外法様 【報酬】
「お前、酒々井の者か?」
え?
思わずびっくりして石を落とすかと思った。なぜ、天狗が私の名前を?
「か、上梨、ストップ」
「キープ出来る?」
「少しは」
私は光る石を握り込んだ。この状態のまま少しはもつ。
「何で名前知ってるの?」
「やはり、酒々井か。その石には見覚えがある」
「え?そうなの?」
「以前、そいつをくらったことがあるぞ。まあ倒されるはずもないが、ちとよろしくない」
天狗が手を腰に当てて困った顔をしている。なんだかおどけた風情だ。
「それに光り方が以前とは比べ物にならない」
私の握った手を指さす天狗。
でしょうね。何しろ私には上梨がついてるから。
「だったら、少し話を聞く気になった?」
あまり長い時間握っていると、力は逃げて行き、そして今日はもうこの石は使えなくなってしまう。
「あの娘には子種でも宿そうかと思ったんだがなあ。器量もいいし」
「そう言うことダメだってば」
「ふむ、しかしその男が差し出したのは事実。ならば交換と行こう」
「交換?」
肝心の彼はぼけーっとこちらを眺めているだけだ。しっかりしてよもう。
「そうだな。その男の命をもらおう」
そんなこと、と言おうとする間もなく、突然の暴風に包まれ思わず目をつむってしまった。上梨がしっかり支えてくれているのが嬉しい。
「あれ?」
それまで彼がぼーっと座っていたところには部屋着姿の妹さんが座っていた。
「これでよかろう」
「か」
言葉を返しかけた私の腕を上梨がぎゅっと掴んだ。上梨を見ると、上梨が加茂さんを示していた。加茂さんを見ると小さく首を振った。これが落としどころだと言いたいのだろう。
「でも、上梨」
「天狗の気まぐれが、どっちに転ぶか分からないんだ」
言われてみればその通りだ。私の「破魔」の石も威力は増しているが、天狗を追い払えるとは限らないのだ。
「さて、最後はあいつの分だ」
天狗はお堂の正面で妹さんに上着を掛けている豪君を指さした。
「報いろ」
しまった。「破魔」の石がもう使えない段階になってしまった。
「あのー」
上梨が天狗に向かって手を挙げた。
「何だ?」
「その報酬って、彼からじゃなくてもいいですか?」
「別に誰からでも構わぬ」
「その、俺達からでもいいってことですよね?」
か、上梨?何を言い出すの?
「じゃあ、ちょっと待っててください」
上梨が私の手を引いてお堂に戻っていく。何よ、何よ。
「ちょっと上梨」
「つゆり、あれだよ」
「あれ?」
「宿でもらった、あれ」
「え?ああ、あれか」
思い至った。煙草の葉だ。
私はバッグからその袋を取り出した。勇んでお堂から出る。
「これはいかが?」
「ん?その匂いは?煙草の葉か?」
「そう、これは報酬になる?」
「なる。なるとも。それを寄越せ」
すごい勢いで歩いて来る天狗に驚いて、思わず煙草の袋を上梨に押し付けた。上梨は落ち着いてそれを天狗に差し出した。
天狗はすごいわくわくした顔で袋を開いて中の匂いを嗅いだ。そして満面の笑みになる。黒ずんた顔に白い歯が眩しい。いや、白くも無い。その歯は煙草のヤニで黄ばんでいた。
「お前たちも、もう去れ」
どんっと音がして天狗が目の前から一瞬で消えた。
そして静寂。
それを破ったのは、妹さんの言葉だった。
「あのー」




