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物憑き 【人形】




「エンジン?」


 リビングに通されてコーヒーをご馳走になった。豪君はすっかり加茂さんの身の回りの世話をする家政婦のようだ。


「ああ、エンジンに例えてみよう」


 加茂さんが俺の状態をエンジンに例えて説明してくれると言うのだ。なんで、エンジン?


「上梨君はものすごく強力なエンジンを積んでる。本人の自覚はないがね」


 もうこの辺りは頷くしかない。


「高性能なエンジン程、暖気運転が必要だ。これが正にさっきの君だよ。一度エンジンを止めてしまったので、きちんと動かすまでに段取りが必要だったわけだ」

「それが船漕ぎ運動?」

「そうだ。普段は恐らくつゆりちゃんといることや、合気道の部活に取り組むことで、この暖気運転が出来ているんだろう」

「なるほど」


 豪君も興味津々で聞いている。


「ところが上梨君は普段そのエンジンをローギアでしか使っていないんだ」

「ローギア?」

「そう。ゆっくり走るのにはいいが、瞬発力は無い。それが今回はいろいろな人から刺激を受けて、セカンドギア、サードギア、そしてトップギアにシフトチェンジしたんだ」

「それであれだけのことが出来たと?」

「そう言うこと。しかも高性能エンジンなので、トップギアでも馬力も出てるという状態だよ」

「すげえ」


 なぜか豪君が感心している。そんな目で見られても困るんだけど。


 ここで家のチャイムが鳴った。


 豪君がすっくと立ってインターホンへ取り付いた。何事か来訪者と会話している。


 その豪君が困り顔で戻って来た。


「師匠、本手ほんてさんが」

「本手さん?明日の約束だったよね?」

「ええ、それが、どうしてもって来たみたいで」

「うーん」


 ちらっと加茂さんが俺に視線を送った。


「あ、どうぞ。緊急事態かもしれないし」

「そうかい、すまないね。どうせなら見て行きなよ」

「いいんですか?ぜひ見学させてもらいます」




 道場に通された本手さんは母と娘だった。娘は小学校低学年だろうか。大きめの人形を抱えている。顔立ちが外国人の人形は見た目通り外国製だろうか。


「さて、本手さん。お約束は明日のはずでしたが、いかがしました?」

「加茂さん、お願いします。もう我慢できないんです」


 母親が少しやつれた顔で訴えた。何に我慢できないのだろう。


「しかし、お母さん。こうして娘さんを連れ出してしまったということは、私の処置が無駄になったということですよ」

「わかっていますっ。でもっ」


 話が見えない俺に豪君が近づいてきた。母と娘に聞こえないボリュームで解説してくれる。


「あの人形がどうも呪われてるみたいで、それを持つ娘さんがおかしくなったんだ。師匠が部屋と家に札を貼って、一週間一歩も外に出すなって言ったのに」

「連れ出しちゃったのか」

「一週間で憑りついているものが、弱るんだか、焦るんだか、まあ、肝心なことは教えてくれないけど、たぶんそんな感じ」


 加茂さんが訴え続ける母親に向かって、あからさまに嘆息してみせる。


「娘さんがあなたに罵詈雑言を浴びせるのは、我慢しなさいと言ったでしょう?」

「でも私は娘のためによかれと思ってっ」

「週に7日間習い事に通わせることが?友達と遊ぶ時間を1時間も与えないことが?」

「さ、才能を磨いてあげたいんです。何に才能があるか分からない今は、いろいろな可能性を」

「迷惑だって言ってんだろ、馬鹿親め」


 最後の言葉は娘が発したものだ。しかしその声は少女のそれではない。明らかに成人男性。


 しかし加茂さんも豪君もすでに知っていたことの様で、驚きの表情を浮かべたのは俺だけだった。


「あなたのためを思ってっ」

「無視しなさいと言ったはずですが?」

「で、でもっ」

「娘のことを本気で心配しているのなら、耐えらえるはずなんですがねえ、何を言われても」


 加茂さんがバッサリと斬った。母親がぽかんとして、それからボロボロと涙を流し始めた。


「ぎゃはは、泣け泣け、もうお前の言いなりの娘は帰ってこねえから」


 うーん、少女の顔でそのセリフとその声。怖さよりも、ちぐはぐさしか感じない。


「上梨君は、物憑きは知ってる?」


 加茂さんが泣き崩れる母親を無視して俺に聞いて来る。


「はい、一応。それほど実例の経験はありませんが」

「あの人形に憑いてるんだ。持ち主にこれほど影響を及ぼすこともあるんだよ」

「悪質で強力?」

「いや、大したことはしないが強力」


 そんなパターンってあるのか。


「少々暴れたり、罵詈雑言は吐くがね。人を徹底的に傷つけたり、さらに殺したりする力はない」

「呪いの人形って、映画とかだと結構えげつないですけど」

「ああ、もちろんそういう類のもあるけどね。こいつはそんな力はないよ。日本語話してるだろ?」

「日本人の霊?」

「そうだよ」


 外国製の可愛い人形に、日本人のおっさんの霊か。ますますちぐはぐ感が増すなあ。


「私があれこれ道具を使うのはね。上梨君のような高性能エンジンを積んでいないからだよ。エンジンがそこそこなので、タイヤをいいものに変えたり、車体を改造したり、まあ、そういう努力が必要なわけだ」


