物憑き 【悪魔祓い】
酒々井つゆり視点です。
「上梨、開けて」
「いいんですか?」
「台座が見えないだろ」
「分かりました」
上梨が前に出て箱を開いた。
ぶわっと零れ出る瘴気。それが全て上梨を避けて行く。
「I try」
いつしか魔法円から光がゾフィーちゃんに集まっている。今日見た時よりも念入りに行っているようで、ゾフィーちゃんの身体も光っている。
風も無いのにゾフィーちゃんの金髪がたなびいているのが、何だかかっこいい。
ぶわっと台座の上に瘴気が塊を作る。今度は人形じゃない。骨ばった悪魔。そんな形容がぴったりのものが形作られる。
「Bitch」
口ぎたなくゾフィーちゃんを罵る。ゾフィーちゃんは無視。すでに名前が分かっているので、会話をする必要が無いのだ。
「In the name of Mother Goddess」
「It's no use no matter how many times」
「Leave in the name of the goddess Diana」
「A stupid British girl」
小さな声で、フィリップさんが「No」と呟いた。
「In the name of the goddess Astarte, leave」
「Quit, idiot」
さらにフィリップさんが「You are the idiot」と呟いた。当のゾフィーさんはどこ吹く風だ。
「Leave in the name of Lilith」
「I'm here, in the name of Dialdever」
上梨が私の腕を取った。見上げると上梨が台座の上の悪魔から目を離さずに頷いた。どういうこと?ゾフィーちゃんのがダメだった時に備えろってこと?
掴んだ上梨の腕から気が流れ込んで来る。私は慌てて二つの石を手に持った。
「Leave in the name of the goddess Brigitte」
「Stop, bitch」
悪魔が手を伸ばす。それをひかりさんが抜刀して払った。
伸ばした腕が消し飛ぶ。しかし引っ込めた時にはすでにその手は復活している。
「This is our place and we are stronger than you」
台座の上に悪魔がニヤリと笑う。
「Leave all evil spirits!! Immediately leave this house!」
悪魔の口がまるでブーメランのように釣り上がって笑う。
「Your name is…」
アセイミーナイフが光り輝く。
「Daredevil」
ぶわっと部屋の瘴気が悪魔の元に集まる。悪魔の顔が驚愕の表情になる。
「Fuck」
いけない言葉を叫んで悪魔が崩れ落ちて行く。
「酒々井っ」
ひかりさんが叫ぶ。このタイミングなのか。
「封魔」
上梨に流し込まれた力もあって、どちらの石も光り輝いている。
その左手の石が一際光った。
「Noooooooooooooo!」
台座に崩れ落ちて行く悪魔が私の左手の石に吸い込まれていく。
思わず石を落としそうになるが、上梨が腕を支えてくれていたおかげで何とか踏みとどまった。
しん、と音がするほどの静寂。すっかり瘴気は吸い込まれて倉庫は普段の姿を取り戻している。
左手が重い。石がとんでもない重さになっている。
「まだだよ」
ひかりさんが刀を上段に構えて台座に向き合う。
「未散。「伏魔両断」行くよ」
「え?私まだ」
「型は知ってるだろ。やるよ」
「無茶苦茶だあ」
そう言いつつ未散ちゃんが同じように木刀を上段に構えた。何でもいいから早くして。左手が重さに耐えられない。
「渾身の一刀、魔を伏し断つ」
「渾身の一刀、魔を伏し断つ」
ひかりさんと未散ちゃんの刀がどちらも光り始める。
「伏魔両断」
「伏魔両断」
二人が同時に刀を振る。
「「いやああっ」」
ぱきん、と音を立てて台座が四つに割れた。
「今っ」
残心しつつ、ひかりさんがこちらを見ずに叫んだ。
「破魔」
私は右手と左手を合わせた。
ぶわっと手の隙間から瘴気が広がりかけて、すぐに吸い込まれて、そして重さが消えた。
恐る恐る両手を開いてみる。手にはいつもと変わらない石が二つあるだけだった。
いや、少しだけ炭みたいなのが手のひらについていた。
それを払うと、その炭は空中で消えて行った。
「社長、須賀原を病院へ」
「お、おう。おうおう」
刀を鞘にしまいながらひかりさんが言った。
ゾフィーちゃんは魔法円の中にがっくりと膝をついている。フィリップさんが優しい目でそのゾフィーちゃんに手を貸している。
私は上梨を見上げる。満足そうな上梨。
私は上梨の胸に頭を預けた。そっと上梨がハグしてくれた。
「ご苦労様」
「うん、出来てよかった。ありがとう」
「急がないと」
「え?」
「電車。今なら間に合う」
「あ、そうだった」
急いで帰ろう。
◇
「ああ、そんなこともあったかねえ」
「あったかねえ、じゃないよ、おばあちゃん」
