第115話 時神の加護
これまで無課金プレイヤーが【加護】を獲得できたのは仕様の隙を突くことができたからだ。
本来なら実現不可能な現象のはずだ。これまではうまく達成できていたとしても、この【祠】においては隙が見つからず、徒労に終わる可能性がある。
だとしても、報酬を先に受け取ってしまったからには全力全開で取り組ませていただきますよ!
「では、腕を切断してそれを持った他のプレイヤーに代わりに押してもらうというのはどうでしょうか?」
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>そんなもん配信すんな
>やべえよやべえよ
>狂ってやがる……遅すぎたんだ
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【加護】を獲得するためなら倫理観なんて捨てますよ!しかし残念ながら腕は2本しかない。足でスイッチが反応するなら本気で実行しようと思ったのだけど、押してもまったく動作しなかったのでやるだけ無駄だと判断した。
「うーん、同時って本当に完全に同時なんですかね?【ホームリターン】を駆使すればほとんど同時に近いスピードで押し切ることは可能なんですけど」
「それはすでに試したが無理だったな」
なるほど、そんなすぐに思いつく発想で達成できるなら、ゆうたさんがとっくに突破しているか。
あとはボタンの位置をずらす、といった案も思いついたけど……。
「«極炎»【ソウルフレア】!……まあ、当然のように『不壊』ですよね。腐っても特殊な初期配置エリアですし」
うーん。今までにないくらい完璧な防衛が成されていますね。本来なら今までもこのくらい完璧に穴を塞いでおくべきだと思うのですが。
「〈改造行為〉で長い腕を4本増設したらいけると思うんですけど……ゆうたさん、やります?」
腕を擬似的にロケットパンチとして発射できるのだからそれくらいは可能なはずだけど……。
「……いや、さすがに遠慮しておこう」
一応聞いてみたが、やっぱり拒否された。当たり前だよね。もうちょっとコンパクトな改造だったらしてもいいかなーって思わなくもないけど、腕を増設するなんて費用もかかるし、日常生活も大変だ。
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>ちょっと手術してくるわ
>クロノスの加護とか絶対強いからな。腕の1本や2本、安いもんよ
>『腕の1本くらい安いもんよ』ってセリフのニュアンスが腕を購入するって意味なの初めて見たわ
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「待って!待って!頑張って扉を破りますから早まらないで!」
このままでは視聴者さんがやたらと長い腕が4本生えた化け物になってしまう。なんとしてでも【加護】を獲得しなければならない!
「かもん、ゴブ蔵!」
「ゴブー!」
ボクは【吸血悪鬼の機関銃】によってゴブ蔵を召喚し、そして命ずる。
「ゆうたさんと戦闘訓練をしてください!」
「ゴブ!」
「よし、相手になろう」
というわけで脈絡もなく始まった戦闘訓練回。【闘技場】を利用しない唐突なバトルの幕開け。ゆうたさんじゃなかったらPK認定されているところである。
装備を未鑑定装備に瞬時に切り替えて仁王立ちするゆうたさんを前に、ゴブ蔵は悠長に付与をかけ始めた。相手が待ってくれていると判断してのことだろう。なかなかにしたたかな奴です。
そして覚えているあらゆる付与を掛け終えたゴブ蔵は、続いてボクの【パーティストレージ】から【マスカットトースト】を取り出して食べ始める。これは猫姫さんに作ってもらったINTの向上する強力なパン。そこにさりげなく獲得させておいた【豊神の加護】が乗り、大幅なステータス増強が得られる!
そこからさらに40秒もの詠唱を挟み【深淵たる叡智】で闇属性に変換した【グランドグラビトン】を発動させる。これ程までに完璧な準備を整えることなんて実戦では不可能だけど——さすがのゆうたさんもこの一撃で終わりでは?
ゴブ蔵はありとあらゆる準備を終えてゆうたさんに駆け寄っていく。彼の右手にあるのは極大詠唱・超高火力の土属性(闇属性)魔法。あの【空飛ぶスパゲッティモンスター】すら瞬殺した究極の一撃!
そしてゴブ蔵がゆうたさんに触れたその瞬間、その圧倒的な暴威が解き放たれ……!
ゆうたさんの鎧に跳ね返されて死亡した。
「知ってた」
死亡したゴブ蔵は即座に骨になって復活し、ボクのところに駆け寄ってくる。ボクはゴブ蔵を再召喚し、ゆうたさんへ特攻させる。骨ゴブ蔵はボクと一緒に見学だ。
先程の戦いを学習したゴブ蔵は、あえてスキルを闇属性に変換させずに【ダイダルウェイブ】を発動させようとするが……ダメージを与える前に待ってくれるほど甘くはない。詠唱中にずんばらりんと切り捨てられてゾンビゴブ蔵になる。
とてとてと戻ってくるゾンビゴブ蔵を待ってから新たなゴブ蔵を召喚する。
3人目のゴブ蔵は、そもそも詠唱が必要なスキル自体がゆうたさんとの戦いにおいては隙になってしまうと判断したようだ。銃を撃ちながら距離を取るが……。
「【猪突侵】」
ゆうたさんの【猪突侵】による急激な接近には対処しきれずに戦闘不能となり、骨ゴブ蔵に変化した。
「さて、と」
再び手元に戻ってきた銃からゴブ蔵を呼び出す。これで4人が揃った。
「同じ人が4つのボタンを同時に押さなければならないんでしたよね?」
4人になったゴブ蔵が四方に散らばり、各々の場所にあるボタンを押す。すると、あっけなく扉が開いた。
その扉に超高速で突撃するボクとゆうたさん。まるでオートロックのマンションに突撃する訪問販売員のような俊敏かつ大胆な動き!
しかし別にそこまで急ぐ必要もなかったようで、後からとことことゴブ蔵達が入ってきた。その後にゆっくりと扉が閉まる。
「……まあ、本人が入れなかったら意味ないですからね」
扉の先には【祠】があり、例によって【加護】担当のおじいさんがいた。
「ほう、【時神】の【権能】を持つ者が同じ時代に6人も訪れるとはな——世界の終わりも近い、か」
などと意味深な発言をしながら【時神の加護】を与えてくれるおじいさん。
【時神の加護】
[パッシブ][パーミッション][ブレッシング]
効果:[自身]に[関連]する[スキル]の[時間]を[操作]できる。
「自身に関連する、ですか。おもしろい表現ですね?」
「自分が発動したスキルは当然自身が関連していると言える。が、それだけではなく相手にかけられた付与や異常の効果時間もやはり自身が関わっていると言えるだろうな」
効果の対象の幅があまりにも広すぎる。それだけじゃない。時間や操作という表現も同じように限りなくガバガバな条件設定だ。詠唱時間や再使用時間に効果時間。そのすべてを操作——つまり上にも下にも変更できるということになる。
まあ、このスキルが出回るようなら相手に関わる効果は相手の持つ【時神の加護】によってプラスマイナスゼロに相殺されてしまうという欠陥もあるのだけどね。
「さて、獲得手段は示しました!〈改造行為〉を考慮に入れている人は早まらないでくださいね!召喚系の効果を持ったアイテムがあれば同じ手順でもいけますので!」
いつもならここから扉開閉のお手伝いとして従事するところかもしれないが、残念ながら今のボクは【カード】を集めるという重大な任務がある。
【加護】が欲しい人には自力で頑張ってもらうことにして、ボクは【ギルドハウス】へと帰還した。
あれ?でも扉を開閉する代金として【カード】をいただけばよかったんじゃ……いやいや、そんな汚いことはしませんよ!




