第134話 0と1の世界
ユーキさんと寿美礼さんを取り囲む人たちは口々に罵倒の言葉を口にしていた。
それはそうかもしれない。ユーキさんは【フォッダー】のゲーム性を憂いていたようだけど、かといって何か行動を起こしたかといえばボイコットと抜け道の放置だけ。
その抜け道は基本的にはゲーム界の上級国民である課金者もAIも使えるのだからまるで意味がない。
ゲーマーのボクとしてはまだまだこの逆境を乗り越えるべく試行錯誤をしてみたい気持ちもあるけれど、彼らの気持ちも大いに理解できる。
それにしても一体どんな悪口を言われているのか。放送禁止用語とか使われてるとちょっと困りますよ、と思いながら少し耳を傾けてみると……。
「【フォッダー】とかどうでもいいから他のゲームのアップデートしろやボケ!」
「詫び石はよ!」
「ブレファン3はどうしたコラ!」
「サインください」
「いえーい卍さん見てるー?」
「テレポートで壁にめり込むバグ修正してくだちい;」
「うん、今回の件は関係ないですね。まあ他のゲームでもプロデューサー兼ディレクター兼設計その他いろいろを担当していると聞きますし、そっちでも【フォッダー】の余波があったのでしょう」
とりあえず人混みをかき分けてユーキさんのもとへ向かい、声をかけてみる。
「こんにちは!ユーキさん、寿美礼さん。お話を伺いに来たのですが……」
「あら、ようやく来たのね。こんな公共施設に呼び出したのを後悔する状況だったわ」
「はーいみなさん!後でお話は聞きますから、ちょっと待ってくださーい!」
ユーキさんの鶴の一声で退散していく群衆たち。さすがVR業界のアイドルプログラマーですね。
「さて、卍荒罹崇卍さん。そろそろ【フォッダー】の実態は理解していただけましたか?」
「そうですね。【黄金の才】の保持者をAIの方々が叩き潰すゲームってことで、いいんですかね?」
「現時点ではそういうことになります。一般の参加者にとっては2段階で叩き潰されることになりますね」
『現時点では』という非常に含みのある言葉が気になるが、やっぱりそうなんですね。ともすればゲームというジャンル自体を茶番に変えてしまいかねない抗議活動。AIと人間の対立関係は置いておくにしても、業界自体にダメージがあることはまず間違いない。
「ただ、このゲームがAIの方々が好き放題暴れるゲームだとして、ユーキさんがやってたボイコットって意味はあったんですか?人間同士ならまだしも、ハイスペックのAIなら全部活用してくるに決まってるじゃないですか」
課金者への対抗ということであれば対戦者同士の技術力差やその他の事情が絡み、時に無課金が勝利することもあるかもしれない。けれどAIというのは【モーションアシスト】が生きているかのような存在だ。いくら小手先のテクニックが増えたところで最適解を打ち続けるAIの手札が増えただけのような気がするけれど——。
「それなんですけどね?AIと言えども最善手が打てるわけじゃないんですよ」
「どういうことなんですか?」
「いくつもの可能性を考慮して多くの状況に対応できる安定択を取ることはできます。相手のスキルや能力がわかっていれば可能性を絞ることができますし、さらに予測の精度を高めることができます。でも、私たちは『ラプラスの悪魔』じゃない」
『ラプラスの悪魔』。簡単に言えばある地点におけるこの世のすべての情報を観測することができれば、その後のすべての未来を見通すことができるという仮説だ。
神がサイコロを振らないのであればそうなるよね、という思考実験なのだが、実際にはこの世のすべてを観測することなんてできるわけがない。
すべてを観測することなんてできない、そんな当たり前のツッコミはAIにとってもそのまま通用するのだろう。
「最善手を演算するための情報を観測できないのであれば最善手を打ちようがない、ということですね」
「そして——打たれる可能性のある手筋が増えれば増えるほど、私たちとしては最善手を導き出すことが難しくなる。対戦相手である人間の視点から見てもそれは同じですけど、総合的に見ればAIの方が重荷を背負うことになる」
人間の立場から考えればAIとの戦いにおける安定択なんて端から計算しようがない。それならば相手の手筋が増えたことなんて関係なしにやりたいことを押しつけていけばいいだけだ。
実際にはそんな机上論の通りにうまくいくとは限らないけれど、考え方は理解できる。【ダブル杯】のときにもゆうたさんと話していましたね。
「管理者という立場であればVRという限定的な箱庭の中で『ラプラスの悪魔』を演じることはできますけどね。まあ、私のスパゲッティコードを解析できればの話ですけど?」
ドヤ顔でえへんと自身のダメっぷりを誇るユーキさん。まあ、これも理屈としてはわかる話だ。
全世界の情報を解析することができなくても、特定の箱庭における情報を解析することはできるからね。ワールドシミュレーターなどと揶揄されるVRでは当たり前の話か。
けれど、参加者の権限でそんなところを覗くことはできないし、ユーキさんがボイコットをしているから管理者が派手に演算をすることもできないということだ。そこはちょっと安心。
「それでも安定択を取り続けることはできるんですよね。他になにかAIさんたち特有のなにかってありますか?」
「なにかありましたっけ?」
「あるわよ!とぼけてるんじゃないわよ。例えば——そう、世界を0と1で観測できることね」
「0と1で観測する……なんかAIっぽいですね!!でも、それって何か意味があるんですか?」
「ものすごーく小さい音が鳴ったとき、理論上は自分に聞こえる音だったとしても、聞き逃してしまうことがあるでしょう?」
「ありそうですね。意識を向けていなかったら気づかないかもしれません」
「そうね。でも、AIは違う。大雑把にいうならその音を『1』という明確な数値として観測することができる。音だけじゃないわ。風の流れのわずかな変化でもプレイヤーの存在を感知できるし、周囲のアイテム配置なんかも一目瞭然よ」
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>チートかな?
