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外法様 【怪異の始まり】




 結局夜まで少しの水分だけで過ごした。それでもどうしても我慢できなくなって、上梨に付き合ってもらってお堂の外へ出て用を足した。離れるのは怖いけど、でも音とか聞かれるのも嫌なので、そのギリギリの距離で済ませた。山の神様失礼しますと、心の中で謝罪しながら終えて、小走りに上梨のところへ戻った。


「交代」

「え?上梨も?」


 よく考えれば当然か。ところが上梨は私からほとんど離れずに用を足し始めた。


「ちょっと、上梨ぃ」


 勢いのある水音が響いてきて、思わず文句を言いながら耳を塞いだ。


「あーごめん、近かった?」

「近いってばっ」


 謝る上梨の胸にパンチしたが、上梨は平然と笑顔だった。まったくもう。


「にぎやかだねえ」


 戻った私達を加茂さんが少し呆れた顔で迎えた。


「上梨にデリカシーが無いからですっ」

「ごめん、ごめん。でも離れるの怖いじゃないか」

「うー、それはそうだけど」


 豪君が小さなランタンを出していた。ぽうっとお堂の中が照らされる。


 寝袋でも出して寝て待とうかと思ったが、つゆりと二人で入れる大きめのサイズをひとつしか持って来ていないのだ。この二人の前でそれに入るのには少し勇気が必要だ。


「寝袋出す?」

「え?でも」

「つゆりが使ってよ」

「上梨、起きてるの?」

「うん、一晩くらいは平気だから」


 そうは言ってもこの状況で一人だけ寝ると言うのも気が引ける。


「どうぞ、こっちも交代で寝るから」

「だってさ、ほら」

「じゃあ取り敢えず横になるね」


 緊張感と臭いのとで早々に寝られるはずないと思ったのに、気が付いたら寝入っていた。


 夢の中で、例の彼に泥だんごを投げつけられて、それを避ける上梨を、必死に応援する私がいた。


 どんな夢よ、もう。


「つゆり」

「んあ?ど」


 泥だんごと言いかけてギリギリで止まった。


 あれ?上梨?


 暗いよ?


「明かりは?」

「消えた」

「電池切れ?」


 もぞもぞと寝袋から出るが、少し寒いかも。


「これ、上着」

「あ、ありがと。寒くなったよね?」


 上梨がバッグに入れてあった上着をもう出してくれていた。


「うん、急に気温が下がったんだ。で上着を出しているところでランタンの明かりが消えた。バッテリーは十分だったはずのね」

「うちのは?」

「うん、俺達が持ってきたものも付けて見た。一瞬光ったんだけど、すぐに消えてしまった」

「何かの前触れ?」

「かもしれない。今、たぶんつゆりが一番目が慣れてる」


 私は暗闇に目を凝らした。入り口の障子がぼんやりと月明かりに照らされて光っているだけで、室内はほぼ真っ暗に近い。ただ何となく上梨の輪郭は分かる。


「ほとんど見えないよ、上梨の輪郭くらい」

「そうか。加茂さん」

「こっちだ」


 声を頼りににじり寄った。


「日付が変わったところまでは時計を見た。時計のバックライトもダメになってて今は分からないがね」

「スマホも光りませんね」

「光源となるものは全滅だね」

「火はどうでしょう?」

「それはまだだったな。豪君、君のリュックにライターが入ってる」

「はい」


 ごそごそと豪君がリュックの中を探る音がする。


「ありました。試していいですか?」

「やってごらん」


 火打石が擦れる火花に一瞬豪君の顔が浮かぶ。しかし火はつかなかった。


「火花は散るけど、火は灯らないのか」

「こんな現象をもたらすってすごい力ですよね」

「ああ、すごいね。外法様は伊達じゃないってことだね」


 あ、石は?私の石はどうだろう?


「上梨」

「ん?」

「石はどうかな?」

「つゆりの石?ああ、力を流し込むと確かに光るな、あれ」

「試してみる?」

「加茂さん、どう思います?」

「うーん、つゆりちゃんの石は力があるからなあ、外法様が変な勘違いをする可能性もあるけど」

「あ、そうか。じゃ、止めときます。いざと言う時にとっておきたいし」


 私は袋に手を掛けて中の石を確かめるだけにした。


「騒ぐなよ、朝まで待ってろ」


 ぼそりと例の彼が言った。


「ということはやっぱり夜明けまでが期限ってことだね」

「ちっ」


 舌打ちしてまた彼が黙った。


 その時だった。


 どーん


 また天狗倒しが遠くで鳴った。





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