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物憑き 【なニヲシテイる?】

引き続き、桐野未散ちゃん視点です。




 玄関を開くとさらに濃密な瘴気が室内に籠っていた。


 その瘴気がぶわっと須賀原さんに押されるように退いて行く。


「瘴気が濃い方へ」


 酒々井さんがそう言って上梨さんを促す。上梨さんは杖を構えたままゆっくりと進んでいく。


 廊下を進んだ奥が一番大きな居間のようだ。


 そこへ向かいながら進むが、途中で酒々井さんがぐいっと上梨さんの背中を掴んで止めた。


「上梨、このトイレ」


 廊下にあるドアはトイレのようだが、そのドアを酒々井さんが指さした。


「中に?」

「うん、たぶん」


 上梨さんが杖を構えて、酒々井さんがドアノブを掴む。二人が頷き合って、酒々井さんがドアを開いた。


 この家の奥さんだろうか。中年女性がトイレの横で膝を抱えて座っていた。


「し、知りまべん」


 奥さんがそう言うと、まるで吐き出すように口から瘴気が零れた。


「知びばべんっ」


 鼻と耳からも瘴気が零れて行く。こんな憑かれ方をする人は初めて見た。


「この人、杖で突いたらダメだよね?」

「うーん」


 酒々井さんが悩む。


「あ、じゃあ、私が」

「未散ちゃんが?」

「ええ、一応「光明の太刀」というのが使えますから」

「うーん。でもさっき須賀原さんが言ったように、これが本命じゃないからなあ」


 その須賀原さんがお経を唱え続けながら頷いた。放置しろという意思表示だ。いつしか須賀原さんの額に汗が滲んでいる。


「後回しにしよう。やはり本命を祓うのが先決だ」


 そう言ってトイレのドアを閉めようとしたら、奥さんががばっと立ち上がってドアが閉めるのを押さえた。


「どご行ぐのおっ。捨てるのおっ?私を捨てるのおおおっ?」


 血走る目からも瘴気がじわりと零れて来る。


「ごめんね、奥さん」


 ごんっと容赦なく上梨さんが奥さんの胸元を杖で突いた。


「ぶべふっ」


 口から大量の瘴気を吐き出して奥さんが倒れて、トイレのドアが閉められた。


「上梨、大胆」

「そんなに強く突いていないよ」


 それでいてあんな勢いで倒れたのは、きっと祓うような突きになっていたからなのだろう。それは杖の力だけではないはずだ。


「進みましょう」


 再び上梨さんが先行して進んでいく。瘴気は密度を増して、時折須賀原さんのお経に歯向かうようにずわっと迫ろうとして来る。


「須賀原さん、大丈夫ですか?」


 酒々井さんの問いにお経を止めずに須賀原さんが力強く頷く。汗は滲ませていても、まだ余力はあるようだ。

 須賀原さんのお経が無かったら、私達はそれぞれの力でこの濃密な瘴気に対抗しなければならない。それだけでずっと力を使い続けることになってしまうのだ。


「開くみたいだ」


 上梨さんが杖の先で居間のドアを押すと、すいっと少し開いた。


「入るぞ」

「うん」


 「秋月」を握る手に力が入る。私は三人に続いて居間へと入った。


 部屋のテーブルの上に立派なアンティーク人形が鎮座していた。立派な台座に立つそれは無機質な目で私達を見返している。


 そして部屋の瘴気はまさにその人形から湧き出るようにしていた。


 部屋のソファに年配の男性が一人倒れている。部屋の壁に寄りかかってから倒れたように若い男性が一人。こっちが会社の新人だと言う高野内という方だろう。と言うことは、ソファの男性が家主か。


