鬼退治 【お神酒と面】
寺の次男坊、須賀原さん視点です。
「そんな逸材がいたのか」
桐島文太さんが感心したように言った。
それはそうだろう。上梨君の話を聞いて、この道のプロが感心しないはずはない。
「うちのひかりと相性が良ければこちらが引き取って修業させたいくらいだ」
「一応酒々井の御大が面倒を見ているし、加茂さんのところにも出入りしているようですから」
「加茂のところにも?ふむ、まあ、ならばいろいろな道が開けそうだな」
「ええ、酒々井の御大もそれが分かっているから加茂さんのところへ行かせているんだと思います」
私の言葉に文太さんも頷いた。
「いい師に出会うかどうかで、この道で生きていけるかどうかが決まるからな」
「確かに」
車に乗り込み、いよいよ亜世さんの家へと向かうことになった。
武田がアクセルを踏んで車が動き出すと、すぐに文太さんが未散ちゃんに話しかけた。
「で、未散。今日はどうするのだ?「秋月」にまだ頼るのか?」
「ごめんなさい。まだ「青龍」を使いこなせる自信がなくて。ダメでしょうか?」
「はっきり言えば、ダメだ」
見えないけれど、未散ちゃんがガックリしている雰囲気は伝わって来た。
「だが未散の気持ちも分かる。そしてここで私が「青龍」を使えと説いても、きっと未散は納得しないだろうと言うこともな」
「文太さん」
「そんな顔をするな。「秋月」には荷が重いと思うが、そのために私も来ている。まずは私の「夕雲」とお前の「秋月」でどこまで出来るか試そうじゃないか」
「すいません。我がままを言って」
すっと文太さんの気が強まった。
「今日は「秋月」と「夕雲」の力を最大限に使う。それで通用しないと分かったら、いよいよ「斬魔刀」に頼る必要があるだろう」
「はい。分かっています」
ふっと文太さんの気が緩まった。
「すまないな、須賀原。また負担を掛ける」
「いえ、そんな。道具も用意してくれたので、今までよりもうまくやれるとは思います」
桐島家でいくつか道具を持ってきてもらっていた。これで昨日よりは守りを固めることが出来るはずだ。
これでダメならいよいよ本気で「酒々井を頼る」ことになりそうだ。
「銀之助さんはどこに行っているのでしょう?」
「何も連絡はない。恐らく思うところがあって情報収集をしているのだろう。ああ見えて、こうした事例には造詣が深いからな」
「なるほど」
エージェントとして優秀なのはその知識にも裏付けされているのだろう。
しばらくすると亜世さんの家に到着した。彼女はまだJAへ勤務中であるが、家の鍵は預かっている。ここまで信用されているのだから、本当に何とか解決したいところだ。
「何の残滓もないのか」
家を見渡して文太さんが言った。
「そうなです。どこかへ逃げたと言うか、行ったはずなんですが、その行方も分からない状態で」
「中にも入れるのだな?」
「はい、鍵を預かっています。私は亜世さんの部屋で準備を始めます」
「分かった。まずは部屋も見せてもらおう」
全員で亜世さんの部屋に行く。やはりここでも何も感じられないと、文太さんは未散ちゃんを連れて部屋を出て行った。家の周辺を確認するとのことだった。
「じゃあ、武田。俺達は準備だ」
「はい、先輩。ぶっちゃけ作法が分からないんで、じゃんじゃん指示して使ってください」
「頼むよ」
このような案件でも明るさを失わないところは酒々井つゆりちゃんにも通じる図太さがあるな、武田には。ありがたいことだ。
「まずはお神酒から」
「お酒ですよね」
「そうだよ。神前にお供えするお酒のことだね」
「お寺の息子がそういうの使ってもいいのですか?」
「はは、そこは平気だね。効果があるものなら基本的になんでも使うよ。もちろん害があるものは除外するがね」
「呪いとかですね」
「そう」
武田も「呪い」を使って祓う一族のことは知っているのだ。
「4種類もお神酒ってあるんですね」
文太さんが持ってきてくれたものの中に4種類の瓶があった。
「普通はお神酒は清酒だけを使うね。これ」
「はい、分かります」
「で、こっちが白い酒と書いて白酒」
「どぶろくってやつですよね」
「そう。こっちが黒い酒と書いて黒酒」
「これは知らないですね」
「白酒を灰を使って着色したものになるね」
「へえ。で、最後がこれ。これなんて読むんですか?」
ボトルのラベルを見ながら武田が言った。
「それは醴酒と読むんだ。蒸したお米に米糀を加えて一晩寝かせたものだよ。だから一夜酒とも言われるね」
「なんか甘酒みたいな?」
「そうそう。間違ってないよ」
それぞれを盃に入れて部屋の隅へと置いていく。
「この4種類に限らず、地方ではその土地土地のお酒を使うことがある」
「これ、飲むことも出来るんですよね?」
「ああ、今日は飲むつもりだよ」
「え?始める前にですか?」
「そう。お神酒を体内に入れることで、力が増すんだ」
「酔った勢いとかじゃなく?」
「いやいや。もちろんお酒の効果もあるけれどね」
飲むとしてもほんの少しだけだし。
「これはお面ですか?」
「そう、不動明王面だよ。これはありがたいね」
「仏教の神様の一種?」
「そうだね。明王の中の明王だよ」
「明王っていっぱいいるんですか?」
そうか。そこからなんだよな、一般の人は。
「不動明王が中心。東に降三世明王。南に軍荼利明王。西に大威徳明王。そして北に金剛夜叉明王だね」
「北の金剛夜叉は聞いたことがあります」
「うーん、たぶん間違い」
「え?」
「それって金色夜叉じゃない?」
「あ、それです。それでした」
「だよね」
明王のことなど知らない人に金剛夜叉の話をすると、中には金色夜叉と勘違いする人がいるのだ。
「あれ?金色夜叉って?」
「小説だよ。貫一とお宮の」
「女の人が蹴飛ばされる話ですよね」
思わず吹いてしまった。ずいぶんと省略しているが、まあ、間違ってはいない。
「で、金剛夜叉明王はまったく別のもので、元々は魔神で人をたくさん喰っていたんだ。それが大日如来の力によって善に目覚めて悪人だけを喰うようになったんだ」
「あ、それでも食べちゃうのは食べちゃうんですね」
「はは、そうだね」
武田はそこに反応するわけか。本当に面白い女性だ。
「で、このお面はその人を食べちゃう金剛夜叉明王達の中心人物ってわけなんですね」
「そう。この面は九州の桐島家所縁のお寺の所蔵のものだね。よくぞ持ち出してくれたと思う」
「ご利益ありそうですものね」
「ご利益と言うか、破魔の力かな。どちらかと言えば」
「これを先輩が付けるんですね?」
「光栄なことだよ」
これって結構すごいことなのである。他の寺の次男坊に預けるような代物ではないのだ。桐島家が今回の一件を難しい案件であると判断したということなのだろう。
ただ問題はこの私ではこの面の力を存分に発揮できる自信がないことであった。
誤字報告、評価ありがとうございます。




