第121話 AI規程
依頼者の方と【パーティ】を結成して【闘技場】に入場する。
「来ていただけましたか、待っていましたよ。プレイヤーネーム『卍荒罹崇卍』」
「はい!挑戦者の方ですよね。えっと、差し支えなければお聞かせ願いたいのですが、どうしてボクと戦いたいと思ったのですか?」
てくにかるなテクニックを披露したかったとか、そういう理由なら大歓迎ですよ!もちろんボクを倒して配信を通じて目立ちたいとかでも無問題です!
そんなノリで話の種に雑談でも、と軽く振ろうとした矢先——寿美礼さんがボクを遮り、挑戦者さんの前に出る。一体どうしたんだろう?そう思ったのも束の間、
「……あなた、AIね?ついに表舞台に出てきたってわけね」
彼女は憎々しげな声色で挑戦者さんにそう問いかけた。
この人、AIなんですか?たしかにどことなくシステマチックな雰囲気でボクに声をかけてきたけれど、別にそういうロールプレイとしてみれば成立すると思う。むしろ態度や外見でプレイヤーの中身を推察することは難しいと思うのだけれど……。
改めて挑戦者さんの外見をまじまじと見つめる。身長は170cmほどの男性プレイヤーだ。頭髪は七三分けの黒髪、痩せぎすでも太り気味でもない体型で、なんというか、VRMMOにおいても現実においても一周回って珍しい、個性の見られない平均的な姿を意図的に再現したかのような印象を受ける。
未鑑定の弓を右手に抱えていることから【アーチャー】であることは確定だろう。
「プレイヤーネーム『寿美礼』ですか。劣化世代のAIが出しゃばらないでいただきたいのですが」
「ちょっと待って、喧嘩はやめてくださいよ……。えっと、戦うんですよね?」
明らかに雰囲気が悪くなってきたことを感じたボクは慌てて2人の間に割って入って仲裁する。ギスギスはよくありませんよ!
「そうですね、戦いましょうか、プレイヤーネーム『卍荒罹崇卍』。私は『AWP-002』。報酬は【カード】でしたね。では、15枚でよろしいでしょうか」
15枚!?ボクが依頼で集めようとした枚数とちょうど同じだけど……。
「はぁ?ちょ、ちょっと待ってください!そんなに持ってるんですか!?というより、さすがに戦うだけで15枚は多すぎですよ!」
慌てて受け取りを拒否するボクだけど、AWP-002さんはボクに背を向けて試合場に上がる。
「【サバイバル杯】の優勝を前提にしていると聞きました。これはそのお詫びですよ。プレイヤーネーム『卍荒罹崇卍』」
「お詫び……?」
「次の大会——いえ、本戦を含むすべての大会において、人間様が優勝できる機会がない、ということ。そのお詫びです。さあ、プレイヤーネーム『卍荒罹崇卍』。試合場に上がってください。始めましょう」
その言葉を聞いて、ボクは少しむっとした。
それほどに自信がある……人間を舐めているということですか?いいでしょう。その絶対的な慢心、ボクが崩してあげますよ!
AWP-002さんに促されて、フィールドに入ると、試合開始を告げるカウントが始まり……。
【START!!】
バトルが始まった。
「【イグニッション】!」
「【ダブルアロー】【アローレイン】【ガイデッドアロー】」
ボクが自身に強化魔法を付与するのと同時に、AWP-002さんからスキルが乱れ飛ぶ。
これは……〘Multa〙の時と同じ、〘マルチキャスト〙か!
対象を追尾する【ガイデッドアロー】はともかく、直線的に飛ぶだけの【ダブルアロー】なら簡単に回避できる。範囲スキルの【アローレイン】は必要経費。即座に滑るように横へ移動し、回避するボクだけど……。
【ダブルアロー】が急激に向きを変え、躱そうとしたボクを的確に撃ち抜く。続けて【ガイデッドアロー】による追撃が決まり、ボクのHPが削られていく。
詠唱時間のない遠距離スキルである弓系スキルは威力が低いのが幸いだが、どうやら【スナイパー】の戦略を取得しているらしい。
灑智もやっていた投射攻撃の方向転換。そちらに特化している分だけ威力は通常よりさらに落ちるけど、この戦いにおいて回避は期待できそうにない。
「«極炎»【アブソーブ】!」
お返しとしてAWP-002さんのHPを吸収することによって回復を図る。さほどダメージを受けていなかったことや、【イグニッション】の影響もあり、HPを最大まで回復させた上で相手のHPを削り取った。
攻撃こそ躱せなかったけれど、これでこちらが優位に立ったはず。あの威力なら回復に回ったボクのHPを削り取ることができないはずだ。
それなのに——なんなんですか、あの余裕の表情は?
