第143話 ディープワード
善は急げだ。«疾風迅雷»を発動させて中央までびゅーんと飛んでいく。
向かうは中央のそのまた中央。エリアの収縮で最後まで残るであろう場所だ。おそらくは罠や家の建築のために派手なバトルが行われていると踏んでいたのだけど……。
耳を澄ませても戦っている音はまるで聞こえない。不気味なくらいの静けさだ。
もしかして取り合い合戦をしているという推測は完全に外していたのだろうか。もっと早くに訪れて罠を仕掛けておいたほうが良かったかな。
そんな楽観的な考えは【パスファインダー】の探知能力によって即座に打ち砕かれた。
群雄割拠の戦いが行われていないのではない。一方的な戦いがとうの昔に終わっていただけだ。
マップの中央に立っているある1人のプレイヤーの存在が、そのことを如実に告げていた。
「AWP-002さん……」
一応まだ距離は離れているし、こちらを見てはいない。気づかれてはいないはず……今のうちに有利な環境の整備をしようと考えたそのとき、
AWP-002さんがぐるりとこちらへ振り向いて、スキルを発動させた。
「【アブソリュート】【アタックコマンド】【ペネトレイト】【ラピッドショット】【エレメンタルアロー】」
その瞬間、【モーションアシスト】に頼っていたボクの身体がぴたりと硬直する。だけど慌てない、この展開は大会前にシミュレートしている。
【モーションアシスト】による最適解に頼らず、ただ自分の意志で動けばいいだけだ!
すかさず【ストレージ】から家を取り出しその場にどすんと設置。そして、即座に扉を開けて部屋の中に入る。
扉の外側にいくつもの矢が当たる音と衝撃が返ってくるが、さすがの追尾性能でも〈不壊化〉の無敵障壁を破ることはできず、扉を開けることもできない。
そしてスキルを防いだことによって相手は再使用時間に突入した。攻めるなら、いま。
扉を再び開けて«疾風迅雷»でAWP-002さんに突撃……しようとしたところで2本の矢がボクのすぐ目の前に迫っていたことに気づく。
「うわあっと!」
あわててしゃがみ込んで攻撃をなんとか回避したけれど、いつの間にか目の前にAWP-002さんが近づいてきており、両手剣による上段切りを放ってくる!
「«階段革命»!」
対してボクは、あえて階段を上る【マクロ】によって意識的に剣に当たりにいく。【マクロ】の行動模倣は絶対。ダメージを受けながらも物質干渉力を無視して剣を思い切り跳ね上げた。
そして相手の頭上まで上ったところで【マクロ】をキャンセルし、鋭い蹴撃でAWP-002さんを吹き飛ばしてやる。
【空神の加護】が込められた一撃は彼に大きなダメージを与え、大きく後退させた。
そして家の中から軌道を変えて戻ってきた2本の矢を、身体をそらしつつ回避。矢が戻ってくる様子はない。おそらく往復1回分の攻撃を回避してしまえば弾道の操作能力は効力を失うのだろう。
それにしても、うまく当たりましたね。AIであれば反射神経も優れていると考えていたのですが。
「……先ほどの矢を回避した動き。明らかに常人の反射神経を超越していますね。キャラクターネーム『卍荒罹崇卍』にそこまでのスペックはなかったはずですが」
逆にAWP-002さんからボクの反射神経を疑われてしまった。まあ自分でも人間技じゃあないとは思っているけどね。
「AIなら解析なさってはどうですか?ま、できたらの話ですけどね」
さすがに配信でもかけらも表に出していないこのテクニックが解析されるはずが——。
「——解析完了。プレイヤーネーム『卍荒罹崇卍』は常時適用型の【マクロ】を使用していますね」
「早すぎ!?」
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>草
>さすがですわ
>卍さんの隠し球が速攻で割れてて草
>解説はよ
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「『攻撃が来たら回避可能である場合に限り回避または被害の軽減行動を行う』という条件付きの命令文を【モーションアシスト】によって読み込み続けることによって攻撃に対して自動的に反応していると推測されます。条件付きである以上、相手が攻撃をしてこない限りは自身の意志で通常行動を取れる」
5秒で解析されたけれど、完全に正解だ。これは視聴者さんにも気づかれないようにこっそり発動していた新【マクロ】、«ガゼルフット»。
相手の攻撃を片っ端から回避できる理由はこの【マクロ】の存在にある。攻撃を視認した瞬間に自動的に最適の回避手段を打ってくれる便利なスグレモノだ。
加えて《ガゼルフット》という言葉はボクにとって〈魂の言葉〉でもある。【マクロ】の発動と同時に〈魂の言葉〉の宣言を行うことによって、回避能力を大幅に引き上げたのだ。
