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物憑き 【特製醤油九条ネギラーメン】

前半は上梨君視点。後半は桐野未散ちゃん視点です。





「あ、いた」

「須賀原さーん」


 俺とつゆりは改札出口に須賀原さんの姿を認めて手を振った。須賀原さんも俺達の声に気付いて手を挙げた。


 改札を出て須賀原さんと合流する。


「ようこそ京都へ」

「どうも」


 わざわざ握手してくれた手がとてもしっかりしていた。


「もう一人、待ち人がいるんだ。あと30分もしないで到着するので、それまでお茶でも飲んで待とう」


 俺とつゆりは頷いた。ホテルのチェックインにもまだ早い。


「お昼ご飯がまだなら、合流した後で、お昼ご飯を。奢るから」

「お、やった」

「九条ネギが食べられるお店がいいです」

「あはは、そうか。分かったよ」


 駅中のコーヒーショップに入って、それぞれが飲み物を頼んで座った。


「今回はすまなかったね。学校を休んで来てくれたんだろう?」


 須賀原さんの言葉につゆりがびくっとなった。分かりやすいなあ。


「あ、単位とか、もしかしてやばかった?」

「はは、いやですよお、須賀原さん。平気ですってば。…たぶん」


 下手なごまかしのセリフを聞いて須賀原さんが俺を見る。


「留年確定とかではないですから。普段のつゆりを反省するいい機会です」

「いやあ、ほんとごめんな。つゆりちゃん」

「はは、いいですってばあ。須賀原さん、この話はこれっきりで」


 つゆりの口調がロボットみたいに平坦だぞ。


「この後、桐野未散ちゃんを迎えるんだ。覚えてるよね、桐野ひかりさんの付き人していた」

「ああ、分かります。可愛らしい子ですよね。ひかりさんではないんですね?」

「ひかりさんは先に別件が入ってね。未散ちゃんもメキメキと力をつけているから、まずは未散ちゃんが来てくれるってことで」

「まずはってことは、後からひかりさんも合流するんですか?」

「その予定だよ。と言うか、どうも同じ相手を追いかけていたみたいでさ」

「え?物憑きの?」

「うん、人形のね」


 須賀原さんがちらっと時計を見た。


「実はこの人形はイギリス製でね。アンティーク人形なんだが、盗難品だったみたいなんだ。封印してあったその家の人物が、取り戻しに来ていて、祓えないなら破壊してほしいと言っている」

「じゃあ、ひかりさんとその依頼主が到着するまで待ちますか?」


 須賀原さんが困った顔をする。


「いや、それは待たずにまずは君達と未散ちゃんには現場に来てほしい。加茂さんのアドバイスで、家の周囲にお札を並べてしのいでいるけど、どこまで持ちこたえるか分からないのが現状だ。井出羽の五人組みたいな技が使えればよかったんだけど」

「分かりました。俺達で出来ることをします」

「うん、頼むよ。じゃあ、俺はちょっと未散ちゃんを迎えに行くから」

「一緒に行きますよ。そのままご飯に行きたいですし」


 俺もつゆりもまだ飲み終わっていないので、カップを持って店を出た。


「未散ちゃんは未成年ですけど、刀を使うんですかね?」

「いや、木刀だと思うよ。さすがにまだ真剣は…あるかな?」


 あるのか?


「そう言えば、その袋は?まさか刀じゃないよね?」


 笑いながら須賀原さんが聞いて来る。


「これはじょうです。実は俺も加茂さんのところへ行きまして」

「へえ、杖とは珍しいね。ああ、そう言えば合気道をやってたんだっけ」

「ええ、そこで使い慣れていたので、加茂家にあった杖を貸してもらうことになりました」

「そいつは頼もしいな」


 改札口の外で会話をしていると、桐野未散ちゃんが現れた。


「お待たせしました。桐野未散です」

「ああ、遠いところをありがとう。もう聞いてるかと思うけど、ひかりさんも後から来る」

「ええ、まさか同じ相手だったんですね」

「うん、まさかだよね」


 未散ちゃんがこちらに向き直って頭を下げた。俺達も少々慌てながら頭を下げた。


「上梨さん、酒々井さん、よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」

「よろしくね、未散ちゃん」

「先日はあまりお話も出来ませんでしたが、お二人の力のことはとてもリスペクトしています」


 なんか真剣にそこまで言われると恥ずかしいものだ。つゆりはニコニコしているが。


「さあ、じゃあ腹ごしらえだ。その後現場に入ってもらいたい」


 俺達三人は頷いた。腹が減っては戦はできぬ。祓うにも体力が必要なのだ。


 須賀原さんが案内したのは、特製醤油九条ネギラーメンの店だった。まろやかでコクがあるスープと、しゃきしゃきのネギの相性が抜群だった。京都なのでもう少し洒落た店に案内されると思っていたが、つゆりも俺もラーメン大好きなので大いに喜んだ。


