【閑話】【余話】人を呪わば穴二つ 裏返った呪い
あの橋本って女は呪われてしかるべきだ。
私が二度と子供が作れない身体になっていることを知っていて、第二子が出来たと嬉しそうに話したのだ。
他のママ友は、例え懐妊してもそれを私の前では口にしなかったのに。
東南アジアに新婚旅行に行った時に、冗談半分で買った呪いの人形にあいつの髪の毛を入れた。露店で説明してもらった通りにやったら、本当にあいつは呪われたみたいだ。
ざまあみろ。
実家に戻ったと聞いたので、しばらくあいつの顔を見なくて済む。それだけでも心が軽かった。赤ちゃんが死んで、ついでにあいつも子供を作れない身体になればいいんだ。
私の気持ちがそうすれば少しは分かるだろう。
家族に見られないように呪いの人形は、ドレッサーの引き出しにしまってある。
何となくその引き出しが気になった。
私はそっと音を立てないように引き出しを開けた。
布製の人形は太い糸で荒々しく縫ってある。その隙間から毛をねじ込んであるのだ。人形には顔すら描かれておらず、何やら現地の言葉がびっしりと書き込まれている。
呪いを掛けてからは触れるのもためらわれていたのに、なぜか私は手を伸ばした。
指先でそっと人形に触れた。
どうせなら。
どうせなら、死んじゃえばいいんだ。
そう思った瞬間だった。
人形に咬まれた。
いや、人形に歯など無い。一体何に傷つけられたのか分からない傷が、私の指先に残っていた。
「なによ」
思わず悪態を付いてティッシュを手に取って傷口を押さえた。じんわりとティッシュに血が滲む。
気が付くと人形がぺちゃんこになっていた。中には綿と、あの女の毛が入っていたはずなのに。
急にその人形が不気味になる。無事な方手で摘まんでドレッサー脇のゴミ箱にそれを放り込んだ。
傷口に絆創膏を貼るために私は立ち上がった。指先に怪我をすると洗い物がおっくうになる。気分が沈んだ。
◇
私は包丁を手にしていた。
料理ではない。
指を切り取るのだ。
人形に傷つけられた傷口が疼いた。絆創膏を外してみたら、傷口が化膿していた。
そしてそこから黒い毛がどっさり生えていたのだ。
驚いて毛を引き抜いたら、膿がどばっと零れ、とても痛かった。
消毒をきちんとしなかったからだと、改めて消毒液を掛けて絆創膏を貼り直した。
そして今日、再び絆創膏を外してみたら、さらに毛が生えていたのだ。そして私が見ている目の前で、その毛がどんどん傷口以外にも生えて来た。
すでに人差し指の第二関節を越えて、根元まで届きそうだ。
切らないと。
この指はもうだめだ。
切り落とすしかない。
私は台所へ行って、包丁を手にしていた。
人差し指と中指の間に包丁の先を置く。
握った包丁に力を込めて、手前に降ろした。
「んぎいいいいいいいっ」
切れた。
とっても痛かったけど、切れた。人の骨って硬いんだ。包丁はもう一度研がないとだめかもしれない。面倒だな。
切れた?
なんで私は自分の指を切り落としたのだ?
呆然と四本指になって血を噴き出す手を見た。
そして。
骨の見える人差し指があった傷口から、ぶわっと毛が生えて来た。
「あら」
指だけじゃダメだったのか。
手首から切り落とさないと。
私はもう一度包丁を手に取った。
呪いダメ、絶対。




