物憑き 【光明の太刀】
前半、桐野ひかりさん視点。後半は桐野未散さん視点です。
「私だけで、ですか?」
「そうよ、仕方ないじゃない」
私は聞き返してきた未散に即答した。
「でも私じゃまだ」
「いいのよ、本体を祓えなくても。取り敢えず零れて来るのを祓えば」
「ひかりさんが来るまでの場繋ぎってことですか?」
「そうよ。それに上梨酒々井のコンビも来るって言うし。彼らなら祓えるかもしれないでしょ」
「はあ、まあ、それはそうですけど」
自信なさげな未散の肩に手を置く。
「先に正式に私に依頼が来たんだ。反故にするようじゃ信頼を失う。この仕事は信用が大事だ。分かるだろ?」
「はい、もちろんです」
「そして須賀原からも依頼が来て、どうものっぴきならない」
「禍家ですものね」
「そうだ。あの須賀原が抑えきれないって言ってるんだ。強敵に違いない」
未散が神妙な顔で頷いた。
「だから本体を祓うのは私が先の案件を片付けてからでもいい。しかし須賀原が抑えきれないとすれば、せめて外に出て来ようとするものを潰しておく必要がある」
「分かりました。そう言うことなら、私が行ってきます」
「何なら、斬魔刀を一本持って行ってもいい」
「扱いに慣れていないので、やめておきます。「秋月」で」
「いい判断だ」
私は未散の肩に置いた手を、頭に移してわしわしした。
「あと、学校は」
「ああ、そっちには私から連絡を入れて置くわよ。どんな理由がいい?生理が重いとか?」
「そんなの止めてください。風邪でいいですから」
「あら、そう?健康優良児なのに?」
「健康優良児でも風邪くらい引きますから」
引いたこと無いくせに。まあ、本人がそれでいいなら構わない。未散は成績もいい方だ。少しくらいずる休みをしても勉強が分からなくなることはないだろう。
私などは小学生のころから結構こうした理由で学校を休んだ。義務教育なのにどうかと思うが、まあ、匙加減だ。
私が運動会の練習があるので休みたくないと言ったときには、学校に行かせてくれたし。
「あ、未散。嫌だったら断っていいんだからね」
「大丈夫です。私は自分の意志で行くことを選んでいますから」
返答も優等生だ。私は満足して話を終わりにした。
◇
ひかりさんが電車の予約をしてくれている間に支度を整えた私は、道場で愛用の木刀「秋月」を振っていた。
回数よりもしっかりと気を練った上での素振り。
新幹線の中でやった突きもしっかりと復習した。
「いいねえ、いいねえ。未散」
道場にいつの間にか入って来ていたひかりさんが言った。
「あ、すいません。終わります」
「いや、待って。その「秋月」で「光明の太刀」出来る?」
「はい、出来ます。やりますか?」
「うん、やってみて」
本来「光明の太刀」は真剣で行うものだ。刀に気を込めてその刀で魔を斬る。ひかりさんがオヨバズを祓ったときに使った「斬魔一刀」のように斬撃を飛ばすことは出来ず、刀を実際に当てる必要がある。
気を込めると刀身が光を帯びることがあるので「光明の太刀」と呼ばれているが、木刀では真剣よりも出しにくいとされている。
しかし「秋月」なら別だ。ずっと稽古を共にしてきた「秋月」の方が、私の気は込めやすいのだ。
「ふう」
息を吐いて丹田を回す。前後に軽く開いた足が道場の床と繋がる感覚。もちろん膝も意識する。これは今回の私の成長したところだ。
身体の中が熱を帯びる感覚がする。胸から両腕にその熱を通して、さらに「秋月」に込めて行く。順調だ。滞るところがなくて、気持ちがいいくらい。
「魔を祓う一刀是成、光明の太刀」
だんっと床を蹴る。
「いやあっ」
「秋月」が光跡を残しつつ宙を薙いだ。
ひかりさんがぱちぱちと拍手をする。
「見事なもんだよ。「秋月」との相性が抜群なんだろうな。年季もあるかな」
「ええ、戦友みたいなものですから」
「それはいいけど、そろそろ斬魔刀の一本もらって練習を始めた方がいいな」
「え?」
そこまで評価してくれているとは思わなかった。
「成長してるってことさ。さあ、身支度できてんだろ?汗を拭いて、出かけるよ」
「はい」
すごい禍家らしいけど、「秋月」があれば場繋ぎくらいは出来るだろう。いや、ひかりさんが来るまでしっかり繋がなければならない。
愛用の木刀「秋月」を丁寧に拭いて、袋にしまいながら私は決意を新たにした。
義務教育云々の件は、あくまでフィクションであるとご理解ください。




