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外法様 【聞こえる】




 どーん


 天狗倒しの音が響いで、全員が耳を澄ませた。どれくらいの距離なのか。近づいて来るのか。


 どーん


「来るね」

「もう近いです」


 どーん


 どーん


 どーん


 どーん


 お堂が揺れる。


 どーん


 お堂がさらに揺れた。ぎしっと建物が鳴り、埃が落ちて来る。


 どんっ


 お堂の屋根が鳴った。明らかに何かが乗った音。もちろん乗ったのは天狗だろう。


「上梨」

「つゆり」


 暗闇の中でつゆりの手を握った。つゆりは待ってましたとばかりに握り返して来る。


「このお堂の力なら、まだ持ちこたえると思うんですがね」


 加茂さんの声に少し緊張感がある。確信はもてない。そう言うことなのだろう。


「報いろ」


 はっきりと野太い男性の声がお堂の中にまで聞こえて来た。これが天狗の声か。


「誰に言ってるんですかね?」


 思わず加茂さんに聞いてしまった。分かるはずも無いのに。


「さてね。たぶん期限間近の彼だと思うけどねえ。ひょっとしたら全員向けかもね」

「でも彼は妹を差し出したんじゃないですか?」


 そう言えばそこのことを失念していた。彼はすでに対価を妹で払ったはずではないか。


 お堂がぐらぐらと揺れた。


 つゆりがしがみついて来る。まるで地震だ。


「おっとと。これは激しいね。可能性はいくつか考えられる。豪君」

「は、はい?」

「可能性」

「はい、え、えーっと。妹では足りない。あるいは妹は報酬に成り得なかった。妹は足りたが、別の報酬が必要な頼みも叶えた。そもそも何を報酬にしても認めてもらえない。もう彼は対象では無くて、俺が対象で言っている。こんな感じですか?」

「いいねえ、豪君。実にいいよ」

「は、はい。ありがとうございます、師匠」

「あとは、そうだな。我々の命が報酬として必要である、なんてどうかな?」

「うええ」


 加茂さんがなかなかに絶望的な予想をする。


 さらにぐらぐらとお堂が揺れる。ぴしぴしと軋む音までしてくる。本当に持ちこたえるのか、これで?


「道具の準備だけしておきますか。豪君」

「はい」

「ライターを合図したら擦って」

「はい」


 何やらごそごそと音がする。


「はい」

「はい」


 しゅっと火花が散って豪君の顔が浮かび上がる。


「あのねえ、豪君。自分の顔を照らしてどうするのさ。手元を照らしてくれよ」

「あ、す、すいません」

「まったくもう。はい」

「はい」


 しゅっと再びライターが擦られて一瞬火花で加茂さんの顔と手元が照らされる。


 何やらたくさん道具を並べているようだ。


「はい」

「はい」


 再び火花が一瞬加茂さんの手元を照らす。


「よしよし。あ、でも火かつかないとお香は炊けないか」


 またお堂が激しく揺れた。


「おっとと、転がるなよ」


 呟く加茂さんを遮るように彼が呟いた。


「脅かしたってダメだ。出て行かねえぞ。もう少しなんだ。もう少しなんだ。もう少しなんだ」


 全く自分勝手な奴だ。このお堂がもろくなっているのも自分が汚したせいだって分かっているのだろうか。


「加茂さん、作業しながら聞いてください」

「ん?何?はい」

「はい」


 一瞬加茂さんの顔がまた浮かび上がった。


「つゆりの石はどこまで通用しますか?」

「ああ、そういうことか。どうだろう。全く効果が無いかもしれないね」

「え?」


 つゆりが思わず声を出した。


「残念ながら石についての知識が乏しくてね。いや、普通に魔除けに使う石などは分かっているけれど、酒々井家の石については、脈々と酒々井家に伝わって来たもので、門外不出だからね」

「結構加茂家とは繋がりがあると聞いていますが」

「はは、それでも石を受け取って研究したことは無いよ。もちろん一通りは分かってる。一度力を発揮すると次に効果を発揮できるまでに時間が必要なこととか。それを時短するには清められた水や空間に置いておくことが効果的だとか」

「魔を祓う力はあるけれど、ダメですか?天狗には」

「酒々井家の石が霊を対象に特化したものならばダメだね。もしそうでないのならば一定の効果は見込めるけれど」

「昔遭遇した時には見逃してもらった感じだったと言っていました」

「そうか、じゃあやはり効果は薄いのかもしれないね」


 いつの間にかぐらぐらは収まっていた。


「しかしね」


 加茂さんの声が改まった。


「その時には、上梨君がいなかったろ」

「はい?」

「しかし我々には上梨君がいる」


 俺ですか?


「上梨の力と合わせればあるいはってことですか?」

「うん、そしてこれは図々しいお願いなんだがね。こっちで試す時にも力を貸してくれるとありがたい」

「はあ、まあ、それはいいですけど」


 さすがに自分に力があることはもう認めているけれど、天狗に敵うのかと言われれば答えはノーだ。


「ん?」


 つゆりが急に体を強張らせた。


「どした?」

「聞こえた」

「天狗倒し?」

「違う」


 一同耳を澄ます。そして聞こえて来た。


「おーい」





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