鬼退治 【笹採り】
酒々井つゆり視点です。
「目一鬼に色の設定はありません。しかし明らかに益方家が封じているのは黒鬼と呼ばれる種類です。いつどのようにそのような役目を担うことになったのかは分かりません。しかし目一鬼のような原初の鬼ではなく、どこかの時代に出現した鬼なのでしょう」
銀之助さんの解説が続いていた。
私はと言えば、いきなり聞かされて事実に頭が少しパンク気味で、しかも今回の依頼人の忍立亜世さんが涙を流していることに刺激されて泣いてしまっていた。
横に上梨がいてくれてよかった。私は改めて彼の腕をしっかりと掴みなおした。
「お隣の鳥取県に鬼住山の伝説があります。鬼の町として町おこしにしているくらい地元では有名な話です」
桐島銀之助さんが解説をしてくれた。
昔、鳥取県の鬼住山に鬼が住み着いて悪さをしていた。
それを知った時の天皇が鬼退治を決意し、近くの笹苞山に陣を敷いた。
笹巻の団子で鬼を誘き寄せて弟鬼を退治した。
しかし兄鬼は手下を率いて戦いを続けた。
お告げに従い笹の葉を積み上げたおくと、風が吹き、その笹の葉が鬼の住処へと飛んでいった。
笹の葉は鬼に絡みついて身動きを取れなくして、こうして鬼は退治された。
「何度も出て来たものは?」
銀之助さんが言うので思わず答えた。
「笹」
「正解。お二人は知らないですが、我々は彼が死んだとされる場所へ行きました。そこにはハーブが自生していましたが、別の植物も生えていました」
「笹だ」
桐島文太さんという男性が言った。
「そうです。笹には抗菌効果もあるので、古来から魔を祓う力もあるとされてきました」
「七夕でも飾るよね」
「そうです。彼はわらにすがる思いで笹のたくさん生えている場所を選んで鬼に対峙したのかもしれません。偶然かもしれませんがね」
そう言って銀之助さんは亜世さんを見つめた。その眼差しはとても優しいと思った。
「一応、これで調べたことはほとんどお伝えしました」
銀之助さんがペットボトルから水を飲んだ。
「さて、では後はお任せします」
そう言って銀之助さんは文太さんを見た。
「もう私じゃないだろう。須賀原」
「私ですか?」
「ああ、頼むよ」
須賀原さんは少し困った顔をしながらも立ち上がった。
「酒々井さんが上梨君と来てくれたことはとてもありがたいです。文太さんはしばらく静養が必要な状態です。桐島未散さんは斬魔刀を伝授されましたが、まだ使いこなせていない状況です」
「取り敢えず追い返すことは出来たのですよね?」
上梨が聞いた。
「ええ、ですが、その代償が文太さんが使っていた木刀「夕雲」と文太さんのこの状況です。恐らく未散ちゃんが使っていた「秋月」もしばらくは使わない方がいいと思います。すいません、部外者が」
「いや、正鵠を得ているよ」
文太さんが言った。
「私と武田は笹を集めてきます。どれだけ効果があるのかは分かりませんが、伝承の中に真実が隠されていることもありますから」
「私達もやりますよ」
思わず私も言った。
「そうですか。ではお願いします」
上梨も私に向かって頷いてくれた。
「未散ちゃんは「青龍」と少しでも馴染むように。ただしあまり鍛錬に力を入れすぎないように。そこは文太さん、いいですか?」
「分かった。見張っていよう」
少し桐島未散ちゃんも思い詰めた顔をしている。きっと文太さんのことに責任を感じているのだろう。
斬魔刀を授けられて最初の案件がこれだなんて、少し可哀そうだ。でも斬魔刀の力は頼りにしたいのが本音だ。私の石の力がどこまで通用するかも分からないから。
「では一度解散とします。予定時刻には忍立さんの家に集合ということで」
すぐに上梨と須賀原さんのところへ行く。
「笹はどこで集めますか?」
上梨が聞いた。
「本当なら寺や神社にあるのを採集したいが、時間が無いから取り敢えずホテルの裏手の林かな」
「分かりました。それ、俺とつゆりでやっておくので」
「む?いいのかい?」
「ええ、須賀原さん、ずっとこの案件に対応して来たことで、少し疲れが溜まっているように見えます」
そう上梨が言って私を見る。私も頷いて言葉を続けた。
「そうですよ。笹集めは任せて少し須賀原さんも休んでください」
「すまないね。ぶっちゃけ腹の奥に疲れが淀んでいる感じはしているんだ。休ませてもらうよ」
「そうしてください」
須賀原さんが従ってくれたので、私達は大きなごみ袋をホテルの人にもらって、裏手の林に向かった。
「つゆり、熱くなってたね」
上梨が歩きながら言った。
「だって、家柄とか、現代でありえなくない?」
「うん、同意するよ。でも未だに部落差別もあるし、家柄うんぬんに拘る家もあるよね」
「お互いが好きならそんなの関係ないじゃない」
私が上梨と家系的に問題があるとか言われても絶対にはいそうですかなんて言わない。
「ん?俺もつゆりと家系がどうとか言われても無視するよ」
「えへへ」
視線だけで伝わったことが嬉しくて思わずにやけてしまった。
「あ、でも今回、上梨のところも神主やってて神楽を踊ってたって言ってたじゃない?」
実家の巻物を調べて、昔の名前が「神無」とか「神無士」とかで、昔は神主をして神楽を踊っていたという話が聞けたのだ。
偶然の一致なのだろうか。
「でもさ、上梨のご先祖って農家だって言ってたじゃない?」
「ああ、言っていたね」
「それなのに神主なの?」
「ああ」
上梨が笹を見つけてその葉を採り始めた。私もそれに続く。手袋持ってくればよかったな。
「昔の神主って結構あいまいだったみたいなんだ」
「そうなの?」
「うん、立派な神社とかなくてもなれたんだ。農民の中で神事を行う人が神主って言われてたみたいで」
「ちゃんとした神社がなくてもいいのかあ」
「うん、まあそのちゃんとした神主も京都かどこかの吉田家ってところに届け出ると許可状みたいなのがもらえたみたい。お金を払って」
「お金を払って神主の地位を買うってこと?」
なんか神様に怒られそうじゃない?
「あっちのも集めよう」
「はあい」
笹を取ながらまた会話を続ける。
「上梨、神楽踊れる?」
「は?踊れるわけないだろう?」
「だよねえ」
「高校でのダンスの授業見ただろう?」
「ああ、あれかあ」
高校の体育でダンスの授業があって、男女別でやっていたけれど、発表会は合同で行われたのだ。
「なんか、こう。絶望的だったもんね」
「ああいうリズムがダメでね。つゆりはとっても上手だったよな?」
「えへへ、ありがとう。ダンス、楽しかった」
「バレー部と兼部しないかって誘われたんだろ?」
「うん、そうだった。懐かしいなあ。みんな元気かな」
気が付くと一つ目のごみ袋は笹の葉でいっぱいになっていた。
「採り過ぎかな?」
「昔話だと山のように置いていたって言ってたから、もう一袋も一応集めておこう」
「はあい」
上梨と一緒だとこんな笹採りも楽しいな。
誤字報告、評価、ありがとうございます。合流したけれどなかなかお話が進まなくて申し訳ありません。まったりお付き合いください。




