第139話 先読み
そして次の日。ついに【サバイバル杯】の開催日だ。時間的にはまだ早いのだけど、試合会場に出向いてみることにした。
かつての【ダブル杯】とは違い、初めての定期大会なだけあってプレイヤーの数も桁違いだ。
あたりを見渡すと、多種多様な装備を着た個性豊かなプレイヤーたちであふれている。いま身につけている装備は試合中には使えないけれど、【フォッダー】のプレイ経験を測る目安にはなりそうだ。
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>この前AIの人見かけたけどいい人だったよ。AI規程を守って戦ってるんだってさ
>マジかよ人とAIの対立とか無いじゃん卍さんのチャンネル登録外します
>でもこの前AIの人がレアドロップ品自慢してたよ、許せない
>は?最低だな全面戦争だろ卍さんのチャンネル登録外します
>どちらにせよチャンネル登録外される定期
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「寿美礼さんもユーキさんもいい人ですからねー。あとはAWP-002さんのような初期AIとも仲良くできるといいのですけど」
あまりに早く来すぎてやることもないので、コメント欄の流れを拾って返していく。そんなボクよりもさらに早く来ている人が大量にいるのだけど。
話をさりげなく聞いてみると、公式戦の前に野良で練習試合を開いているらしい。他にも今回の試合エリアの情報を交換している人や、まったく関係ない日常会話をしている人たちの姿もあった。人がいるから人が集まっている、といったところですかね。
「へい!小虎ちゃん!イケイケだね!」
まったりぼんやりと人間観察をしているところに背後から声がかかる。ボクを『小虎ちゃん』と呼ぶのは1人しかいない。おっさんだ。
振り返ると、おっさんがラーメンをすすりながら仁王立ちしていた。めりぃさんがやると非常に絵になるけど、おっさんがやると絶妙にダサい。
「はい、イケイケですよ!おっさんも出場するんですか?」
「もちのロンだよ!もし同じ対戦グループになったら夜露死苦!」
「同じ対戦……グループ……? もしかして……ここにいるプレイヤーが全員同じ【サバイバル】にマッチするわけではない……?」
……AWP-002さんと同じ【サバイバル】に入れないという衝撃の事態が発生する可能性も……?
「ちょ、ちょっと!運営さん!忖度してくださいよ!ボクをAWP-002さんと同じグループに入れてくださいよね!?」
AI規程の撤廃はAWP-002さんに限らず、すべてのAIに解放されているのだから、彼と戦わなくても他のAIと会えるかもしれないけど——どうせなら因縁の相手とケリをつけたいですよね!?
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>忖度希望の卍さん最低すぎる……
>ここに来て企画が盛大にずっこける疑惑が浮上してくるとはな
>卍さんがいなかったら変わりに俺が倒しておくから感謝しとけよな
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「こればかりはスタートしてみないとワカメだからね。祈るしかないね」
「神様仏様運営様……!どうかボクを!!お願いします!」
とまあ祈ってみたけど、実際、祈った程度で忖度されるならゲームとして失格なので切り替えていこう。
おっさんと別れて会場をぶらりと歩き回る。こういった人がいる場所には当然のようにいくつもの売店が立ち並んでおり、ネタ探しには困らないのだ。屋台の鉄板から立つ湯気と甘い香りが鼻をくすぐる。何を買っても試合に持ち込めないという意味ではまったくネタにならないのだけど。
「おっ、猫姫さんが屋台やってますね。大会にも出るのに商魂たくましいですね!」
遠目で見る限りではどうやらマシュマロを串に刺して焼いているようだ。【黄金の才】の持ち主なだけあって、かなり行列ができているので残念ながら声を掛けられそうにない。他をあたってみようか。
「おや、新しいフォルダさんじゃないですか!今回の戦いとは明らかに無縁だと思っていたのですけど……」
装備の厳選に厳選を重ねて生産ガチャを引きまくっている自称『戦闘』型の新しいフォルダさん。今回の戦いでは作った装備を活かせない以上、彼が出場することはないと思っていたのだけど。作った装備を販売している様子もなく、少なくとも商売目的の来訪ではないことがうかがえる。
「卍さんか。俺もこの大会に出ることにしたんだよ。公式に載ってたんだけど、大会のマップでは限定素材が出るらしいんだ。だから生産するためだけに出場する」
「えぇ……」
【サバイバル】で入手したアイテムは撃破報酬のボーナスアイテムを除いて持ち帰り可能のようですからね。作ったアイテムが偶然にも超性能でも持ち帰れない!ってなったら悔しいだろうし、ありがたい仕様なのは間違いない。——でも、生産だけの出場者が現れるとは……。
「俺以外にもけっこうそういう人いるよ。できれば優しくしてやってくれよな」
「優勝者は生き残った1人なので見逃すことはできないんですけどね……」
こうしてゆうたさんや純白の翼さんなど、他にも知り合いと軽く雑談をしていると、そうこうしている間に刻々と試合の時間が近づいてくる。
地味に緊張してきましたね。さすがにここまで来て出落ちは避けたいのですが、この大会は運も絡みますから。
そんな折に、またもや見知ったプレイヤーを見かけた。
AWP-002さんだ。観客席に座り、ぼーっと前を眺めている。周囲のざわめきの中で、彼だけが静止画みたいに動かない。ちなみに帝王龍さんが【『クロノス』】を使っているわけじゃない。
「こ——」
「こんにちは、プレイヤーネーム『卍荒罹崇卍』」
声をかけようとした瞬間に先手を打って挨拶してきた!?……こいつ、できる!
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>AIは風の流れや音で誰かが来たのを完璧に察知できるんだっけ?
>強い
>挨拶するだけで強さアピールしてきて草
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「プレイヤーネーム『卍荒罹崇卍』。あなたとの会話の流れは私のAIとしての頭脳ですべて演算済みです。なのでお答えしますが、私には大会のグループ分けを決める権限はありません。あくまで一般プレイヤーとしての参戦なので」
「そんなこと聞こうと思ってないんですけど……?」
「…………」
「…………」
「……図星を突かれてそのような言い訳をして逃れることも演算済みです」
もしかして——AIって強くないのでは?
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>戦う前に株を下げていくスタイル
>ユーキさんが演算するための情報がないって言ってただろ!許してやれよ!
>情報が足りてないのにドヤ顔するほうが恥ずかしいんだよなあ
>待て、卍さんが本当にすっとぼけてることも否定できない
>じゃあさっきの間はなんだったんだよ
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「えっと……じゃあ。試合で会えたらよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします」
非常にテンションが下がる邂逅を終え、微妙な雰囲気のまま——それでも、【サバイバル杯】は始まった。