「私は、普段とんこつばかりなんですけれど、醤油ラーメンも美味しいですね」


 未散ちゃんの言葉に思わず俺はつゆりと顔を見合わせた。


「それって桐野家がとんこつばかり食べるってこと?」

「ええ、そもそもとんこつラーメン以外の店に入りませんし。そもそも替え玉が無いなんて、ねえ」


 ねえ、と同意を求められても頷けない。つゆりが耳元で囁いてきた。


「九州ってみんなそんな感じなの?」

「いや、違うと思うぞ」


 とにかく腹ごしらえは終わった。俺達三人は須賀原さんの車に乗って、例の禍家へと向かった。


 近くのコンビニの駐車場に車を停めると、須賀原さんはちょっと待ってと言って、コンビニで飲み物を買って来た。その袋を運転席のシートの上に置いた。


「買い物しましたよアピールね。まあ、この時間だと駐車場も混まないから平気だと思うけど」


 さらに離れたところにコインパーキングもあるそうだが、大概埋まっているのだそうだ。


「では、行くよ。準備と言うか、心構えはいいかな?」

「はい、行きましょう」


 俺の言葉につゆりも未散ちゃんも頷いた。







 それにしても仲のいい二人だと思う。上梨さんと酒々井さんは、阿吽の呼吸というか、そう言うのがとても素敵だ。まるで長年連れ添った夫婦みたいだと思う。そういう夫婦を見たことがあるのかと言えば、そういうわけでもないけれど。


「つゆり、石の準備はいい?」

「うん、近づいたら「開眼」するね」

「ああ、頼む」


 どういうわけか桐野家の女性は、なかなか男性に縁がない。まつり姉さんは仕事を依頼されて祓った先の男性に見初められて結婚まで至ったが、それまでは浮いた話がほとんどなかった。彼氏が出来ても長続きしなかったのだ。

 それはひかり姉さんも同じで、一度だけ出来た彼氏とはわずか三日で別れてしまった。それ以降、ひかり姉さんは彼氏を作る気を全くなくしてしまったようだ。


 私はと言えば、まだ中学生と言うこともあるから、別に彼氏が欲しくてたまらないということはないけれど、友達に彼氏が出来た話を聞くとうらやましいなと思うことはある。


 まあ、今は半人前の自分である。恋人はしばらく愛用の木刀「秋月」でいいかもしれない。

 私は「秋月」の入った袋を握り直した。


「あ」


 思わず声に出してしまった。目の前の家の屋根の向こう。ゆらっと瘴気が立ち昇っていたのだ。


「ああ、あの家の裏だよ」


 須賀原さんが私の様子に気付いて言った。


「あんなに?」

「ああ、すごいだろ?」


 酒々井さんが上梨さんに石を使って「開眼」すると上梨さんが立ち昇る瘴気を見て思わず驚いた。


「すごいね、あれ。禍家ってあんなにまでなるんだ」

「この前のもすごいんだよ。これが異常なんだよ」


 酒々井さんが言う。私も付き添いで行った先で、二つほどこんな家を見たことがあるが、比較にならないレベルだ。


「あれでも少しだけ抑えてるんだ。加茂さんに言われて札を置いているから」


 ところが家の周囲に置いた木の札はすべてが真っ黒になって、まるで長年そこにあったかのように半ば朽ちていた。


「こいつは、予想以上だったかも」


 須賀原さんが鞄から新しい木札を入れ替えて行く。


「さて、じゃあ入りますか。俺はお経をずっと唱える役目に徹する。まずは人形のある場所。たぶん居間だと思うけど」

「了解」

「そして中にいる人を助けられるかどうかの見極め」

「優先順位は人形でいいんですね?」


 須賀原さんが少し苦し気に頷いた。


「うちの会社の新人、高野内は確実に中にいると思う。しかし彼は病院を抜け出して自分でここに来た。たぶん人間を助け出しても、また戻ってきてしまうんだろう」

「だったらその元凶の人形を祓うのが先決ってことね」


 酒々井さんの言葉に須賀原さんが頷いた。


「だが、無理は禁物だぞ。桐野ひかりさんが来てからリベンジでもいいんだからな」

「了解です」


 頷いて須賀原さんが数珠を手にお経を唱え始めた。


 歩きながら玄関に向かう。滲み出る瘴気がお経の力でまるで道を開けるように動く。


 上梨さんが杖を取り出した。細長い円柱の杖はなかなかの年季の物で、私の「秋月」と似た雰囲気を醸し出している。


 私も「秋月」を取り出した。


「行くよ、「秋月」。頼りにしてる」


 呟いた私をちらっと酒々井さんが見て微笑んだ。




「塩」派です。

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