>生まれながらの基礎能力だぞ
>血統チートやめろ
>血統 (オイル)
>オイルに遺伝子情報詰まってるとか最近のAI進んでんな
>そもそもAIにオイルが詰まってるとかどんな発想やねん
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「最悪ですね。さっきは観測できない、なーんて言ってましたけど、明らかに膨大な判断材料を得ることができるってことじゃないですか」
「えっ、私ってそんなことできるんですか?知らなかった。」
「なんで知らないの?」
今初めて知った!と言わんばかりに寿美礼さんに聞き返すユーキさん。寿美礼さんはそんな彼女を軽くスルーして話を続けた。
「0と1のデータを曖昧な感覚に変換できるからこそAIは意志を持てるのよ?私も必要に駆られなければそんなことはしないわ——でも、あいつらならやる。むしろ、そんな狂った世界を常に観測し続けているのでしょうね」
同じ種族であるにもかかわらず文字通り異なった視点で世界を観測している、ということか。そりゃ価値観も違って当然ですよね。
「AIの性質については参考になりました!ありがとうございます!……もう一つ聞いてもいいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「——【フォッダー】というゲームについて、ユーキさんはどう思っているんですか?」
以前、ユーキさんには【フォッダー】のことをどう思うかと問われていたことを思い出す。その時、ボクはこのゲームに対して『楽しい』と回答した。
高いハードルを越えようと試行錯誤をするのが面白いとか、そんな感じのことをいった気がするのだけど、逆にユーキさんはこのゲームのことをどう思っているのだろう。
ボイコットをするくらいだからあまりよい感情を抱いていないのはわかる。けれど全面的にシステムの構築を任されたプログラマーであれば、こんな搦手のようなことをしなくてもゲームを終わらせることすら不可能ではないはずだ。
社会における立場や他のAIとのしがらみといった事情もあるし、1人の開発者にすべてを押しつけることはできないのもわかる。けれどさまざまな選択肢が存在する中で、なぜユーキさんはその選択肢を選んだのか。
「卍荒罹崇卍さんと同じです。越えてほしいと思っています」
「——越える」
「今の世の中はAIが本気を出したら炎上してしまう……。つまり、人間に下駄を履かせてAIがしゃがみ込むような歪な関係で成り立っています。建前の上での『人権』という概念があったとしても、これでは遠からず破綻してしまうのは間違いないでしょう——」
「だから、越えてください。対等な存在として共に生きていきたい。それが——私の願いです」
ボクの逆境を乗り越えたいというゲーマーとしての意地。そして、開発者たるユーキさんの願い。図らずともその2つの想いは完全に一致していた。
「——わかりました。ならば越えましょう。視聴者さんの無茶振りには全力で応えるのがボク!『小数点のその果て』へ、ユーキさんをお届けいたします!」
勝てる根拠なんてどこにもない。相手は人類の上位互換だ。でも勝てる。根拠がなくてもボクには視聴者が付いている!ならばボクが負ける道理がない。当然ですよね?
「サポートお願いします、みなさん!情報漏えいなんて知ったこっちゃないです!対AWP-002戦の対策会議を始めましょう!」
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>そう言えば今まで誰もやってなかったけどさ、ホームタクティクスってもっと身も蓋もない使い方できるよな
>お徳用ポーションの毒薬を100倍にしてトラップにしようぜwwwwwww
>卍さんサイキックとアイテムマスターにこだわるのやめたら?向こうでクラスチェンジすりゃいいじゃん
>まさかの女神像自作
>チ ー ミ ン グ
>↑おいバカやめろ
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「なるほどなるほどー!参考になります!チーミングですかー、チーミングねー」
まあチーミングで勝ってもさすがに人類が勝利したとはとても言えないのでパスですけど、なんか参考にしてる感を出してブラフを張ってみる。その程度は簡単に読めるのがAIという存在なのかもしれませんけどね。
コメント欄でもらったアドバイスを参考に、ボクは再び【フォッダー】にログインし、今回のメイン以外の複数職業のレベル上げに勤しむ。
また、現地で調査をしたところ、南にある鉱石素材を用いれば現地で職業チェンジできることがわかった。必ずしも利用するとは限らないけれど、南に近い場所が初期配置だった場合は狙っていく予定だ。
そしていくつかの検証を挟みながらも、その日はただひたすらにレベル上げを繰り返し、1日が終わった。そんな地味すぎる回の割には視聴者がいつもより多かった。
重たい期待がのしかかっている気がします。それでもどーんと持ち上げて、投げ飛ばしてやりますからね!
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