外法様 【夜明け】
「おーい」
お堂の外から呼ぶ声が聞こえた。誰だ?
「どこにいるんだー?迎えに来たぞー」
迎え?タクシーの運転手さん?
「聞き覚えありますか?」
「うーん、タクシーの運転手の声と言われればそうかもしれないが」
こっちの感触も加茂さんと大差ない。
「お、ここか?中にいるんかー?」
お堂の近くから声が聞こえる。
「答えますか?」
「いや、様子がおかしい」
確かにそうだ。こんな夜中にタクシーの運転手が我々を探しに村に入ってくるはずがない。村の入り口で引き返したくらいなのに。
「おーい、いないのかー?」
呼ぶ声が、お堂の脇に動いて行く。
「今なら乗せて行くぞ。いいのかー?」
お堂をぐるっと回るつもりらしい。
「いるならいると返事くらいしろー」
お堂の後ろから声が聞こえて来る。
「おーい」
上梨とつないだ手が汗で濡れているのはどっちの汗だろうか。
「おーい」
「ちょっと、豪君」
どうも豪君が動こうとしたようだ。加茂さんの諫める声が小さく響いた。
「お、いるんじゃねえか。出てきなー。今なら乗せてやるー」
「そっちから入って来なさい」
加茂さんがとうとう答えた。むぐむぐ聞こえるのは、豪君の口でも押さえているのだろう。
「いやいや、いいから出てきなー」
「そっちから入って来なさい」
「出て来いっ」
大音声でお堂が揺れた。
「か、上梨っ」
「っとお」
しんと静寂が戻った。
「あんなことをするんですね」
「山ではああいうことはよくあると伝え聞いているだけさ。まあ、今のはちょっとおかしすぎるだろ?」
「ええ、違和感すごかったですから」
どーん
また天狗倒しだ。気が滅入る。これが狙いなのかもしれない。
どーん
徐々に近づいて来るのも心理的にとても圧迫される。
どーん
どーん
どんっ
また屋根に乗った。
「報いろ」
また天狗の声が響いた。
「報いろ」
ぐらぐらとお堂が揺れる。
「報いろ」
揺れが激しさを増す。まるで大地震だ。ぎしぎしぴしぴしとお堂が悲鳴を上げる。
「報いろお」
ぐらぐらとした揺れが続く。私は必死に上梨にしがみついた。上梨がぎゅっとしてくなければ悲鳴を上げていたかもしれない。霊とか平気でも、こういう物理的な現象には強くないのだ。グラグラ揺れるとか本当にもう勘弁してほしい。
ふっと唐突に揺れが収まった。ものすごく長い時間揺れていた気がする。
上梨がふうーっと息を吐くのが分かった。上梨だって平気なわけが無いのだ。上梨だって普通に怖いに違いないのだ。それなのにぎゅっと私を庇うように抱きしめ続けてくれたことが嬉しかった。顔が見えていたら泣いちゃったかも。
上梨の顔が、ゆっくりとこっちを向いた。
え?
上梨の顔が?
見えてる?
顔を巡らせると、お堂の障子の向こうがほんのりと月明かりではない明るさに変わってきていた。
「あ、夜明け?」
思わず言った。
「ははははははは。やったぞ。これで三日だ。ははははははは。ざ、ざまあみろ。俺は耐えてやったぞ。ははははははははひひひひひ」
ゆらりと彼が立ち上がるのが見えた。
「待て」
加茂さんが何かを確かめようとしている。
「るせえっ。俺の勝ちだっ。俺は三日間耐えたんだっ」
彼が小走りにお堂の正面の障子に向かう。
「豪君、止めて」
「え?え、うわあ」
どんっと豪君が彼に突き飛ばされて転がった。
「待ちなさいっ」
加茂さんが何を確かめようとしてるのか分かった。腕時計を障子から差し込む光で照らして見ようとしていたのだ。
「俺は、勝ったんだああ」
加茂さんが険しい顔で叫んだ。
「まだ夜明けじゃないっ」
がらりと障子が彼の手で開かれた。
「ほえ?」
障子を開いた彼の前に広がるのは、月明かりに照らされた山林だった。
古来より、昔話や怪談によくある展開ですが、リスペクトアンドオマージュ的に。だってこのパターン怖いですもの。私が怖く書けているかは別にして。