「これが物憑き?ほとんど悪霊じゃないの」


 分かる。酒々井さんが言うように、印象は悪霊だ。堂神さんが自ら呪われることで使役していた、あの悪霊に印象は近い。


「じゃあ、行くよ」

「未散ちゃん、用心を」

「はい」


 上梨さんと場所を入れ替わり、「秋月」を構えて人形の前に立つ。しっかり気を練っていないと膝が笑いそうだ。


 酒々井さんを抱きしめるように上梨さんが背後から手を回した。彼女の手には石が握られている。


 そして上梨さんが、酒々井さんに力を流し込み始めた時だった。突然声が居間に響いた。


「ナにヲシてイル?」


 ぞわっと鳥肌が立つ。


 目の前の人形が口も動かさずにしゃべったのだ。


 その圧に負けて膝が砕けるのを必死に支える。丹田を意識してしっかりと気を練り直して持ちこたえた。

 「秋月」を握り直して、さらにずいっと突き出す。


「オまエタチ、なニヲシテイる?」

「無視よ、未散ちゃん」


 分かっています。こういう手合いは会話をするなと言われています。いわくを聞き出す必要もない。元々呪われた人形だと分かっているのだ。


 ちらっと見ると上梨さんに気を流し込まれて、酒々井さんの身体が薄く光っている。いつ見てもすごいなこれ。

 さらに酒々井さんの手の石が光を放ち始める。


「ヤめロ」

「破魔」


 酒々井さんの石から眩しい光が放たれて、一瞬ホワイトアウトする。


「ふう」


 須賀原さんがお経を唱えるのを止めて、大きく息をついた。


 あれほど濃密だった瘴気が跡形も無い。


「お見事」


 須賀原さんの言葉に、酒々井さんがにこりと笑顔で返した。しかし後ろに立つ上梨さんはなぜか厳しい顔をしている。

 そして杖を手に酒々井さんの前に出て、それを構えて私に並んだ。



 なに?



 上梨さんは何を?



「なんだ、これは?」


 上梨さんの言葉を合図にしたように、人形からまたぶわっと瘴気が溢れて来た。


「なんだと?」

「え?なんで?」


 須賀原さんと酒々井さんが驚きの声を上げた。





「帰って」




 人形の声が変わった。




 少女の声で話す人形から瘴気が噴き出して来る。



 ぐうっと上梨さんが気を練るのが分かる。


 もちろん私も。そうしないと瘴気に飲み込まれてしまいそうだから。



「壊魔直突きっ」



 上梨さんがだんっと足を踏み出して、杖を突き出した。


 噴き出して迫っていた瘴気が憑き出された杖に吹き飛ばされてぽっかりと丸い空間が出来る。


 しかしその杖の先は人形の手前で止まっていた。


 いや、止められていた。


 いつの間にか動いていた人形の手が、杖の先端を押さえている。


 あんな人形の手で、上梨さんの突きを受け止められるものなのか。




「帰らないと、死んじゃうよ」




 再び人形が少女の声で言い放った。人形の動かないはずの指が動いて、止めていた杖の先端を持った。



「うお?動かねえ」



 上梨さんが杖を引こうとするが動かないようだ。



「一度退却だ」


 須賀原さんがそう叫び、再びお経を唱え始めた。しかし、人形の手が上梨さんの杖を握ったまま離さない。


「魔を祓う一刀是成、光明の太刀」


 だんっと床を蹴って「秋月」を振る。


「いやあっ」


 「秋月」が光跡を描き人形の手を薙いだ。


「っとと」


 人形が手を放し、上梨さんが後ろに一歩二歩とよろめいた。一生懸命引っ張っていたのだろう。

 次の瞬間には人形は元の姿に戻っている。


 上梨さんが杖を、私は「秋月」を構えながら後退して部屋から出て行く。酒々井さんがトイレの奥さんを引きずり出して廊下を引っ張っていく。私は「秋月」を片手に持ち、奥さんの服を引くのを手伝った。


「らめえええええっ」


 玄関まで来たところで、奥さんが暴れた。酒々井さんが鼻を叩かれて思わず手を放してしまうと、奥さんは私も振り切ってまたトイレに入って行ってしまった。


「いたあ」


 酒々井さんが鼻を押さえている。


 そのまま私達は玄関を出た。


「はひー」


 須賀原さんが敷地から出て座り込んだ。汗が滝のように流れている。


 車の運転席に置いてきた飲み物が必要そうだ。





恥ずかしさを乗り越えての「壊魔直突きっ」でした。

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