表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/139

鬼退治 【赤だししじみ汁】

前半は酒々井つゆり。後半は須賀原さんです。




「なんだかいろいろ増えちゃったね」

「まったくだよ」


 ホテルの部屋に戻った上梨がため息をついた。


じょうの振り方、勾玉、さらに不動明王の面だもんね」

「大盛り過ぎるだろ?」

「うん。そうね」


 ベッドに大の字になる上梨がさすがに疲れを隠せない。


「何か食べる?飲む?」

「うーん。確かに小腹は空いちゃったけどなあ」

「この時間に食べると太るもんねえ」

「まあ、十分すぎるほどカロリーを消費していると思うけどなあ」

「上梨は杖、振ってたもんね」


 上梨が大の字から横向きに体勢を変えてベッドに座る私を見た。


「おやあ、つゆりさんは運動が足りないようですねえ」

「だーめ」


 私は上梨の言いたいことを察して言った。


「桐島文太さんに今日は控えろって言われたでしょ」

「ああ、まさかあんなこと言われるとは思わなかったな」


 確かに私もびっくりした。年配の方だからそういう話題を口にするとは思っていなかったこともある。


「中学生もいるのに、よろしくないよねえ」

「確かに。ま、未散ちゃんも平然と聞き流していたけどな」

「日頃からセクハラ発言多いのかもね。あんな風に見えてセクハラ親父なのかもよ」

「そうは見えないけど」


 上梨が私の言葉に思わず吹き出した。


 よかった。少しは元気になったみたい。


「あ、ねえ。しじみ汁は?」

「え?」

「お土産にって買ったしじみ汁。インスタントの」

「ああ、でもおばあさんにもって買ったんじゃ?」

「20食セットだもん。ここで食べても平気だよ」

「そうかあ。まあ、確かにそれくらいならって思うな」

「でしょ」


 私はベッドから立ち上がって荷物の方へ向かった。


 宍道湖のしじみの赤だし味噌汁の20食セットを買ってあるのだ。包装紙を開いて中のビニルを開封して1個取り出す。


「もう夜だから、私とシェア。オーケー?}

「もちろんオーケー」


 上梨が嬉しそうに笑った。


「あ、器がないや」

「買ったマグカップは?ペアで買ったから半分こでちょうどじゃない?」

「なるほど、さすが上梨」


 私は再び荷物のところへ戻った。


 松江の窯元の製品のマグカップをペアで買ったのだ。ひとつは灰色がかった青色。もう一つは黄色。どちらも味わいのある色あいだ。ほとんど一目ぼれな感じで買ったものである。


 二つを取り出して一度洗っておく。お湯を部屋に備え付けの湯沸かし器で沸かす。マグカップに固形のインスタント味噌汁を二つに割って入れる。少し大きい方を当然上梨のマグカップに入れた。


