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【閑話】まつりとひかりと須賀原と 後編

前半桐野ひかりさん視点の思い出話。最後は桐野未散ちゃん視点の現在の話です。




 女性はその家の二階の部屋にいた。両親は健在であるが、憔悴していた。


「どうか娘をお願いします」


 そう言って私達は順に手を握られた。大丈夫、任せてと心の中で応えて、私はまつりに続いて階段を上がった。


 部屋のドアに須賀原が手を掛けた。廊下が暗いのかと思ったら、どうやら瘴気で薄っすらと覆われていたようだ。ふわっと須賀原の手元が晴れる。

 須賀原がなかなかの力の持ち主であることは今の出来事でも分かった。ま、私達の方が上だが。


「開けます」


 須賀原がそう言ってドアを開いた。部屋に籠っていた瘴気がどろりと、まるで粘性を持つように零れて来た。これは相当な部類になる。ただのママ友の呪いでここまで?


「銀之助は、外で」

「はい、よろしく」


 銀之助を廊下に残して三人で部屋に入る。私は「白虎」を、まつりは「朱雀」を袋から出す。それだけで、私達の周囲から瘴気が吹き飛んでいく。


 どうよ、須賀原。


 その須賀原はそれをちらっと見ただけで、特に何の反応も示さずにベッドに近づいた。

 布団を掛けて眠る女性はだいぶ痩せているが普通だ。特に異常はない。瘴気が澱んでいるが、霊の姿も見えない。


「橋本さん、失礼します」


 須賀原が眠る女性にそう話しかけて、布団をめくった。


 パジャマ姿の女性。しかしそのパジャマには所々染みが出来ている。


 これは、何だ?


 須賀原が足のパジャマをめくり上げた。


 そこにはまるでゴリラのような剛毛がびっしりと生えていた。







「何よ、これ」


 思わずまつりが言った。


 橋本と言う女性の足にはゴリラのような剛毛がびっしりと生えていた。そしてじゅくじゅくと所々は膿を吹いている。


「こんな症例を知っていますか?」

「知らない。これが呪い?」

「ええ、おそらく」


 須賀原がパジャマを戻した。肩掛けにしているバッグから数珠を取り出して持つ。


「では、早速いいですか?」


 まつりが頷いて、「朱雀」を抜刀する。私も「白虎」を抜いた。


 女性の身体に纏わりついていた瘴気が、それだけで雲散霧消していく。奇怪な呪いだが、力自体は強くない?


 須賀原がお経を唱え始めた。途端にびくびくと女性の身体が震え始める。


 ちらっとまつりを見る。「朱雀」を構えて動かない。冷静な顔だ。さすが優等生。私も「白虎」を握りしめて構えた。


 そのまま1分ほどして、須賀原のお経のトーンが強くなった。お腹の辺りがぼんやり光る。


 びくんと女性が大きく跳ねた。


 その身体からぼんやりとした物が浮かび上がる。


 これが呪いの本体か?


「魔を祓う一刀是成、光明の太刀」


 まつりがそう言い放ち、「朱雀」を振った。


「いえええいっ」


 浮き上がったそれは、祓われなかった。


「おっと」


 まさかの展開だ。単純な霊じゃないにしても、悪しき者であることは明らかで、それらには効果があるはずなのだ。


「どういうこと?」


 まつりが少しだけ慌てる。須賀原は汗を浮かべながらお経を唱え続けている。


 ぼんやりとしていた物はいつの間にか人型を形成しつつある。しかし小さい。


 まさか。


「まつり、呪いの対象はこの女性じゃない」

「え?」

「胎児だ。お腹に赤ちゃんがいるんだよ」

「なんてことを」


 ママ友ってことは、全員子持ちのはずだ。子供がいないママ友はいない。となれば第二子を望んでも、何かの事情でもうそれが不可能なママ友。第一子を生む際に何かあって、それ以降子供を産めない身体になった者。


 可能性に過ぎないが、今、まつりの「光明の太刀」が効果を発揮できなかった理由としては納得できる。


 まつりは女性に憑いたものを祓おうとしていたから。


「私が」


 私の言葉にまつりが「朱雀」を構えたまま半歩下がる。


「魔を祓う一刀是成、光明の太刀」


 ぐっと体の奥で気を練り上げて、それを「白虎」に込める。


「いええええいっ」


 振った「白虎」から閃光が走り、女性の上に浮かんでいたものが吹っ飛んだ。


 正解だった。


「お見事」


 滴る汗を拭きながら須賀原が言った。


「まさかお腹の中の子にかけられた呪いだったとは思いませんでした」


 そう言いながら須賀原はまた女性のパジャマをめくった。びっしり生えていた剛毛が全て抜け落ちていて、毛の溜まりを作っている。膿んでいたところはそのままだが、これもやがて治るだろう。


「お腹の子、大丈夫かな」


 私はまつりの言葉に、答えられなかった。ここまで母体に影響を及ぼした呪いである。もしかしたら、赤ちゃんはもっとひどいことになっていた可能性もある。


「まずはありがとうございました」


 須賀原が握手を求めて来た。少し上気した顔の須賀原に、なぜかドキッとした。







「赤ちゃんどうだったんですか?」

「ああ、残念だった」

「そうですか」


 未散が悲しそうに視線を下げた。


 結局女性は流産してしまった。胎児は大量の毛と共に死んでいたと聞いた。

 母親はその事実に耐えられずに自殺未遂をして、結局入院したらしい。


 旦那さんに寄り添ってもらえなかったことが悔やまれますと、電話でそれを伝えて来た須賀原の声が沈んでいたことを思い出す。 


「その女性を呪った人は、どうなったんでしょうか?」

「どうだろうな。呪いは潰したが、結果的には死産になった。目的は果たしたとも言えるしな」

「でも裏返った可能性はありますよね」


 私は未散の問いに頷いた。





余話も続きます。

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