悪魔を祓った時の話を聞いたらおばあちゃんがとぼけた。急いで電車に乗る前に、お土産の八つ橋まで買って来たのに。
「まあ、うまく出来たんならそれでいいじゃないか」
「それはまあそうだけど。もしかしたら孫娘が危ない目にあってたかもしれないんだから」
「あんたには上梨君がいるだろう。私にはいなかったんだよ。それでも祓えた」
「おばあちゃんは破格でしょ。一緒にしないでよ」
苦情を言いつつ八つ橋を一つ口に放り込んだ。
「人への土産をバクバク食べるんじゃないよ。一緒だよ。つゆりと上梨君のコンビは、破格だ」
「んもー、ずるいなあ」
おばあちゃんも八つ橋を口に入れる。味は、まあまあだ。お土産に人気だが、そんなに美味しいかな、これ。中には美味しいのもあるのかもしれないけど。そう思いつつもずいぶん食べてしまった。
「石の使い方、もっと教えてよ、おばあちゃん」
「一通り教えたろ」
「ううん、そういうんじゃなくて、使った時の話が聞きたい」
「面倒」
「ちょ」
平然とした顔でお茶をすするおばあちゃんなのであった。
「はは、おばあさんらしいね」
「でも可愛い孫娘のお願いを、面倒の一言で片づける?普通」
「普通じゃないだろ?」
「うー、それはそうだけどー」
「あ、例の社長さんから報酬だって振り込まれてたよ」
上梨が記帳した通帳を見せて来た。
「え?これ?」
「うん、こんなに。おばあさんに実費出してもらうって形だったのにね」
「なんでだろ?そういう話だっけ?」
「いや、違ったよ。ただまあ予想以上に危険な案件だったってことが分かったからじゃないかな?」
「ふーん」
私は自分たち用に買った八つ橋を口に放り込んだ。
「つゆりの「開眼」にえらく感激していたこともあるんじゃない?あれは「見えない」人にとっては衝撃だから」
「そんなもんかなあ」
「ほら、オカルトハンターの豪君もそうだったし」
「あ、そうだね」
「またよろしくってことじゃないの?」
「またなんて、無いでしょ」
もう一つ生八つ橋を手に取るが、口元に運べずに置いた。
「生八つ橋、焼いてあげるよ」
「え?焼くの?焼けるの?」
「うん、オーブンで」
「焼くと、焼き八つ橋になるの?」
「ならないよ。オーブンで焼くと結構美味しくなるらしいよ」
「上梨がそう言うなら焼いて」
「了解」
上梨が4つほど生八つ橋を持って行く。私はお茶を入れなおすことにしようっと。
「あ、美味しい。何これ」
「普通は少し硬くなった時に、焼いて食べるんだけどね」
「最初から焼いても美味しいのに」
「まあ、それを言っちゃおしまいだし」
上梨がオーブンで焼いてくれた生じゃなくなった八つ橋はこんがりと香ばしさが出て美味しかった。私はこっちが好みだった。今度おばあちゃんにも教えてあげようっと。
「お気に召しましたか?」
「うん、上梨、なんで知ってるの?」
「はは、実はお土産屋さんに書いてあった」
「なーんだ。でもありがとう」
残りを上梨が冷蔵庫に入れた。
「あ、あと、ゾフィーちゃんから連絡が来てた」
「え?」
「今日あっちを立って、東京に来るんだって。で、明日、原宿と秋葉原を案内してくれないかって」
「私は、明日も外せない講義があるからダメ」
「明日は俺もダメなんだよなあ。じゃあ断るか」
「ねーねー、豪君は?」
「え?」
「彼に頼めば?」
「どういうつながりで?」
「何となく」
理由もなく思いついただけだ。彼は英語話せるのかな?
「そうだ、いっそ加茂さんに頼んでみるかな」
「加茂さんに?」
「うん。ほら、加茂さんはいろいろな道具に興味があるだろ。アセイミーナイフとか、そもそもウィッチクラフトとか興味があるんじゃないかな」
「ある。絶対ある」
「だろ?」
そう言って上梨はスマホを手に取った。
「オッケーだって。すごい喜んでた」
「へえ、よかったね」
電話をしながら上梨が微笑むので、話が上手く進んでいることは分かっていた。話の間に私はお皿とお茶のセットを片付けた。
「さて、じゃあ歯磨きして寝るかな」
「うん」
私は上梨と一緒に洗面所に立った。
歯磨きしながら上梨にもたれかかる。眠いのだ。
「もう、眠い?」
「うん」
素直に頷く。上梨は笑いながら頭を撫でてくれた。それが心地よくて眠気がさらに増して来る。
「うー」
「ほら、がんばって」
わざと支えられるように歩くのは、私の甘えだ。それを上梨が全部受け止めてくれるのが嬉しい。
「よっと」
とうとう最後はお姫様だっこだ。
私はお姫様抱っこされながら手を伸ばして部屋の明かりを消した。
そっとベッドに横たえられる時には、もう半分寝ていた。こうやって眠りに落ちるのが最高に気持ちいいのだ。
最後に上梨がおでこにキスしてくれるのを感じながら、私は眠りに落ちて行った。
お読みいただきありがとうございました。物憑きシリーズは終わりです。誤字報告をいただき感謝しております。評価もありがとうございます。ぽちっとよろしくお願いします。




