鬼退治 【開眼】
後半は加茂さん視点です。
「では私の腕を掴んでください」
「は、はい」
私の左腕を依頼人である亜世さんが掴んだ。反対の右腕はすでに上梨が掴んでいる。
手の中には石。
「では、行きます。普段見えないものが「見える」ようになるわけですが、慌てないように」
「はい」
もうさっき説明したことだ。私は頷いて手に気を流した。
あ、上梨が少し流し込んでいる。
ちらっと上梨を見るが平然とした表情だった。無意識なのかしら。
「開眼」
石が光を帯びて部屋を照らした。
「はい」
「これで?」
亜世さんがきょとんとしている。
「はい、これで「見える」ようになっています」
「そうなんですか」
まあ、今は何も変わらないだろうから半信半疑なのだろう。
亜世さんにはまたベッドに戻ってもらう。
「さて」
「須賀原さん、その面が?」
「そうだよ、桐野家からの借り物」
上梨が須賀原さんがつけようとしている面を見て聞いた。最初は鬼の面かと思ったら、不動明王なんだって。
すごい迫力のある面なのよね。夜道で見たら腰抜かしてちびっちゃいそう。
「すごい迫力ありますよね。力も?増幅ですか?」
「攻守両方って感じかな。この面を借りてから明らかに喉への負担が減った気がするし、お経の効果も増していると思う。まあ、奴にはどれほど効いているか疑問だけど」
「なるほど」
「付けてみるかい?」
「いえ、僕はこれで」
上梨が杖を手に言った。
「加茂さんのところのだよね?」
「ええ、これも借り物です」
「借り物なの?」
「はい」
「なんか電話で話した時には渡す相手がやっと見つかったとか言ってたよ」
「え?そうなんですか?」
上梨はてっきり借り物だと思っているけれど、加茂さんはあげたと思っているのかしら?
「うーん。まあ借り物ってしといた方が丁寧に扱うからかもねえ」
そう言って須賀原さんが笑って、面を被った。
はっと時計を見る。そろそろだ。
上梨がすっと私の前に立った。
ああ、見えた。
あれが元カレか。しかし部屋に入るのに戸惑っているように見える。
「笹の効果だな」
須賀原さんのくぐもった声が聞こえた。
なるほど、いつもよりもこの部屋は霊にとって入りにくい部屋になっているわけか。
それでもぐうっと元カレが部屋に入って来た。
亜世さんもそれを見つめている。
そして元カレがベッドの脇に立った。亜世さんと見つめ合っているように見える。
元カレの口が動いた。ああ、確かに「あよ」と言っている口の形だ。
それを見て亜世さんが涙を流した。元カレの表情に変化はない。言い終えて満足したのか、元カレが去ろうとする。
しかし元カレはふと立ち止まり私達の方を振り返った。
何?
元カレの口が動いた。
「あよ」と。
◇
「おや、誰かと思えば加茂じゃないか」
「ご無沙汰しております」
私は目の前の老婦人に対して深々と頭を下げた。
「こんな夜に何の用だい?老人は早寝なんだがね」
「申し訳ありません」
「ここじゃ何だ、上がりな」
「いえ、すぐに済みますから」
中に招こうとする老婦人、酒々井家の御大に手を振って断った。
「近くに案件がありましてね。たまたま寄っただけなんです」
「嘘おっしゃい。加茂家がそんな暇なもんかね」
「いやあ、最近はよく働いてくれる弟子も出来て、楽をしています」
「いいから用件を言いな」
見かけは普通の老婦人だが、その佇まいはきりりとしていて、気力にまだまだ満ち溢れているように見える。これでほぼ引退しているというのだからもったいない。
「上梨君と、お孫さん、鬼退治に行っていますよね?」
「だから何だい?」
「そんな感じなんですか?相手は鬼でしょう?」
「そうらしいね」
「そうらしいって。手強い相手だと思いますが?」
「ああ、手強いだろうね」
鬼相手に可愛い孫とその彼を送り出してこの表情なのか。
「倒せると?あるいは祓えると?」
「あんた、そりゃ相手を見ていないんだから何とも言えないさ」