「ごめんね。やってもらって」

「何よ。上梨は杖振ってたんだから休んでて」

「惚れ直します」

「軽いぞ」


 そう言って上梨を見るがにやけまくっている。何よ、本当に。


「そう言えばさ」

「ん?」

「ずっとあのぶんって振るの練習してたでしょ?」

「してたね」

「最後になんか順番にいろいろやってたじゃない?」

「ああ、あれは杖の型を一通りやったんだよ」

「突いたり打ったり振ったりだよね」

「そうだよ。何か気になった?」


 とすっと上梨のベッドに座ると上梨がすぐに腰に手を回して来た。あ、もうほんのり流れ込んでくる。


「なんかね。上梨が踊ってるみたいに見えた」

「踊ってる?」

「うん、舞いを舞ってるみたいで、綺麗だなあって思った」

「そんな感想を言われると思わなかったなあ」

「惚れ直しました」

「軽く、はないみたいだね」

「私はいつも本気ですよ」


 お湯が沸いたので立ち上がる。上梨の手が名残惜しそうに腰にすがってくることすら、なんだか嬉しい。


「うわ、美味しそうっ」


 お湯を注ぐと湯気が立ち上り、それがもうとっても美味しそうな匂いだった。


「赤だしの匂い、いいね」


 上梨のところまで届いたみたいで上梨が身体を起こした。


「お箸が無いからティースプーンね」

「贅沢は申しません」


 上梨にマグカップとティースプーンを渡す。少年のような輝いた目でマグカップを覗き込んでいる。可愛いなあ。


「いただきます」

「いただきます」


 ベッドに座って食べるのはマナー違反かもしれないけれど、許して欲しい。


「うわ、うまっ」

「おいしー」


 しじみ汁、超美味しい。


「インスタントでこの美味しさは反則だなあ」

「最近のインスタントはあなどれませんなあ」


 美味しいものを食べると笑顔になる。それが大好きな人と一緒となればなおさらだ。


「はー、なんか元気出たなあ」


 半分こだけど、しじみ汁を私達は堪能した。おばあちゃんに食べてもらうのが楽しみになった。


「追加で買って帰りたいね」

「通販でお取り寄せしよう」

「そうだね。荷物増えちゃうもんね」


 マグカップとティースプーンを洗って置いておく。


「小腹もふくれて、元気になりました」


 上梨が両手を広げてベッドから私を招いている。


「えー、そのためにしじみ汁食べたわけじゃないんだけど?」

「それとこれとは別」

「別なのか」


 別なら仕方ないわね。


 私は上梨の両手にゆっくりと包まれた。


 もちろんキスは赤だしの味だった。







「喉の具合はどうですか?」

「ああ、ありがとう」


 武田がお茶を入れてくれた。それを受け取って一口。


「調子はいいよ。理由はたぶんあの二人が来たからだと思う」

「そうなんですか?」


 仕事もしないといけないので作業をしていたタブレットを閉じた。


 武田はベッドに座ってお茶を飲んでいる。


「前にも言ったと思うけど、実力者が揃うと、「回る」感覚があるんだよ」

「ああ、言っていましたね」

「相性もあって、逆効果な時もあるけれど、あの二人はいい影響があると思う」

「何にせよ、良かったです」


 武田が笑った。素敵な笑顔だ。


「武田はどう?体調は?」

「私はいつでも元気です」

「それは知っているけれど」

「ああ、でも略拝詞が自然に出るなあとは思っています」

「ふむ。確かにすごい上達しているし、効果もてきめんだよ」

「え?そうなんですか?」


 そう言えば武田本人には言っていなかったか。


「光明真言もそうだけど、言葉には意味がある。ただの音として発するのと、意味を分かって発するのでは全く効果が違う」

「ええ、それは教わりました。私にそれが出来ていると?」


 私は深々と頷いた。


「出来ている。最初こそ言葉だけなところがあったのに、今日はすごい効果が出ていた。おりんのタイミングも完璧に近いと思う」

「うわあ。今、めっちゃ褒められてますね、私」

「うん、褒めている」

「なんか嬉しいです。お役に立てて」


 その言葉に気付いた。


「そうか。武田は俺の役に立ちたいって言う思いなのか」

「ええ、もちろん」


 屈託ない笑顔がまぶしいと感じてしまう。


「まあ、それでもいいか。本当は依頼主のことを思ったり、霊に対しての思いを乗せたりするんだけどね」

「あ、それもそうですね。私のは邪道ですか?」

「いや、全然。あの二人もそういうところがあるから」

「そうなんですね」

「うん、特に上梨君は元々「見える」タイプじゃなかったから、酒々井さんに対する思いが強いと思う」

「彼女を助けたい。彼女の役に立ちたいって思いですね?」

「そう。それであれだからすごいよなあ」


 あの杖との相性も抜群な気がする。桐島家のことを例に出すまでもなく、道具との相性は大事だ。


「でも私もすごいですよね?」

「ああ、そうだね。恐らく武田も「回っている」状態に近いんだと思うよ」

「やっぱり好きな気持ちは大事ですね」

「うえ?」


 変な声を出してしまった。


「先輩は私のこと好きではありませんか?」


 まっすぐ見つめられたが、はっと武田が目を伏せた。


「すいません」

「いや、謝ることじゃないよ。もちろん可愛い後輩だと思っている」

「可愛いかはさておき、後輩ですか。やっぱりそこからは出ないんですね?」


 今夜の武田はぐいぐい来る。


「正直に言おう」


 身体もしっかりと武田の方へ向ける。


「その明るさが好きだ」

「うひゃ」

「その元気が好きだ」

「きゃあ」

「まだ自分の気持ちをしっかり整理出来ていないところはあるが、間違いなく一人の女性として魅力を感じている」

「あ、もういいです。なんか苦しくなってきました」


 武田が真っ赤な顔をして手を振った。


「交際を申し込みたい気持ちはあるが、まだ気持ちの整理がついていないんだ。すまない」

「あ、もう、本当にストップで」


 え?


「な、なんで泣いているんだ?」

「もうストップで」

「な、なんか変なことを言ったか?」


 武田がベッドから立ち上がってバスルームの方へ行ってしまった。


 傷つけるようなことを言っただろうか。


 少し冷めてしまったお茶を啜った。


 これ、追いかけた方がいいのだろうか。





お前達、このお話のジャンルを分かっているのか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 今頃鬼と幽霊が地面を殴ったりその辺のゴミ箱蹴っ飛ばしてますわww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