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物憑き 【武田の素質】

前回に続いて須賀原さん視点です。




「さてと、じゃあ何から話せばいいかな?」


 会社に戻ると応接室には来客があったので、社長室に俺達三人は陣取った。


「お茶でも入れて来ましょうか?」


 武田が気の利いたことを申し出たので、俺も社長もコーヒーを頼んだ。武田はコーヒー三つと茶菓まで持って来た。


 ソファに座りコーヒーを一口。


「まず、武田。もう話の流れで何となく分かってると思うけど、俺は霊が「見える」んだ」

「はあ、それはもう社内ではみんな知ってますから」

「え?ええっ?」

「あ」


 しまったという顔をして武田が口を押さえるがもう遅い。俺は社長を睨んだ。社長がコーヒーを手に目を逸らした。


「社長、しゃべっちゃったんですか?」

「あ、ああ、えーっと。少しだけ。少しだけだよ」

「少しでも困りますって」

「個人的な事情とか依頼したらダメだぞって言ってあるし」

「それは私、知りませんけど」

「ほらあ」

「すまん、すまん。まあ、この話は本題じゃないから」


 きっちり後で聞きますからね、社長。入社の条件、それから俺の話をする条件として、話は門外不出が条件だったはずだ。

 給料上げてもらうぞ。


「必ずですからね。で、まあ、俺は「見える」上に、多少の悪いものも「祓う」ことができる」

「あ、それは知りませんでした。須賀原さんは、霊が見えるんだってくらいの話です」

「な、ほら、須賀原ちゃん」

「ダメですよ、社長。約束は約束ですから」

「ぬうう」


 社長は席を立って冷蔵庫からビールを出してきた。どんと俺と武田の前にも置いた。


「この時間から?」

「社長が許すんだ。飲め、飲め」


 まったくもう。


「あの、私、ビール以外がいいんですけど」

「何い?」

「あ、ビールでいいです」


 武田はビールのプルタブを慌てて開けた。


「乾杯は無しだ」


 社長がぐびっとビールを飲んだ。こんなビールじゃごまかされませんからね。


「で、大事なのは武田が「見える」ことよりも、そう言う類のものに対して耐性があるかどうかだ。そして「祓う」力があるのかどうか」

「何かそれは測定する方法はあるんですか?」

「えっと、武道の経験は?」

「ありません」

「じゃあ座禅を組んだこととか、ヨガとかは?」

「あ、ヨガなら少しやってます」

「ああ、じゃあそのヨガですごく集中した時に、体の芯が温まるみたいな感覚を感じたことは?」

「なんとなく」


 これは見込みがあるかもしれない。社長がいつの間にかわくわく顔で会話を聞いている。ほんとに好きだなあ、この人は。


「それ、今出来る?」

「え、スーツじゃ無理です」

「着替えとか持ってない?」

「会社には持ってきませんよ」


 ここで社長が割って入った。


「ジャージがあるぞ」

「何であるんですか?」

「大掃除用にキープしてあるんだ」

「じゃあそれに着替えてくれるかな?」

「え?本当にここでやるんですか?」


 さすがに武田が戸惑いを隠せない顔で聞いて来る。


「ヨガでそういう経験があるなら、それを見せてもらうのが一番早いんだよ」

「こんなの業務にないのに」


 ぶつぶつと文句を言いつつ、社長に言われた場所にジャージを取りに武田が出て行った。


「な、須賀原ちゃん。脈あり?」

「分かりませんよ、まだ。でも可能性はあります」

「うわあ、やべえな。楽しみ過ぎる」

「あまり期待しない方がいいですからね。「祓う」力まであるのは稀なんですから」

「その稀なのが社内に二人になる可能性があるんだぞ」

「まあ、そうですけど。社会経験も少ない新人なんですからね、武田は」

「分かってるって」


 怪しいもんだ。


 しばらくすると、武田がジャージを着て来た。


「はい、準備出来ました」


 武田がジャージ姿になると学生にしか見えないな。


「あの、ヨガやるとメイク落ちちゃうので、先に落としてきました。すっぴんに近いんで、あまり顔は見ないようにしてくださいね」


 そうは言ってもすっぴんも可愛いので、ついつい見てしまう。メイクはあまり上手じゃないのかもしれない。俺にはすっぴんの武田の方が魅力的に見えた。


「なんだい、須賀原ちゃん、惚れたかい?」

「ちょっと、止めてくださいよ」


 社長が変なことを言うから、武田が赤くなっている。それがまた可愛いと思いつつ、俺は自分の頬も熱くなっていることに気付いた。こんな感情は久しぶりだ。どうも調子が狂って来た。


「じゃあ、そのヨガをしてもらえるかな。集中してじんわりして来るまで。こっちは勝手に観察しているから」

「観察とか」


 むくれる武田がやっぱり可愛い。そもそも武田ってなんて下の名前だっけな。


 武田は床に取り敢えずレジャーシートを敷いてその上でゆっくりと動き始めた。なかなかに身体も柔らかいようだ。気付けばじんわりと汗ばんでいる。

 社長はその姿を肴にビールを飲んでいるが、これってセクハラじゃないか?

 俺はさすがにビールを飲むのはためらわれて、じっと武田を見ていた。


 そしてその瞬間が訪れた。目を閉じた武田の身体からふわっと光が放たれたのだ。

 ちらっと社長を見るが、当然何も気づいていない。


 これで彼女が気を練ることが出来る人だと分かった。どこまで行けるかな?


 光は強弱を変えながら武田から放たれ続けた。ずっと光を放ち続けられるということは耐性があるのは間違いないだろう。だがその強さは「祓う」ところまでは行きそうにない。


 しかしこれは大事なことだ。耐性が無ければ加茂さんについていた豪君のように、あれこれと道具を用意しなければならない。


「ふーっ」


 何だか難しそうなポーズを取って、武田が息を吐いた。その瞬間光が輝きを増した。



「へえ」


 思わず声に出してしまった。これなら見込みがある。上梨君となると手に余る感じがあるが、彼女なら鍛えがいがある。


「須賀原ちゃん、どうなの?」

「見込みありですね」

「おお、すごいじゃないか」

「でも彼女が希望すれば、ですよ」

「え?社長命令でもダメか?」

「パワハラでしょ、そんな業務外の命令」

「ぬうう」


 気付けば武田が俺達をジト目で見ていた。汗が滲んで上気した顔が少し色っぽい。


「もう、いいですか?シャワー浴びて来ても?」

「ああ、いいぞ。メイクも直してこい」


 ああ、それはちょっと残念だ。


「もう、メイクは適当に済ませます。いいですよね?」

「ああ、それがいい」


 思わず間髪を入れずに答えてしまった。武田がきょとんとしつつ部屋を出て行った。


「須賀原ちゃん、惚れたんだろ?」

「ちょっと」

「いいって、いいって。俺、「見えない」けど、そういう男女の機微は結構分かるんだよ」


 怪しいもんだ。





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