「それなのにその落ち着きなのは、余裕ですか?彼らのポテンシャルを信じていると?」
「うーん、やっぱりあんた上がりな。その後ろで隠れているつもりの男も一緒に」
「あー、すいません。では上がらせていただきます」
そして後ろを振り返った。
「車で待っていてください。いいですね」
「はいっ、すいませんっ」
「オヨバズ」の一件で面識はあるが、この話の場に同席させるほどの彼ではない。
「須賀原さんが手を焼いている相手だと聞きました」
「そうらしいね」
お茶を頂きながら話を続けた。
「桐野家の応援を頼んだけれど、来たのは桐野ひかりではなくて、まだ中学生だとか。斬魔刀を伝授されたばかりの」
「あんた、地獄耳だねえ。ああ、さては銀の字だね」
「そこはまあ」
すぐに察する御大もすごいと思うが。
「文太さん、ご存じですよね?」
「桐野家の付き人だろう?ああ、知っているよ」
「彼の木刀が粉々に砕けたそうです。彼はこれで引退決定だとか」
「なんとまあ」
全然返事に危機感が無い。
「御大。私は上梨君の才を買っています」
「なんだい、藪から棒に。それに御大はやめとくれ」
「お孫さんも才能豊かであるのだと思います。しかし上梨君はそれの上を行く。いや、私は彼が日本で一番の実力の持ち主になると踏んでいます」
「大きく出たねえ」
「そう思いませんか?」
「ま、これから次第だね」
私は大きく頷いた。
「そうです。これから次第です。だからこそ今、鬼を相手に何かあっては」
「加茂の」
びしりと御大が言った。その言葉に一気に飲まれ、自分の言葉は止まった。
「私はね、上梨にこう言ったことがある」
御大がお茶を一口飲んだ。
「何かあったらつゆりを捨てて逃げな、とね」
自分が息を止めていたことに気付いた。ゆっくりと息を吐く。
「それはひょっとしてあの「オヨバズ」の時ですか?」
「そうだよ。そして彼のとった行動を覚えているかい?」
覚えているとも。目の前で見たのだ。
「彼は、つゆりさんを逃がし、足止めをしようとしていたあなたを助けに戻りました」
「そうだよ。はは、あれにはあきれたね」
あきれたねと言いつつ、とても嬉しそうに御大が笑った。
「そして私はあの時確信めいた思いを持った」
口を挟まずに頷いて続きを待った。
「困難や逆境に身を置くと、驚くほど成長する者がいる」
「それが彼だと?」
「あの一件での成長は異常だよ。常軌を逸していると言っていい。世の人々が毎日毎日必死に鍛錬して身につけた技を一夜で習得し、それを当人以上に上手にやってしまうんだよ」
「確かにそんな場面もありました」
「まあ、あの時は強者が揃っていていろいろ回りまくっていたからね。一時的なものだったけれどね」
今回もそれだと言うのだろうか。
「あの時は御大もいました」
「だから御大は」
私の表情を見て、今度は御大が言葉を止めた。
「ったく。ここからは内緒だよ」
「え?」
「あの時に桐島ひかりの付き人をしていたのが、さっきあんたが話題にした斬魔刀を伝授された中学生さ」
「ああ、やっぱり未散ちゃんだったんですね」
そこは銀之助もはぐらかしていたのだ。
「あの子もものすごいよ」
「え?」
「うちのつゆりも破格だと思っていたんだがね。あんな化け物がいたんだねえ。さすがに桐野家の名は伊達じゃないね」
「え、ちょっと待ってください」
「もういいだろう?眠いんだけど」
そう言って御大が立ち上がってしまった。
話は終わりだと言うことなのだろう。
仕方なく席を立った。
「夜にお邪魔しました。必要ならば現場に駆け付けようかと思っていたのです」
一応考えていたことを最後に吐き出した。
「おやすみ」
拍子抜けするほどのあっさりとした声が返って来た。
この章もずいぶん長いこと引っ張ってしまいました。不定期ながら読んでいただいている方がいて、嬉しい限りです。もう少し続きます。