 そう言って加茂さんは紐を取り出した。


「しめなわってあるだろう?編まれた紐にも、祓う力は宿りやすいんだ」


 なんと加茂さんは少女ごと人形をその紐でぐるぐると巻いてしまった。


「ちょ、ちょっと加茂さん、何を?」


 泣いていた母親が突然の加茂さんの行動に抗議の声を上げた。


「何をじゃないですよ、お母さん。あなたのうかつな行動のせいでこんな荒療治になるんですからね。大いに反省してください」


 またもバッサリ。


「しかし幸運ですよ、お母さん。今日はここに天才が来ていますから」

「は、はい?」


 母親が俺を見る。明らかに疑っている目だ。


「この彼はね。私よりも祓う力が強い。こういう荒療治になった場合には非常に、そう非常に頼りになりますから」


 ここまで言われたら、出来ませんとは言えないよなあ。人形に憑いているものとか、なーんにも「見えない」んだけど。まあ、縛ってくれたから、憑りついたものも逃げようがないんだろうけど。


「豪君、この前あなたに渡した布。持っていますね」

「あ、はいっ。師匠」


 豪君は布を出して俺に渡した。白布に何やら文字と一つの目のような絵が描かれている。


「顔に付けて。目が前に来るように後頭部で結んで」


 加茂さんが言うように頭の後ろで紐を結ぶと顔が布で覆われた。布が目を塞ぎ、耳を塞ぐ。鼻の前にも垂れている。


「五感を出来るだけ絶って、「見えない」人にも、少しだけ感じることが出来る布だよ」


 そんなものが?


「それじゃ杖を持って、感じたものをドンピシャで突いてくれるかな?そうだなあ掛け声は何がいいかな?」

「掛け声言うんですか?」

「そりゃそうだよ。初めてだろ?言霊の力も借りなくっちゃ」

「はあ、そうですか?」

「じゃあ、豪君ならどうする?」


 加茂さんが豪君に掛け声を考えろと振ったようだ。今、見えないのだ。


「じゃあ、「一撃必殺、除霊爆突き」とかどうすか?」

「はあ、豪君は、センス無いですねえ」

「う、じゃ、じゃあ師匠ならどうするんですか?」

「そうですねえ。「上梨流 豪快激突き」なんてどうですかね?」

「…師匠、同じレベルっすよ」

「え?」


 あのー、もう名前はいいです。


「掛け声は、「直突き」でいいですよ、取り敢えず」

「それじゃ言霊が弱いですから、魔を壊すと書いて「壊魔直突き」あたりにしますか」

「じゃあ、それにします」


 なんか憧れていたけれど、いざとなるとすごく恥ずかしいぞ。


「では、みなさん静かに」


 加茂さんの言葉を最後に道場に静寂が訪れる。縛られた少女も静かにしている。


 杖を手に腰を落として構える。少しずつ杖に気を流し込む。


 閉じた目の視線の先にぼんやりと何かが見える気がする。


 そこに意識を集中すると、そのぼんやりとしたものが黒い毛の絡まった物体のような形を取った。


 これか。


 息をゆっくりと吸う。


 一歩、そしてさらに半歩ほど前へ出る。


「壊魔直突きっ」


 ぐっと杖に気を流し込む。


「しっ」


 息を吐きながら、大きく一歩踏み出して杖を繰り出す。


 ずむっと杖が何かにめり込む感覚と同時に、黒い毛の塊が雲散霧消していく。


「お見事」


 加茂さんの声に、布を取る。


 少女が人形を取り落としている。彼女を縛っていた紐も床に落ちている。


 あ、今更に気付いたが、もし俺がしくじったら、杖が少女に命中してしまったんじゃないか?危ないなあ。


「人形に命中でしたよ」


 豪君が布を受け取りながらニヤリと笑った。いや、ニヤリと笑ってる場合じゃなく。


「お母さん」


 少女が少女の声で母親を呼んだ。母親は泣きながら娘に抱きついた。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 母親は娘に謝り続けた。


 感動の二人に対して、加茂さんはさしたる感情も示さずに、豪君に成功報酬をしっかりもらうように命じると、人形を拾って道場を出て行ってしまった。


 そうか。お金を取るんだよね。



 


本手親子の話は続きません。別の案件がメインストーリーになります。

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