「では、【マクロ】を中断するまで継続的に攻撃を放ち続ければ、まともな行動は行えませんね?【ボウフウ】——!」
AWP-002さんはその言葉と共に弓に持ち替えると、嵐のように矢を撃ち放った。
【ボウフウ】
[アクティブ][数字:x回][投射][攻撃][物理][条件:弓][矢]
消費MP:2 詠唱時間:0s 再詠唱時間:25s
効果:[数字:x]を指定する。[キャラクター]に[ダメージ]を[与える]。[任意]の[タイミング]で[キャンセル]が[できる]。
風属性魔法、【エアーマシンガン】の類似スキルにして上位互換、【ボウフウ】だ。スキルをキャンセルするまで延々と威力の低い矢を撃ち込み続けるスキルなのだけど、«ガゼルフット»を扱うボクにとっては非常に痛い。
なぜなら回避以外の行動を取る余地がなくなるのだ。
いっそ回避できない攻撃であれば無視して行動できるように設定してあるのが«ガゼルフット»だけど、回避可能であれば威力が塵に等しくても回避に専念してしまうのがこの【マクロ】の欠点。ご丁重に回避しやすいように誘導機能の解除をしてあるご様子。
【ボウフウ】を使いながら他のスキルを放つことができるAWP-002さんにとっては、ノーリスクでこちらの【マクロ】を封殺できるわけだ。
扉を閉めて家に閉じこもれば【ボウフウ】を止めることはできるが、こちらから攻撃することもできなくなるし、その間にいくらでも罠や準備を整えられるだろう。
逃げの一手は敗北につながる。ならば命綱を切り捨ててでも攻め込まなければ!
ボクは«ガゼルフット»を解除し、弾幕の嵐の中を«疾風迅雷»で直進する!
一瞬にしてAWP-002さんのもとへ駆けたボクが【サイハンド】で思い切り殴りかかろうとした途端——彼の姿が消え、目の前に木製の壁が現れた。
いや、違う。この木製の壁は正確には『家』!地面から家を取り出すことによって攻撃を回避したのか!
そして屋根の上からAWP-002さんによる数々のスキルが撃ち放たれた。
「【シャープウェポン】【ガードブレイク】【ギガントスタンプ】【オーラブレイド】」
当然のように追尾性能付き。当たり前のように並行して【ボウフウ】の矢が駆け抜けていく。回避は難しい、ならば迎撃するしかない。
ボクは【ストレージ】から即断で【守護錫杖】を取り出し、内包されたスキルである【オフセット】で迎え撃った。
迫りくる矢を左手に備えた盾で思い切りぶっ叩くと、ガラスが割れるような音を立ててあらゆる攻撃を弾き飛ばす。
そしてお返しに【イグニッション】【パイロキネシス】を右手から放射したけれど、AWP-002さんはさっと後ろに下がることによって攻撃を回避。家の下からの攻撃では届かない死角に逃げられてしまった。
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>ガードブレイクとかってナイトのスキルじゃなかったっけ?なんで矢で撃ってんの?
>エアプか?アーチャーにはオールレンジドっていう近接スキルを遠隔スキルに変換するバフがあるんだよ
>まじかよズルすぎだろ。俺は拳一本で戦っているというのに
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コメント欄では彼のスキルに対する議論と解説が始まっている。しかし、今回の焦点はそこではない。彼の職業は【ナイト】/【アーチャー】。これは確定のはずなのに、家を召喚していることが問題だ。
【アイテムマスター】がなければ家のような重量物を【ストレージ】に収納することはできないはずだけど……。
テクニックその81 『オートジャッジ』
ある特定の条件でのみ動作する条件を常に思考し続ける事によって、反射神経の壁を超えて半自動的に対応することができるというテクニックです。
『常に反撃を警戒する』などの思考を出来ればこのテクニックで無くても対応できますが、自動で警戒できるならそれに越したことはありません。
マクロその8 『ガゼルフット』
相手の攻撃を回避する、という〈オートジャッジ〉です。半自動的に回避してくれる利便性の高い【マクロ】ですが、延々と攻撃を連射されると回避に徹し続けるしかできないという欠点もあります。まあ延々と攻撃し続ける方法はそこまで多くないのですけど。
テクニックその82 『ディープワード』
魂の言葉の名称を【マクロ】名に設定することで、効果を引き上げるテクニックです。
ボクの場合は《ガゼルフット》という回避率を高める〈魂の言葉〉があるので、その効果に自動で回避を行う〈オートジャッジ〉を複合させる事で、最高率の性能を引き出します。




