第138話 神話系親和性
「——では、これにて『神話生物殺戮会』のセッションを終了します。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました♥」
「おつかれさまー!」
「おつかれさまでした!」
総計8時間を超える長い戦いを終え、ボクたちはこたつに潜ってだらりと横になり、一休みを始めた。
「果たしてこれで本当に修行になるんですの……?ただ遊んでいただけですわよ。わたくしたち」
今回の企画の大本となる理論に今更ながら疑問を呈する猫姫さん。仰向けになって天井をぼんやりと眺めていたら我に返ってしまったらしい。
「猫姫さん、【フォッダー】は正気でプレイしていたら負けます。今回のTRPGのノリで戦っていく、それが勝利の秘訣です!」
根拠のないことを堂々と絶対的な事実であるかのように断言するボク。そしてそれを真に受けた猫姫さん。
「なるほど、そうなんですのね!では、【フォッダー】でもこれからはノコギリを武器に戦わなくては!!」
そう言って、こたつからむくりと起き上がり、手を突き出し――超高速で振動させる練習を始めた。かわいい。
「じゃああたしは相手にかぷっと噛みつく練習するね!卍さん、噛んでもいいー?」
「ダメです」
「私はめりぃさんの魂を食べる練習をしますねっ」
「きゃー、食べられるー!?」
「ふふっ、セッションは大成功ですね。あとは本戦に備えるだけですわ。もちろん皆様も参加なされるのですよね♥」
「当然ですの!わたくしの最強【黄金の才】、その力をとくとご覧に入れますわよ!」
「私は残念ながらダンジョン制作のお仕事があるので……。ベッドも呪いも禁止だとすぐに負けちゃいそうですし……」
「灑智ちゃんだめだよそんなんじゃー!卍さんに勝って優勝してやる!くらいの気持ちでいこうー!」
そうか。ボクが絶対に優勝しなくてはー、なんて勝手に使命感を抱いていましたけれど、当たり前ですけど他にもプレイヤーさんがいるんですよね。
ボクと同じように、それぞれ独自のルートで対策を練っているでしょうし、普通に誰かが倒してしまうかもしれませんね。
まあ、それはボクが修行をやめる理由にはならないのですけど。他の誰かがAWP-002さんを倒すなら、その人をボクがはっ倒してやります!そして優勝ですよ!
休憩が終わり、みなさんはそれぞれ【エデンブレイクTRPG】から離脱していく。そのまま【フォッダー】に戻って特訓を始めるのだと言っていた。灑智も【サバイバル杯】に出場することに決めたらしく、今から頑張って練習するらしい。
残ったのは明日香さんとボクだけ。これからボクたちは2人だけでさらなる特訓を始める。配信もすでに切っておいた。情報を秘匿したいというわけではない。これからの特訓は、視聴者さんの精神への負担が大きすぎるのだ。
「さて、最後の修行を始めましょうか。明日香さん、触手を出してもらえますか?」
「わかりました♥」
いつもと変わらない明日香さんのやけに官能的な声とともに現れたのは3本の触手。人間から触手が現れるというのは通常ではありえない現象である以上、この全身を襲う得体の知れない恐怖の理由としてはわからなくもない。
けれどゲームでは触手を持った人型モンスターなんてそこまで珍しくもないし、そのときは何も恐怖なんて覚えることはなかった。やっぱり明日香さんの触手自体にそういったオカルト寄りの威圧感のようなものを与える効果があるのだろうか。
まあそんな考察は今回の修行には関係がない。今回のテーマは精神的な攻撃に対する慣れと理解。
明日香さんの触手はなんやかんやで幾度となく見ていてそろそろ慣れてきたかな、という感じはするけれど、それでもまだ足りない。
先ほどはTRPGをプレイし、役柄に忠実になりきることによって〈感情反映〉のコントロールの練習をした。まだ試していないけど成果はきっと出ているはずだ。けれど、それがどのような状況下であってもロスなしに反映できるようでなければ意味がない。
そういった意味では死を覚悟するような恐怖感を与えてくれる明日香さんは素晴らしい。これに耐えられるような人であればどんな状況下でも気分を最高に盛り上げていける!
「明日香さんの触手って、なんだかえっちじゃないですか?」
「ロールプレイを引きずってますよ♥」
明日香さんの触手がえっちかどうかはともかくとして、これだけ長いこと眺めていたり絡め取られたりしてるとなんだか親近感が湧いてくる。
襲いかかる恐怖感も、一周回って清涼剤みたいだ。必死に威嚇している小さな小動物みたいで、きゅーとだよね。かわいい。
うねうねと動いている明日香さんの触手に指先を当ててみると、ぷにっという感触で、少し凹んだ。攻撃として扱うには微妙そうな感触ですね。【モンク】の攻撃スキル用の腕としては使えるのでしょうか?
そもそもこの触手はどうやって出現しているんでしょう。《『心眼』》みたいな霊感能力がないと見えないんですよね? なのに物質に干渉している。〈魔導〉の一種なのかな? でも明日香さんはこれを植え付けられたって言ってたっけ。
少なくとも物理的な触手でないことは確実だ。普段はこんな触手が出てくることもないし、明日香さんの身体には収納できる物理的な空間もない。
「この触手って、どういう原理で発生してるんですか?」
「これは正確には触手ではなく、エネルギーの塊なんです♥ 自分の中に無理やり押し込まれた異物みたいなイメージですかね♥」
「まあ触手が見えなくても常に出しっぱなしだと周囲に得体の知れない恐怖感をばらまくことになりますからね。しかし——自分の意志で触手になってるわけでもないんですよね。」
「エネルギーを取り出すと勝手にこの形になるようです♥」
「なるほど、そういう形になるようにその『異形』さんとやらが指定してるんですかね? だけど普段はただの不思議なエネルギーでしかない、と」
触手と戯れた後は再び明日香さんとTRPGのセッションを楽しむ。
ボクの大好きな『ソードワールド』や、あるいはこのVRMMOの題材である【エデンブレイクTRPG】など。複数人でプレイするのが多くのTRPGの醍醐味だけど、たまにはこういうのも悪くない。
気がつくとすでにかなりの時間が経過していてもう完全に夜になっている。やばい! 明日の準備があるのにすっかり忘れてた!
「今日はありがとうございました、明日香さん。助かりました!」
「いえいえ♥ 今度はまたみんなで遊びましょうね♥」
明日香さんにお礼を言って、【エデンブレイクTRPG】からログアウトした。
もう他にやるべきことはない。灑智と軽く雑談をしてからお布団に入って眠りについた。明日は勝てるといいですね。いや、絶対に勝ちますよ……すやすや。
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