鬼退治 【片手技、十連羅斬、そして光明真言】
つゆり視点、そして上梨視点です。
「祓えた?」
部屋に満ちた静寂を破ったのは上梨の言葉だった。
はっと我に返る。
「えっと」
実を言えば自分で放った「破魔」の威力がすごくてびっくりしていたのだ。
その分身体からごっそりと気力が抜けて、上梨が後ろから腕を持って支えて、さらに少しずつまだ流し込んでくれていなければ、膝を折っていたかもしれない。
「すまない。こちらからは見えなかった。どうだったかな?」
須賀原さんが不動明王の面を外しながら言った。汗びっしょりだ。
未散ちゃんを見るが、彼女も首を振った。
「すいません。あまりの威力にびっくりした方が大きくて、鬼の状態をはっきり見られませんでした」
「あ、あの」
ここで武田さんが手を小さく上げた。
「見えた?」
「たぶん」
須賀原さんの言葉に武田さんが頷いた。
「すごい光で、鬼の表面がぐずぐず崩れて、そしたら身を翻して出て行ったように見えました」
「逃げたのか」
「むう」
後ろから支えてくれている上梨を首を捻って見て、そして頷いた。
「もう大丈夫?」
「うん。ありがと」
そうやり取りをして、ふうを息を吐いた。
「ダメージが足りなかった。もう少し予め弱らせる必要がある」
「または逃がさない工夫、ですかね」
上梨の言葉に須賀原さんが頷いた。
「いや、しかし」
須賀原さんが汗を拭きながら言った。
「二人ともすごいね。どうしちゃったの?」
須賀原さんは未散ちゃんと私を交互に見た。
「私は、やっぱりこの「青龍」のおかげだと思います」
未散ちゃんが斬魔刀を鞘に入れて言った。
「私は、えっと、上梨のおかげかなあ?」
今回のすごい「破魔」の威力の理由には心当たりがそれしかない。
「え?俺?いつもと同じつもりだけど?」
「そうなの?いつもよりいっぱい流し込んだとか?」
「いや、するする入るけど、いつもと同じのつもり」
「じゃあ、なんでか分かりません」
もう素直に言うと須賀原さんが笑った。
「もしかしたら、未散ちゃんの影響もあるのかもしれないね」
「私ですか?」
今度は未散ちゃんがきょとんとした。
「以前、「オヨバズ」の時に上梨君がチート級の働きをしただろう?」
私と未散ちゃんが頷いた。上梨本人は少し困り顔だ。あらやだ。なんか、可愛い。
「あれと同じことが私に?」
「おそらく、未散ちゃんにも起きている気がする」
須賀原さんの言葉に未散ちゃんは一瞬首を傾げて思案し、そしてすぐに頷いた。
「「青龍」に気が入って行く方にばかり気持ちが向いていましたが、確かに気を練る時に、いつもよりも力が増している感じはしていました」
「うん、それだよ」
ああ、確かに私も石に気を流し込むときに、いつもより力が出ている気はしていたように思える。
「どういうことなんですか?」
武田さんが言った。しかし須賀原さんはそれに答えず、亜世さんを見た。
「今日はもう来ないはずです。もしかしたら二度と来ないかもしれないのですが、まだ分かりません。明日、もう一度よろしいですか?」
見れば亜世さんは初めて「見えた」ことで茫然自失に近い状態だった。
でも須賀原さんの言葉にはっと我に返って、しっかりと頷いた。
須賀原さんは満足そうに頷いて、そして私達はホテルに引き上げた。
◇
「そうか。まずは追い払えたか」
集まったのは桐島文太さんの部屋である。昼間に見た時よりも顔色がよくなっている気がする。
「未散ちゃん、よくぞあそこまで短時間で斬魔刀にアジャストさせましたね、文太さん」
須賀原さんが言うと文太さんは満足そうに頷いた。
「実を言えば気の入れ方を木刀と同じようにしていたんだ。それに気付いてアドバイスをして、後は未散の才だな」
「そうなんですか?斬魔刀を伝授した時にレクチャーしなかったんですか?」
須賀原さんの疑問ももっともだ。俺も疑問に思った。おそらくつゆりも。
「教導役があえて教えなかった可能性がある。すまん。この辺りは微妙な話になる」
「分かりました」
須賀原さんが引き下がった。
「で、酒々井さん。あなたの石は明日には使えるか?」
「ええ、たぶん。大丈夫だと思います」
使い方次第で一日経っても使えないこともあるらしいが、今回は石がすっきりしているとつゆりが言ってた。それはつまり明日の晩には使える状態に戻っているだろうと言うことだ。
つゆりの言葉に文太さんが頷いた。
「では、明日が正念場だな」
やっぱりそうか。
「今回は正攻法でぶつかりましたが、同じではまた逃げられる可能性があります」
「うむ。工夫が必要だな」
須賀原さんの言葉に文太さんも頷いた。
「上梨君」
「はい」
急に文太さんに振られてびっくりした。
「銀之助から聞いたのだが、君の家系はやはり特殊な職業が入っていると?」
「ええ。今回分かったことですが」
「ふむ。合気道部だったな?だから杖を?」
