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【閑話】新幹線の男 桐野ひかりと桐野未散

視点は桐野未散です。




「ひかりさん、お弁当食べませんか?」


 私は窓際に座って流れる外の風景を肴に、お酒を飲んでいる桐野ひかりさんに声を掛けた。

 朝一番の新幹線は空席も多いが、ひかりさんのように朝からお酒を飲んでいる人はいない。若い美人が朝から新幹線ですでに二本目の缶ビールを飲んでいる光景はやはり異色の様で、通路を歩いて行く人がひかりさんの方をちらっと見て行くことが多い。


「未散は食べていいから。どうぞ」

「お酒ばかりじゃなくて、食べ物も入れないと」

「分かったわよ、あんた、私の母親じゃないんだからね」


 そう言いながらお弁当を開けたひかりさんは、お弁当のご飯を全部私のお弁当に移してしまった。私もこんなに食べられませんけど。


 結局お弁当のおかずをお酒のつまみにするつもりのようだ。


「朝からそんなに飲んだら、帰ったときに叱られちゃいませんか?」

「ふん、飲まずにいられないっつーの」


 二本目を飲み干してぐしゃっと缶を潰すと、ひかりさんは三本目をビニール袋から取り出した。今回は大変な依頼だったが報酬はよかった。おかげでひかりさんも高いビールを奮発している。


「でもひかりさんのおかげで祓えたって、酒々井さんもおっしゃっていましたし」

「あんなのは社交辞令よ。だいたい須賀原に力を流し込んでもらわなければ、あの一刀もどれだけ効果があったかどうか」

「須賀原さんにそんなに力を入れてもらったんですか?」


 私は見ていただけなので、どれほどの力が流し込まれたのか分からないのだ。


「あいつ、ガチで入れて来たのよ。お経を唱えながらだから、相当ギリギリだったと思うんだ。あー、もうっ」


 すごくひかりさんがいらいらしている。


 その理由はきっと別れ際にその須賀原さんに言われた一言。



『桐野さんは、もう少しきちんと気を練った方がいい。普段も垂れ流しみたいな感じだよ』



 そして、恐らくひかりさんもその言葉を重く受け止めたのだ。


 私から見れば、ひかりさんは超人だった。溢れる気は集中して見ればまるで後光のように輝くのだ。姉のまつりさんを凌駕する才能をもっていながら、姉のまつりさんがそっち方面の仕事を請け負っている間は、裏方に徹していた。

 まつりさんが引退してから、当然のごとくメキメキと頭角を発揮して、女傑なんて言われているらしい。


「私も」

「ん?」

「私もひかりさんや上梨さんみたいな力がもてますか?」

「何?未散も落ち込んでいるわけ?」


 当たり前だ。二人を見ていると、修行とか訓練とかが無意味に思えて来る。もって生まれた才能は一定レベルを越えると、もう反則みたいなものなのだ。


「落ち込んでると言うか、自信がなくなったと言うか」

「それを落ち込んでるって世間では言うのよ」

「分かってます」

「飲む?飲んじゃう?」

「バリバリ未成年ですっ」


 中学生にお酒を進める人ってどうかと思う。いくら鹿児島の女だからって、常識に欠けるのは困る。ましてや私は付き人を命じられている。


「ふん。お風呂で言ったでしょ」

「え?」

「素質だけなら私より上」

「そんなことありません」

「未散、あなた、「光明の太刀」まで出来てるんでしょ?」

「ええ、何とか」

「私、「光明の太刀」が出来たのは18歳目前だよ。中学生で覚えてるあんたに才能が無いわけがない」


 それは初耳だった。もしその言葉の通りなら、私にも少しは見込みがあるのかもしれない。


「それに「光明の太刀」も、斬魔刀じゃないだろう?」

「ええ、普通の刀です」

「だったら、なおのことさ。何ならこの「白虎」で試す?」


 ひかりさんが袋に入った斬魔刀「白虎」を撫でた。恐れ多くて使えるはずがない。桐野家に伝わる斬魔刀四本のうちの一本だ。もう一本入っているのは私が使うための愛用の木刀「秋月」だ。


「あの、上梨さんですけど。あそこで活性化したとか?」

「ああ、そうだね。あいつは全然まだ練ってないんだよ。回してないとも言うけどね。あ、これ美味いな」


 ひかりさんはおかずをつまんで口に放り込みながら言った。


「丹田で気を練るって私たちは言いますけど。チャクラとかですか?」

「ああ、五輪とも言うね。これは須賀原の受け売りだけど、膝、へそ、胸、眉間、頭頂部で回すんだって。まあ言い方や部位に差はあるけど、我々にとっての丹田だと思えばいい」

