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外法様 【柱】




「天狗ってあの鼻の長い天狗ですよね?」

「実は違うんだなあ」


 おばあさんが愉快そうに笑った。この話をするときに、相手が勘違いするのが定番なのだろう。


「このあたりの天狗はな、山男みたいな感じさ」


 山男?登山する人?


 思わず上梨を見るが、上梨も分からないという顔をしている。


「すいません。山男がどんなものか分からないのですが」

「はあ、そうかね?じゃあ大人おおひとならどうだい?」

大人おおひとも分かりません」


 おばあさんは分からないと分かってて言ってる節がある。終始ニコニコしている。


「山中に住む大男。そんな感じだよ。山伏の格好をしていて、身の丈は、七尺と言われてる」

「2m以上?」

「そんなもんじゃろね。煙草を渡すと仕事を手伝ってくれるとか、弁当を置いておくといつの間にか半分食べられちまうとか、まあいろいろな伝承がある」


 意外に普通だった。もっと魑魅魍魎な感じかと思ったら、どうも違うようだ。


「しかし決して侮っちゃいけねえ。天狗は外法様だかんな」

「外法様」


 これは私のおばあちゃんが言っていた呼び方だ。


「お、知っとるのか?」

「天狗の呼び方の別称としか」

「そうかい。外法様はね、その名の通り、外法を使う。あんたらに分かりやすく言うなら魔法だね」

「呪術とか、神通力とか?」

「おお、話が分かるね、あんた。そう言うことだ。外法様を騙して働かせようとしたり、危害を加えようとしたりすると痛い目にあうのさ」


 おばあさんは随分と手酌でお酒が進んでいるのに、ちっとも顔が赤くならない。お酒じゃないのかと思うくらいだったが、アルコールの匂いは確かにしてくる。


 そしておばあさんが間を置いた。


「あの村の人は、外法様を怒らせたのさ」

「怒らせた?」

「そう。村長を村八分にして自殺に追い込んだ。それなのにその家族にさらに村人総出で嫌がらせをしたのさ。畑を荒らされ、家には石が投げ込まれ、最後には放火もされたっちゅう話だ」

「それはひどい」


 おばあさんが頷いて、また濁ったお酒をくいっと飲んだ。


「死んだ村長の娘がある時、村の若い衆にかどわかされたんだ。まだ小学生にもなっていない少女だよ。それに怒った長男が、主犯格の家に押し入って、一家を皆殺しにしたんだ」


 一家皆殺しの事件の裏に、そんなことがあったとは。因果応報とは言え、救いのない話だ。


「警察が入ってね。行方を捜したが、見つけられなかった。そしてそれ以降、村人が次々と首を吊ったんだ」

「電柱で?」

「そう。いつの間にか、あの柱は首吊り柱なんて呼ばれる様になった」

「そして廃村に」

「そうだよ。村人がいなくちゃ村とは言えないだろ」


 おばあさんはそう言ってお鍋に残った汁にご飯を投入した。さらに唐辛子みたいな調味料を加えて混ぜる。


「これは、うめえぞ」

「はあ、確かに」


 出汁がしっかり出た汁がご飯に染みて行く。頃合いを見計らってそれをお椀に取り分けて渡してくれた。

 ふーふー言いながら食べると、予想通りとっても美味しかった。しかも身体が温まる。


「うめえだろ?」

「はい、とっても」

「身体が温まります」


 うんうんと満足そうにおばあさんが頷いて、お酒の瓶を片付けた。


「ま、そういうことだから、興味本位や売名で、あの村に関わっちゃいけねえ」

「あの」


 上梨があっという間にお椀を空にして聞いた。


「その村人に悲劇が起きたのは分かりますが、そこに天狗、外法様は出てきませんよね?」


 なるほど、確かにそうだ。悲惨な事件だが、そこに天狗の出番は無かったように思う。


「ふふん。電柱の高さってどのくらいだか、知っとるかい?」

「えーっとたぶん10mくらいかと」

「そうだよ」


 え?そうだよって?思わず上梨を見るが、上梨は何かを理解したみたいだ。


「電柱の頂点で首を吊っていたんですね」

「そう」

「足場のない一本柱の頂点で」

「そう」


 どういうこと?


「はしごも無しに」


 あ、分かった。


 はしごも掛けずに10mの柱のてっぺんで、どうやって首が吊れるのだろう。


 おばあさんがぽつりと言った。


「外法様の仕業だよ」







「お布団ひとつでいいかな?」

「ひとつだと寝相次第で畳に落ちちゃうかもよ」

「そうだな。じゃあふたつ一応しいとこう」


 上梨が敷布団を二つ抱えて持って来る。私はおばあさんに渡されたシーツをそれに付けた。少しだけ埃の匂いがした。


「毛布と掛布団は余分にっと」


 上梨がどっさりと毛布と掛布団を抱えて来る。それをシーツをまだ整えている私の上にどさっと乗せた。


「こらー。人がいますよー」

「これは失礼」


 そう言いながら上梨がそのどっさりの毛布の上から覆いかぶさって来た。


「上梨、重いー」

「これは失礼」


 そう言って毛布をめくって中に上梨が入って来るや、私を抱きしめた。


「え?もうする?」

「身体が鍋で温まっているうちがいいかな、と思わない?」

「思う」


 私も上梨の身体をぎゅっとした。





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