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オヨバズ 完結編 【代償】




「堂神だけどね。分かってると思うけど、驚くんじゃないよ」

「驚く?」


 朝食のために食堂に向かうエレベーターの中でおばあさんが俺達に釘を刺した。


「なんだい、聞いてないのか。須賀原と桐野が説明したって言ってたのに」

「呪詛の話は聞きましたけど」


 エレベーターから降りてもおばあさんは食堂へ足を進めなかった。俺達も横に並んだまま。


「上梨君、つゆり。堂神、いくつに見える?」

「おばあさんより少し年下かなと」

「60歳以上だと思うけど」


 おばあさんがじろりと俺達を見た。


「あれはね、まだ40代のはずさ」

「え?」

「嘘だあ」


 ゆっくりとおばあさんが足を踏み出した。


「使役霊を使うのは聞いたし、見たね。あれはもろ刃の剣なのさ。特に今回みたいに祓うのに失敗した時は、堂神にとってはすごいリスクとなるのさ」

「逆にあっさり倒せればリスクは少ないと?」

「そう。だから堂神を見ても驚いちゃいけないよ」


 肝心な部分が分からないんだけれども。つゆりと顔を見合わせながら食堂に入る。


 すでに堂神の3人組は隅のテーブルで食事をしていた。


 つゆりが俺の手をぎゅっと握って来た。


 堂神のテーブルには、男女の若者と、老婆が座っていたのだ。







「あれが、リスクですか?」

「ああ、そうさ。特に今回は失敗したからね」

「今日も失敗したら、その」

「死ぬかもしれないね。その時のために堂神はいつも次の候補者を連れているのさ」

「そっちに悪霊が移るんですか?」

「それが呪われた血ってことさ。さあ人を気にしてる場合じゃないからね。しっかり朝ごはんを食べるんだよ」


 そんなことを言われても見た光景が衝撃的過ぎて食欲が一気に減退してしまった。

 上梨は切り替えたみたいで、また温泉卵を二つ持って来て卵かけご飯を作っている。


「うー」

「ん?どうしたつゆり」

「どうもしてない。お腹減ってるもん」

「あ、うん」


 食ってやるー。もりもり食ってやるんだからねー。




 加茂さんが袋に入れた石を返してくれた。


「うまくメンテナンスできたと思うけど」

「ありがとうございます」


 「破魔」の石を取り出して手に握ってみる。うん、大丈夫。いったいどんな手段を使ったのだろうか。これが終わったら聞いてみよう。


 食事が終わるころ、また町長さんと支配人が現れた。この後打ち合わせをしたいと言うので、私はスイーツをもう一つ追加で食べることにした。


 上梨はまだウィンナーをぼりぼりと齧っている。昨日あんなに食べたのに。まあ、夜も運動したけれど。


 思い出すと顔が赤くなりそうなので、思考を飛ばす。


「ねえ、おばあちゃん。私も九字って使えるの?」

「ん?どうしてだい?」

「昨日上梨が井出羽の人達にお風呂で教えてもらったんだって」

「そりゃつゆりにも祓う力があるから使えないことはないけどね」

「けど?」


 おばあちゃんがお茶を一口飲んだ。


「つゆりには石があるだろう。まずはそれを使いこなすことだよ。その上で九字も使えるに越したことは無い。そういうことだ」

「ふーん。そうかあ。上梨が使うことはどう?」

「今までは手拍子だろう?あれはあれで場を全部祓ってくれるからいいもんだよ。九字は相手が「見えない」と使い勝手は悪いだろうしねえ。「開眼」で「見える」ようになっているなら、かねえ」