「あ、いや、これは預かりものです」
「加茂さんのところのです」
須賀原さんが言葉を挟んだ。
「なるほど。今回は、突きか?」
「ええ」
「確かに腰の入った杖の突きは強力だ」
「はい、だと思います」
「合気道での一連の杖の所作は身に着けているんだな?」
「上手に出来るかどうかは別にして、一応」
「ふむ。そこ、ちょっと空けて」
文太さんが須賀原さんと武田さんを移動させ、スペースを作った。
「片手遠間打ち、出来るか?」
「はい」
なんだかもうやらないといけない雰囲気だ。つゆりに少しだけ苦笑いを見せつつ杖を持って構えた。
突きの構えから一歩引いて杖を担ぐ。
そこから一気に杖を振って斜めに打ち下ろし、それを左手で受けた。
あ、結構スペースぎりぎりだった。危なくテレビ画面を破壊するところだった。
「そこから片手下段返し」
左手に収めてからの下段返しは難しいのだが、一応こなして見せる。
「上出来だ」
「これを使えと?」
「そうだ。突きは強力だが攻撃としては単純だ。相手の鬼もそれに備えるはずだ。命中させたときに腕に衝撃が無かったか?」
「ありました。すごく」
「そうだろう。つまり、上梨君の突きは強力だが、相手に読まれている。そこで今の片手技を使う。まともに攻撃を通せば、君ならば相当なダメージを入れられるはずだ。そしてそこに未散と君の突きをお見舞いするんだ」
そう簡単に言わないで欲しいとも思うけれど、なんだか出来そうな気も少しするから不思議だ。
「斧はどちらの手に持っていた?」
「右です。右利きでした」
「ならば次は未散が左、上梨君が右だ。未散が仕掛けろ。注意を引いた隙に一撃を上梨君がお見舞いするのだ」
「はい」
「はあ」
未散ちゃんはしっかりと返事をするが、俺は少し微妙な返事になってしまった。
「何よ、上梨」
いつの間にか傍に来ていたつゆりに腰をつんとされた。
「いやあ、あまり素振りでもやらない型だからさあ」
「あ、そうなんだ。確かに見たことないね」
「広い場所も必要だから、家でもやらないし」
「自信ないわけね」
「今から鍛錬したまえ」
やりとりを聞いていた文太さんが言った。
「まだ体力に余裕があるだろう?」
「ええ、まあ。大丈夫です」
「今夜は二人の楽しい夜はお預けにして、鍛錬でとことんやってみるといい」
「な」
文太さんの言葉につゆりが絶句した。
「未散。「十連羅斬」使えるか?」
「いえ」
「ならば覚えろ。今夜中だ」
「え、ええっ」
未散ちゃんが絶句した。
「文太さん、大丈夫なんですか?明日に備えて休息することも大事だということはありませんか?」
二人が絶句したのを見て、須賀原さんが言葉を挟んだ。
「須賀原の」
「はい?」
「光明真言唱えられるな?」
「あー、えーっと」
須賀原さんの視線が彷徨う。何のことだろう?つゆりを見るが彼女は小さく首を振った。
「陀羅尼を唱えろとは言わない。光明真言ならば行けるだろう?」
「唱えるだけなら行けますが、ちょっと私には荷が重いと言うか」
「何を腑抜けたことを言っている。チャクラは回っているのだろう?」
「そりゃまあ、この二人が来た上に、未散ちゃんもフル回転のようですし」
どうも二人以外話が分かっていない。いや、銀之助さんはニヤニヤしているから分かっているみたいだ。
「説明がいるかい?」
俺の視線を感じて銀之助さんが言った。
「出来れば」
「よろし?」
銀之助さんが文太さんに視線を送り、文太さんは頷いた。
「真の言葉と書いて真言。これは知ってる?」
「真言宗とかの真言ですよね?」
「そう。真言は簡単に言うと短いお経みたいなものだよ」
「お経なんですか」
「ただし梵語、つまりサンスクリット語をそのまま読む」
「へえ」
知らなかった。お経って全部般若心経みたいに漢字なのかと思っていた。
「その長いのが陀羅尼。まあ、あまり違いはないと定義されてもいるけれど」
銀之助さんがスマホを操作してその梵字で書かれた光明真言を見せてくれた。見慣れない記号のような文字だ。
おん あぼきゃ べいろしゃのう
まかぼだら まにはんどま
じんばら はらばりたや うん
それを銀之助さんが読み上げた。
「ちゃんと意味を分かって、気を込めて読むことですごい力を発揮するはず。ですよね?」
「そうだ」
文太さんが頷いた。
「だそうです」
「知っています」
銀之助さんが須賀原さんに言うと、須賀原さんは大きく嘆息しつつ答えた。
なんだか大変そうなことを頼まれたのだと言うことは分かった。
これは自分もしっかり片手技の鍛錬をする必要がありそうだ。
つゆりを見るとにっこりしてきた。こいつ自分は鍛錬しないからって余裕の表情じゃないか。
「では。早速練習してきます」
俺は杖の入った袋を持って部屋を出た。つゆりは飲み物と汗拭き用のタオルを取って来てくれるそうだ。
やるしかないな。
この話、長いなあ。




