鬼退治 【付き人の矜持】
桐島未散の付き人、桐島文太さん視点です。
「確かに何か言っているな」
「ですよね」
事情を聞いた通り、今回も元カレの霊が現れた。
こうして定期的に来訪すること自体が珍しいことであるから、何かやはり理由があるのだろう。
その理由を探ってくれているであろう桐島銀之助は残念ながら今日は合流できないと連絡があった。
「追い返すと、例のが来るんだな?」
「はい、いいですか?」
私は木刀「秋月」を持った桐島未散に頷いた。
今回はこれまでと違ってしっかりと対策をしてあるが、果たしてどうなるだろうか。
部屋の四隅には盛塩だけでなく、お神酒も供えてある。この部屋は相当に堅牢な一角となっているはずである。
未散が「秋月」を向けると、何かを亜世という女性に言っていた元カレの霊はすうっと出て行った。
私は木刀の「夕雲」に力を少し込めた。
さあ、来るのか。
桐島家と所縁のある寺から借りた不動明王の面を須賀原君が付けた。小さな声でお経を唱え始める。
ほう。
大したものだ。以前会ったのは相当昔になるが、それからずいぶんと精進したようだ。
静謐な部屋の空気がさらに浄化されていくのが分かる。
不動明王の面の力も相まって、これでは霊など近づくことも出来ないのではないだろうか。
そう思った時だった。突然「夕雲」が震えた。
「ああ」
未散の持つ「秋月」も震えたようで、未散は「秋月」に念を込めてその震えを抑え込んだ。
もちろん私も念を送り込んで「夕雲」の震えを止めた。
そして部屋の外から迫る圧に気付いた。
「ぬうっ」
思わず声が出てしまった。丹田に気を集中して、一気にその気を上昇させる。ふつふつと鳥肌た立ちそうになるのを抑え込んだ。
「来ますっ」
未散が言うのと、須賀原君のお経の声量が上がるのが同時だった。
ずいっと黒い塊が窓を通過してくる。
まずは打ち合わせ通り。
「魔を祓う一刀是成」
「魔を祓う一刀是成」
未散と呼吸を合わせてそれぞれの木刀に気力を溜める。
「光明の太刀」
「光明の太刀」
同時に放たれた破魔の光が黒い塊に迫る。
そして二つの光の太刀は雲散霧消した。
「ぐおっ」
丹田に溜めた気が一気に吸い取られたかと思った。これは危険だ。ただの霊でも呪いでもない。
そして、未散の不完全な「伏魔両断」で何とか出来るとは思えない。
須賀原君の読経に武田という女性の略拝詞も加わる。彼女は素人だそうだが、なかなか大したものだ。しっかりと略拝詞の言霊が効いている。
それなのに、その黒い塊はびくともしないのだ。
「文太さん」
「待て」
未散が「伏魔両断」を放とうとするのを止める。何のための付き人か。
私は再び「夕雲」に念を込めた。丹田に溜めた気が吸い取られる感覚がして、少し時間が掛かる。
だが、私とて百戦錬磨とはいかないまでも、数々の現場を、時に修羅場をくぐり抜けて来たのだ。
「我、其方を拒絶する」
「夕雲」を上段に構える。
「十連羅斬」
まずは縦に一刀。
さらに横に一刀。
こうして縦横に十連撃を黒い塊に飛ばした。それぞれが格子のように繋がり、黒い塊を抑え込む。
悪質な霊でもこれで拘束出来るのが常だが、黒い塊はその圧をまったく緩めない。
祓うでなく、霊を抑え込むことに力を発揮する「十連羅斬」だが、こいつにはダメか。
だがわずかばかり侵入速度は鈍ったか。
「未散、「伏魔両断」だ」
「はいっ」
「夕雲」に負担を掛けるが、耐えてくれ。私は再び念を込めた。「夕雲」が震えるのも構わずやや強引に念を流し込む。
「この意思、魔を穿つ、貫け一閃」
ぐっと「夕雲」を腰だめに構える。
未散の不完全な「伏魔両断」を生かすためにはこれしかない。付き人の本懐とは主を生かすことだ。
「渾身の一刀、魔を伏し断つ」
未散が「秋月」を構えた。そうだ。それでいい。
「電閃っ」
だんっと踏み込んで「夕雲」を突き出す。黒い塊に「夕雲」から一条の光が伸びる。
「伏魔両断」
未散が踏み込んで「秋月」を振った。光が刀身から伸びて黒い塊に飛ぶ。
その瞬間黒い塊が吠えた。
いや、吠えたような気がした。
そして「夕雲」から伸びた光が弾け飛び、私はその圧に後ろへ吹き飛んだ。
そして「秋月」を振った未散もまた吹き飛んでいた。
黒い塊がぐうっと部屋に入って来る。
「おのれえっ」
「夕雲」を手に立ち上がり構え、黒い塊の前に立ち塞がる。
「文太さんっ」
未散が悲鳴のような声を上げる。
甘かった。
せめて一命に代えてでも、今回だけは追い返さなければ。それは付き人としての、矜持である。桐島の名を名乗る者として、それだけは譲れないのだ。
「この場この時、この一会。我が魂をもって魔を制す」
もう「夕雲」も限界だろうが、頼む。私は相棒に祈った。
「ダメです、文太さんっ」
未散の声にも振り向かない。
強引に全部の念を「夕雲」に押し込むと、私の腕がばしっと爆ぜ、爪がバリバリと剝がれ始めた。
だが、それでいい。
「九死一擲」
黒い塊に向かって突き出した「夕雲」が光に包まれる。
そして「夕雲」がバシンと爆ぜ、黒い塊がその姿を消した。
「文太さんっ。文太さんっ」
力が抜けてそのまま両膝を付いた私に未散が抱き付いてきた。
「武田さんっ、救急箱をっ」
須賀原君が面を外して叫んだ。
爪が剥がれて、「夕雲」の破片が突き刺さってボタボタと部屋の床に血を垂れ流す私の両手を、未散の手が包み込んだ。
「そんな、文太さん。文太さん」
涙を流す未散に微笑み返したつもりだが、すっかり気を使い果たした私は、その場にゆっくりと崩れ落ちてしまった。
遠くで私の名を呼ぶ声が響く。
付き人としての最低限の仕事は果たした。
だが、自分が桐島家の一人としてこうした舞台に立つことはもう無いだろうと思った。