「へえ、私たちは普段、眉間の上丹田、胸の中丹田、へそ下の下丹田の三つですよね」

「でもほら、構えるときに腰を落として、膝を柔らかくする意識するだろ?」

「しますね。大地を感じろって言われます」

「あの時、実は膝でも気を練ってると言えるだろ」

「ああ、何となく分かります」


 膝のあたりからへそ下腰を抜けて行く感覚だ。


「で、その五輪が上梨はほとんど動いてない状態だったらしい。それが私らから刺激を受けて動き始めたってことみたいだね」

「回っていなかった独楽が、刺激を受けて回り始めたってことですか?」

「何よ、未散。うまいこと言うわね、あんた」

「はあ、まあ」


 買っておいた3本のお酒を飲み干してしまったひかりさんが、後ろに誰も座っていないことを確認して椅子をリクライニングした。


「でも、独楽は刺激を続けて与えないと回転が止まるでしょ」

「酒々井さんのお孫さんがいるじゃないですか。それに酒々井さんも」

「うーん、あれは親和性が高すぎてそういう刺激にならんのさ」


 あくびをしながらひかりさんが言った。もう博多まで寝るつもりなのだろう。酒々井さん達はタクシーで帰ったが、私達はもう一泊しての新幹線だ。ひかりさんはずいぶん遅くまで皆さんと話をしていたようだったから寝不足なのだろう。

 どうせ終点までなので私も寝てもいいが、さすがにまだ朝だ。まぶたは落ちそうもない。


 お弁当を片付けて、ふと顔を上げると、隣の車両から男が入って来るのが見えた。


「あ」


 思わず声を出してしまった。


 男性は思い切り負の気を纏っていたのだ。身体から立ち上る気は青黒い。いわゆる霊とは違う、単純に悪い気だ。少なからずあんな感じの気を発している者は今までも見てきたが、この人はトップクラスだ。


「ひかりさん」


 隣で寝息を立て始めたひかりさんを揺する。男が物色するように乗客を見ながらゆっくりと歩いて来る。


「ん?もう着いた?」

「いえ。あの人、見てください」

「え?ああ、ありゃひどいね。人殺しか、自殺する気じゃないか?」

「どうしましょう?」

「未散が何とかして。私は寝るから」

「え?そんな」


 すがる私の手を振り払って、ひかりさんがまた寝入ってしまった。


「何とかって」


 呟いて袋に手を入れて愛用の木刀「秋月」を握った。いつでも取り出せるように。


 男が何か呟きながら通路を近づいて来る。目だけがギラギラしていて、手には水筒のような物が握られている。


「おい」


 私の二つ前の通路側に座っている男性が話しかけられた。


「足」


 ちらっと見れば、ほんの少しだけその男性の足が通路にはみ出している。そう、ほんの少しだけ。


「何だよ、邪魔になってないだろ。通れよ」


 男性が言い返した。


「俺には邪魔だ」

「はあ?何言ってんだよ。通れるだろ」

「邪魔だ」

「通れよ。引っかかりゃしないって」

「じゃああああああまああああああだああああああっ」


 通路の男が水筒の蓋を開いて、中身を座っている男性にぶちまけた。

 すぐに漂ってくる油の匂い。


「うわっ。てめえっ。何だこりゃっ」


 座席の男性が慌てて液体を払おうとして異常に気付く。


「も、も、も、もももも燃えちまえっ」


 通路の男が手にライターを取り出した。


「うわあっ」


 座っていた男性が逃げるが、窓際に動くことしか出来ない。


 私は木刀「秋月」を手に席を立った。


 ライターに火が灯る。


 男から立ち昇る悪い気が勢いを増す。


 男がにたあっと笑った。



 木刀を上段に構える。



裂帛一閃れっぱくいっせん



 五輪だっけ。



 膝を意識して一瞬にして丹田に気を練る。



「いやあああっ」



 大きく踏み込みながら、ぶんと木刀を振り、ライターを手にしている男の眼前で切っ先をぴたりと止めた。



 びっくりしたような顔の男から、一瞬にして悪い気が消える。



「あ、あれ?」


 男が自分の持っているライターを見る。


「消してください」

「あ、ああ」


 男がライターの火を消した。


「てめえっ」


 油を掛けられた男が立ち上がって、通路の男の胸倉を掴んだ。


「あ、あれ?」

「この人殺しがっ」


 油を掛けられた男に、ばきっと拳で顔面を叩かれて、通路の男がシートに倒れ込んだ。


 そう言うことをするとまた悪い気が溜まってしまうんだけどなあ。


 私は席に戻って木刀「秋月」を袋にしまった。


 取っ組み合う男達を誰かが連絡したようで、乗務員が車両に入って来て止めた。

 駅に滑り込んで、さらに駅員も入って来て、二人とも車両から連れ出されて行った。幸い座席には油は零れていなかったようで、新幹線は少し遅れてその駅を出ることになった。


 鹿児島に着いて、ひかりさんを起こして新幹線から降りた。


 連れ立って歩く私とひかりさんに、外国人親子が話しかけて来た。


「You , so wonderful」

「えっと?さんきゅー」


 綺麗な私と同い年くらいの娘さんが褒めてくれた。それを見守るお父さんはニコニコ顔だ。二人は手を振って去って行った。何なんだろう。


「後ろの方の席に座ってた親子だね」

「あ、気づいてたんですか?」

「まあね。男がライターに火をつけた時にね」

「え?見てたんですか?いじわるだなあ」

「可愛い子には旅をさせよってね」

「んもー」


 軽口を言いながら外国人親子を見送るひかりさんの視線が、少し厳しいような気がした。





しばらくぼちぼちと閑話を書きます。登場人物のキャラを立てたいのです。

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