第99話 予防接種
「毒薬を味方にぶつけるんですか?」
「そうだ。それですべてが解決する」
「わ、わかりました。みなさんごめんなさい!てや!」
漆黒の翼さんの謎の指示に従い、«五月雨突き»で大量の毒薬を無差別にばらまく。
効力の控えめな毒を選んだとはいえ、あからさまなフレンドリーファイアだ。ボクに対して文句の声が飛び交うが……スライムとの戦いを続けるうちにすぐに収束した。
「スライムの毒が効かなくなった……?」
毒薬を浴びたプレイヤーはスライムが放つ液体を受けても即座に溶けてしまうことがなくなったのだ。中にはそんなの関係なしに溶けてしまうプレイヤーもいたが、それでも明らかに毒の付与率が大幅に低下していることがうかがえる。
「そうか、【抗体】システム!」
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>そう言えば魔王との戦いに関する対策会議の時に名前が出てたな
>よく覚えてるな、卍さんガチ勢か?
>プレイヤーなら知ってて当たり前のシステムなんだけど、卍さんがどこで発言したかを覚えてるのは軽くヤバい
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【抗体】とは【フォッダー】におけるハメ技防止のシステムだ。簡単に言えば一度かかった妨害に対して一時的に耐性が生じ、二度目の付与率が大幅に低下するという仕組みだ。
本来ならば相手が同じ妨害を何度も擦り続けることを防ぐためのシステムだけど、味方から毒を受けて耐性を取得する手法もあるのか!
いうなれば〈予防接種〉と同じ。シンプルでありながらもかなり有効ですね。
このテクニックにより、スライムとの戦いはプレイヤー側が優勢に転じた。
相手の最大の武器である毒が致命打にならなくなった。柔らかい身体によって攻撃自体はほとんど吸収されてしまっているけれど、それでもノーダメージというわけではないのは明らかだ。
とはいえこの戦いにおいて一番の貢献をしたのは猫姫さんだろう。
【追撃のカノン】
[アクティブ][聴覚][詠唱中][支援][魔法][攻撃][演奏]
消費MP:6 詠唱時間:20s 再詠唱時間:30s
効果:
[詠唱中]:[ダメージ][発生時]、[追加][ダメージ]を[発生]させる。
[詠唱後]:[キャラクター]に[ダメージ]を[与える]。
猫姫さんが奏でる【追撃のカノン】は、あらゆるスキルによるダメージ判定に猫姫さんのステータス値を参照した追撃を加えるスキルだ。パーティ戦においてもなかなかに強力な効果だが、100人ものプレイヤーが1体のモンスターをタコ殴りにしているこの状況においては圧倒的なダメージソースとなる。
ただ演奏しているだけなのに最も多くのダメージを与える【バード】。受動スキルの性能に隠れてはいるけれど、やはり相当に優秀な職業ですね。
やがてスライムのHPはなくなり、粒子となって消えていく。
「今度こそ終わりですね!いやー50層、ちょろいですね」
などと軽口を叩いていると、間髪を入れずに七色の輝きを放つ新たな魔法陣が生み出される。何連戦させるつもりなんですかね?
でも、無敵の〈ゾンビアタック〉さえあれば絶対いつかは勝てますからね。何連戦になろうと楽勝ですよ?
おそらく他のみんなも同じ気持ちを抱いていることだろう。いつまでも無限に挑戦し続けられるならば、理論上は確実に勝てる。ある種の完全なるゲーム性崩壊の引き金だ。まあここは【フォッダー】とは別のゲームなのだから、【A−YS】の運営が動いてもおかしくない気がするのだけど。
——しかし、ボクたちは完全に舐めていた。
【A−YS】の運営が動かない理由。ボクは【フォッダー】の関連ゲームの系譜としてユーキさんあたりが同じように絡んでいるからだと思っていたのだけれど。
このような数々のシステムを駆使してようやく『適正』に戦えるようなゲームバランスだったなんて、考えるはずもないでしょう?
やがて、魔法陣から新たなモンスターが出現する。
一瞬だけ視界をよぎったのは極彩色の翼を生やし、右半身は白く左半身は黒い衣に身を包む天使のようなモンスター。
その天使が、悪魔のような邪悪な笑みを浮かべていたのが最期の光景だった。
「え?なんでダンジョンの外にいるんですか?」
気がつくと、ボクは死亡していた。一撃で殺されてしまうのは先ほども何度かあったことだけれど、今回は攻撃されたという認識がまったくない。
天使のようなモンスターが現れたということだけは記憶しているのだけど、まさか観測できないほどの超速度で攻撃でもしてきたというのか?
周りにも同じように死亡したプレイヤーが山のようにたむろしているけれど、とりあえずは戦場に戻らなければ。
そう考え【ホームリターン】で即座に帰還すると、やはりダンジョンの中央付近に邪悪な笑みを浮かべる天使の姿が見えた、と思った瞬間に再び死亡してダンジョンの外に放り出される。
「なにこれ???」
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>何が起こってるかぜんぜんわからなくて草
>笑ってるだけで自動的にプレイヤーを殺す天使
>最強すぎる……
>これホームが無かったA−YS勢はどうやって戦うことを想定されてるんだよ
>にこやかに微笑まれるたびに50層駆け登って再挑戦だぞ
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他のプレイヤーたちもダンジョンに突撃しては即座に死に戻り、行ったり来たりを高速で繰り返していて面白い。
しばらくはそのまま進展もなく往復していたのだけれど、検証の結果、1つの情報が明らかになった。
すごく簡単な話だ。
天使を視認すると死ぬ。
「つまり、ここからの戦いは心眼が求められるということです!みなさん、心眼を鍛えましょう!」
「なるほど、心眼か!この戦いを乗り越えて獲得してみせるぜ!」
などとボクの妄言を真に受けて目をつむって突撃しに行ったプレイヤーも現れたけど、さすがに心眼は無理じゃないですかね……。
かといってこのまま諦めるわけにもいかない。心眼は無理かもしれないですけど、【パスファインダー】の能力があれば目をつむっていてもうっすらとモンスターの位置を探知することができます。なんとか挑んでみましょう!
ボクはゆっくりとまぶたを閉じて、深呼吸をしてから再び戦場へと帰還する。
当然視界は真っ暗。何が起きてるのかはさっぱりわからない。けれど、なにか派手な衝撃音と【バード】による演奏が絶えず響き渡っている。おそらくこの状況においてもなんとか戦おうとしているプレイヤーがいるのだろう。
けれど、当てずっぽうで魔法を撃ち込んでも、天使は嘲笑うようにそれを回避しつつ音もなく接近し、手刀で愚かな攻撃に対する代償を支払わせていく。
ってあれ?なんでボクは天使が手刀で攻撃してきてることがわかるんですか?
もしかして、本当に心眼に目覚めてしまっていたり!?
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>すげええええええ 俺も心眼に目覚めてしまったかもしれない
>卍さんが目を瞑ってるのに戦いの光景が見えるぞ!!
>やはり俺が選ばれしものだったか……
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ああ。これ、〈ストリームアイ〉ですね。
テクニックその70 『予防接種』
一度受けた妨害に対しての耐性を獲得し、暫く同じ妨害に掛かりにくくなる【抗体】システム。延々と眠らされ続けたり麻痺らされ続けたり、そんな感じの戦いを防ぐ為の実装なのでしょうね。対ボス戦においても1度目であれば妨害が効く事が多いです。
それなら、本気の妨害を食らう前に弱めの妨害をわざと受けてお茶を濁せば良くありません?