 なるほど、いちいち納得させられてしまう。


「では、そろそろ、よろしいでしょうか。まだお食事中の方はそのまま聞いてください」


 支配人が話し出した。上梨は「やべ」とか言って慌ててコーヒーを取りに行った。恥ずかしいよ、上梨。


「どうか慌てずに。実は着手金としてお約束していた10万円、そして成功報酬としての100万円なんですが」


 支配人さんが町長さんを見る。


「値切りかい」


 小さく舌打ちして桐野さんが言う。やれやれとおばあちゃんや須賀原さんが嘆息する。こんなことはよくあるみたいな雰囲気だ。


 町長さんが立った。


「着手金として50万円お支払いします。その、まさかこんなことになるとは思っていなくて。申し訳ない」


 値切りの逆だった。どういう意味だろう。町長さんの視線の先を見て理解できた。堂神さんが一気に老け込んでしまったことに驚いたのだろう。


「そして成功報酬は100万円、そのままお支払いします。どうか、よろしくお願いします」

「なんだいそりゃ」


 桐野さんが拍子抜けしたように小さく言った。


「うちは10万円のままでいいよ。差額は堂神にあげとくれ」


 おばあちゃんが言った。堂神さんがきっとおばあちゃんを見る。すごく老け込んだのに、目だけはギラギラしているように見える。


「情けかい」

「いやいや、うちはこれを商売にしていないからね」

「偽善者ぶって」

「いらないなら返すだけさ。いらないのかい?」

「いる」


 上梨が吹きそうになるので、机の下で足を蹴った。やめてよ、上梨。


「それから加茂様から申し入れがあった小型のこけしですが、これでいいでしょうか?」


 支配人が袋から小型のこけしをごろごろと出した。


「ありがとうございます。それで結構です」


 加茂さんが答えた。


「こけし、使うんですか?」


 上梨が堂々と聞いちゃったので、話が止まってしまった。なんだか今日の上梨は恥ずかしい。堂々とし過ぎている。


「ああ、用意した分では足りなくなりそうなんだ。こけしはね、お土産物の工芸品でもあるけれど、「子供を消す」と書いて「子消し」とする土地もあるんだ。人減らしで赤ちゃんを堕胎することは昔から結構あってね。その鎮魂に使われていたんだよ、実は」

「そんなことあるんですか?聞いたこと無いですけど」

「いや、歴史上には正式な記述はもちろんないよ。何しろ非人道的な行為だからね。忌避して誰も文献になど残していないのさ」

「でも加茂家は知っている?」

「そう、いや、まあ、うちだけじゃなく、たぶんここにいる人はみんな知ってる」


 おばあちゃんを見るとゆっくり頷いた。


「あ、すいません。続きどうぞ」


 上梨が支配人に話の続きを振った。


「あ、はい。えーっと何だっけな」


 支配人も加茂さんと上梨の会話に聞き入ってしまっていたようだ。町長さんに囁かれて思い出したようだ。


「ああ、テレビ局のスタッフが泊まっているホテルが分かりました。街道沿いのラブホテルでした。3泊4日分を3部屋押さえた変な客がいて、最初はアダルトビデオの撮影だと思ったそうです」


 まさかのラブホテルだった。道理でなかなか所在が掴めなかったわけだ。


「ラブホテルの従業員によれば、昨晩は戻ってきていないとのことでした」


 メンバーが顔を見合わせ、緊張感が場を満たす。


「まさか山に入ったんじゃないだろうね」

「山道の入り口は夜通し人を置いて監視していましたから、少なくともあそこから入ってはいません」

「他のルートですかね?」


 加茂さんが地図アプリを起動して確かめている。


「道はあの一本だけだ。さほど険しい山ではないが、斜面を登るのは困難だと思うがなあ」

「確かドローンの操作を川辺でしていたね?」

「あ、小川を遡上すればいいのか。地図では表記がないけれど」


 小川と聞いて町長さんと支配人が何やら話し始めた。


「あります。小川が。でも人が歩けるかと言えばそんなことは無いと思うんですが」

「それでも山の斜面よりましでしょう。準備を急ぎましょう。きっと人目を避けて夜明け前にトライしたはずだ」


 加茂さんがそう言って、支配人もそれを了承して打ち合わせはお開きになった。


 集合は1時間後の9時となった。


「もう1回温泉入れるな」


 上梨が余裕たっぷりなことを言う。確かに私たちは着替えくらいしか準備が無いけれどさあ。


 なんだか上梨が急に大物に見えてきた。





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