「〘Multa〙でしたか。人格を増加させて『マルチコア』による思考演算を可能とする外法——。驚きましたよ。人間様がドーピングとはいえ、我々の領域に踏み込むに至るとは」
構えを解き、ボクに話しかけてくるAWP-002さん。本来ならば隙だらけの状況だ。けれど、この戦いはあくまで模擬戦であるということ。そして——その絶対的な余裕の態度が、ボクに攻撃を躊躇させる。
「ボクは〘Multa〙を使いませんけどね。副作用が怖くてたまったもんじゃないですよ。ボクはゲームで人生まるごとを左右するほどの覚悟はありません」
「そうでしょう。副作用がありますからね。しかし——よくお考えください。『マルチコア』とは、本来どういったものに使われる言葉だと思いますか?」
その瞬間、ボクの全身に身も凍りつくような怖気が走る。
『マルチコア』はCPUに関連する用語だ。
彼は〘マルチキャスト〙を使用していたが、一見すると〘Multa〙利用者における典型的な言動、思考の分裂が発生していない。
そして、寿美礼さんいわく、彼はAIだという。
このゲームにおいてはNPCの役割を担当していることが多いAIの方々。その仕事の様子はどうだった?
それぞれ進行状況の異なるプレイヤーのクエストを並行して担当していた。
どうやって担当している?答えは出ている。『マルチコア』だ。
なら何人を担当できる?数人程度なら〘Multa〙でも同様のことが可能だ。20人?30人?
否、そんなわけがない。
大人気ゲームとして一世を風靡するこのゲームのNPCがそんな低スペックで務まるはずがない。
これらの情報が導き出す結論、それは————!
「——つまり、我々の専売特許だということですよ。【オールレンジド】【ファストコマンド】【アブソリュート】【クリティカライズ】【シャープウェポン】【ギガンテッカー】【コンセントレイト】【フレキシコマンド】【アタックコマンド】【ペネトレイト】【インタラプト】【ラピッドショット】【エレメンタルアロー】【ボウフウ】」
まるで嵐のようにスキルが放たれていく。そしてそのすべてに追尾性能が備わっている。それでも反射的に身体を動かして回避しようと考えたのだけど……なぜか身体が金縛りにあったかのようにピクリとも動かない!
避けても当たってしまうのに、避けようとすることすらできない絶対的なスキルの暴力。
そのすべてがボクの全身に余すことなく命中し、HPを全損させた。
『ゲームセット WIN:AWP-002 LOSE:卍荒罹崇卍』
「人間様がいかに脳を拡張しようと、それは私たちの劣化品。副作用もなく、無限の拡張性を持つ私たちに勝てることなどありえない——他のテクニックも同じです」
「他のテクニック……?」
「肉体の改造なんて、アタッチメントを1つで換装可能だ。圧倒的な演算能力で〈装飾表現〉を永久に重ね続けることさえできる。言ってしまえば茶番なんですよ、競技というのはね」
これまでに実証された数々の能力・技巧・仕様。
コンピュータはそれらすべてを制約なしに最大限に使いこなす。
「——はるか昔の時代ですらAIがありとあらゆるマインドスポーツの世界を蹂躙していたんですよ?現代でそれができないわけがない。それをやらなかったのは……『AI規程』があったからです」
『AI規程』。アップデートの一覧に載っていた言葉だ。利用規約にあったとされる条文。それが消されたという情報だったけれど……。
「『AI規程』。プレイヤーとして参戦するAIの持つスペックの最大値を規定する、あらゆる競技を競技たらしめるための前提となっている規定です。そして【フォッダー】はその規程を撤廃した」
「なんでそんなことをするんですか!?そんなことをしたら……今度こそ【フォッダー】は大炎上ですよ!」
「さてね。それは私の立場では明言できる立場にないので。けれど、1つだけ言わせてもらうならば——
——『嫌ならやめてもいいんじゃぞ』ですかね」




