迫る。弓による攻撃は〈不壊化〉によるシールドに阻まれると判断したんだろうね♥。装備を巨大な斧に切り替えて殴りかかってくる。
【パワーストライク】【ガードブレイク】【ギガントスタンプ】。3つのスキルを同時に発動させ、3つの斬撃を別々の方向から放つ回避不能の一撃。さらに【アタックコマンド】【シャープウェポン】【パワーアップ】も乗っているね。
特に【ギガントスタンプ】は武器を巨大化して当たり判定を増加させるスキル。ただでさえ当たり判定の大きい斧をさらに大きくして、バックステップ程度じゃ避けられない絶対的な攻撃範囲を確保している。この連撃を食らった時点でわたしのHPは間違いなく0になるだろう。
「【テレポート】だよ♥」
ただし、【テレポート】であれば避けることは造作もない。わたしはその場から一瞬にしてAWP-002の後ろに回り込む。そしてそれは彼にとっても演算済みの行動だったのだろう。キャンセルしながらくるりと向きを反転させて、さらなるスキルの発動を宣言する。
「【【ペネトレイト】】————!?」
しかし宣言されたスキルは発動せず。大きな隙を生んだその瞬間をわたしの【イグニッション】【サイハンド】が貫いた。
「キミ、自分の再詠唱時間すら把握してないの?それとも演算ミスかな」
続いて蹴りを入れようとしたところでAWP-002が【ホームリターン】で陣地に戻った。すかさず«疾風迅雷»で追い打ちをかけに走る。
「バカな!私はAIだぞ!再詠唱時間など確認せずとも寸分の狂いなしにカウントできる!先ほども25.500秒が経過していたはずだ!」
そして状況を理解せずに喚くAWP-002にわたしは単純明快な事実を告げた。
「あなたがさっき使った【ペネトレイト】の再詠唱時間は30.000秒だよ?ちゃんと確認すればよかったのに」
確かにAIであれば正確に25.500秒をカウントすることができるのだろう。そこにミスの余地はなく、間違いなく彼の言う通りに経過していたんだろうね。
けれど先の【ペネトレイト】はわたしの【時神の加護】によって再使用時間が4.500秒増加していた。ちゃんとステータスからデータを確認すればそれくらいわかるはずなのに、彼はそれを観測しなかった。あえて確認せずともカウントミスなどしない、そんな驕り故に。
その上でわたしが〈感受誘導〉によって意図的に導いた結果とはいえ、この結末は彼にとっては絶対に許されない致命的な失敗だ。
凡ミス、ケアレスミス、ヒューマンエラー。
なにせこれこそがAIが人間と同じであるその証左。彼は図らずともそれを身を持って体現してしまったのだから。
わたしの言いたいことをその圧倒的な演算能力によってシミュレートしてしまったのだろう。
ちょっとした演出がもたらした超常的な理屈を持たない純粋なる《SANチェック》。得体の知れない恐怖よりも、理解してしまった恐怖の方がなお恐ろしい。
瞬間的な思考の停止を起こしたAWP-002にわたしの右腕から放たれる【ソウルフレア】がとどめを刺した。
テクニックその83 『進化』
【モーションアシスト】はあらゆる最適解を提供します。
しかし、現状の人類ではどうあがいても無理、という事もある。
それならできるようになればいい。こんなただのゲームで人類の進化が始まってしまうのだから恐ろしい話です。もしかしてこのゲーム、人体実験か何かなのでは??
進化その1 《『心眼』》
眼球に頼らずに視界を得る〈進化〉です。
魔力や幽霊など、普通は見えないものが見えてしまう副作用があり、〈進化〉などと言っておきながら逆に日常生活が困難になります。
そのうち慣れると思いますけどね。




