第144話 真綿で首を絞められるような戦い
死角に逃れたAWP-002さんは、当たり前のように矢を放ってくる。こちらからの攻撃は射線の都合上届かないが、相手は弾道の操作を駆使すれば簡単にこちらに攻撃できる。
自分の【ホーム】に逃げ帰ることも考えたけれど、«疾風迅雷»があるとはいえ遠距離職業を相手にこちらが距離を取れば、相手の思うつぼだ。
【エアジャンプ】で屋根に登り、さらに階段を駆け上がって矢をかわしつつ頭上を取り、右腕から【イグニッション】【パイロキネシス】を再度叩き込む。
さらに【ストレージ】から取り出した剣や槍を【キネシス】で回避の隙も与えぬように乱れ撃ちで投げつけるが……彼はそのすべてを矢で的確に撃ち落としていく。
【パイロキネシス】も、当然のように最小限の動きで横へ避けられる。背後から矢が戻ってくると察したボクも回避を試みるが——。
「【アブソリュート】。チェックです。プレイヤーネーム『卍荒罹崇卍』」
最悪のタイミングで【モーションアシスト】が停止させられてしまった!
アシスト込みで回避することを前提に考えていたせいで、とっさの行動もできず、【ペネトレイト】と【アブソリュート】が直撃する。追撃を察したボクは、慌てて【ホームリターン】で家に戻った。
逃げた先はAWP-002さんとの戦いに際して設置した家……ではなく、マップの北端に建てた家だ。とっくの昔にエリア外で、ボクは急速に継続ダメージを受けていくが、ポーションでHPを補給することで強引にその場に居座る。
そして先ほどの戦いの内容を振り返ることにした。
「最初は割といけると思ったんですよねー。簡単に攻撃が当たりました。でも、その後はじわじわと詰められていく感覚がありました」
スキルを好きなだけ並列発動できるという能力を持ちながらも連射してこないところから、最適な安定択を撃ち続けていることが察せられる。
例えば最初の場面。もし開幕から好きなだけスキルを放ってワンキルを狙ってこようとしたなら、家にこもるだけで封殺した上で、再使用時間のあいだはこちらが逆に一方的に攻め込めたはずだ。
今までの強敵とは違い、安定した戦術によって、じわじわと首を絞められるように展開が進んでいく。
勝てそうに思えるのに勝てない。そんな微妙な拮抗を演出させられているかのようだ。
そして【アイテムマスター】の件だけど……彼が使ってるのは【ナイト】のスキルと【アーチャー】のスキル。さすがに【サバイバル杯】現地で都合よく【グラビティコントロール】付きの装備を手に入れたのだとは思えない。なにかからくりがあるはずだけど——。
考える時間を取るために戻ってきたけれど、ここから一発で逆転できるようなパターンは出てこない。状況に応じて臨機応変に戦っていきますよ。そういうのはAIの特権だって?知りません!
というわけで【ホームリターン】で中央に戻ってきたのだけど……目の前に【ペネトレイト】が迫ってきていた。ぐさっ。
「そろそろ来る頃だと私の演算が示していました」
「試合前は予想を外していたのに、さっきから精度が上がってきてないですか!?」
「『模擬実験』はデータが多いほどに精度が上がる。この意味がわかりますか?プレイヤーネーム『卍荒罹崇卍』」
——なるほど。戦えば戦うほどに対戦相手の癖や思考が読めるようになっていく。ボクの攻撃が最初に通用したのも、それ以降にボクの攻撃が通用しなくなったのも、同じ理屈か。
戦えば戦うほど強くなるって、どこの主人公ですか!?
それからはじり貧の戦いが続く。こちらがあらゆる手段を駆使してAWP-002さんに打撃を与えようとしても、それを完全に先読みしたとしか思えない対応を取られて、こちらのHPが逆に削られていく。
こちらもポーションを持っているから、一撃死さえしなければなんとか戦いを続けられるけれど、そのリソースは有限だ。
そしてAWP-002さんも間違いなく回復アイテムを持っている。条件は同じだ。なにせプレイヤーを倒せば回復アイテムが手に入るのだから。この中央エリアでひたすら敵を蹂躙してきた彼なら、勝利特典だけで5回以上はHPを満タンまで持っていけるだろう。
そして最も重要な点として、AWP-002さんは明らかに3つ以上の職業スキルを同時に行使している。
家を収納する【グラビティコントロール】だけではない。少なくとも【オートユーザー】は持っているらしい。ノーモーションで強力な付与のようなエフェクトが発生しているのをこの戦いで何度か見ている。
相手の方が手筋も多く、行動を読まれる。せめてどちらかの優位性を崩せるとよいのだが……。
「【トラップハンター】!」
攻撃の合間を縫って罠を設置してお茶を濁す。踏めば猛毒に侵される徳用の猛毒罠だ。AWP-002さんに踏ませる余地はなかなかないだろうけれど、それでも移動制限としては十分に機能する。〈疾風迅雷〉で特攻をかけながら、彼の陣地である屋根の上に1つずつ、隙間を埋めるように配置していった。
——しかし。
「【サイハンド】で罠に落とす戦略ですね?では、そろそろ移動しておきましょうか」
そう言うとAWP-002さんは家を【ストレージ】にしまい込み、バックステッポで軽く後方へ下がってから再び家を呼び出す。……呼び出された【ホーム】に罠の姿はない。先ほどまで屋根があったはずの空中の座標に残ったままだ。
まったく、油断してくださいよ!
容赦なく放たれるスキルをかわしつつ、なんとか再び彼に肉薄しようとするが、ボクが攻撃をかわす方向や方法は完全に読まれている。
避けたところにすでに矢が置かれていたり、襲い来る矢の速度に緩急をつけたりと、こちらの思考の盲点を突く的確な射撃でダメージを与えてくる。
あれだけ作ったポーションも、今では残りわずか。討伐報酬のポーションはまだあるけれど、これを使い切ってしまうようではもう終わりだ。
いったん北に戻って薬草集めをするか……?いや、集めたところで打開策がないのなら意味がない。ならどうする?
AIの予知にも等しい高度な読みをひっくり返す方法……あるのか?
——ある、1つだけ。




