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鬼退治 【鍔鳴り】

桐島未散ちゃん視点です。



「震えた?その木刀が?」


 須賀原さんの言葉に頷いた。


 待ち合わせの場所の定食屋さんで答えた。


 昨晩はあの黒い塊をとりあえず追い返したが、猛烈な脱力感に襲われてそのままホテルで爆睡してしまった。


「あんなこと初めてで」

「うーん。木刀が震えるなんてどういうことなんだろうなあ。門外漢でちょっと分からないなあ」

「すいません。変なこと聞いて」


 須賀原さんなら何か知っているかと思って聞いてみたが、ダメだった。


 これから合流する桐原銀之助さんや桐原文太さん、特に文太さんなら何か知っている可能性が高い。


 合流したら聞いてみよう。


「でも食欲があってよかったよ」

「そんなにひどい顔をしていましたか?」


 私の言葉に須賀原さんと武田さんが顔を見合わせてからうんうんと頷いた。前に比べて息が合ってる二人になっているなあと思った。


「顔面蒼白。元々色白だけど、さらに白かったわよ」

「はあ、申し訳ありません」

「いや、謝ることじゃないよ。現に追い返すことには成功したわけだし」


 そうは言っても肝心の「伏魔両断」は空振りみたいなものだ。


「文太さんなら何かご存じかもしれないね」

「そうですね。そう言えば、須賀原さんは以前文太さんと一度ご一緒したとおっしゃっていましたね?」

「うん、昨日も言ったけど、ひかりさんが独り立ちした時の付き人に付いていたよ」

「どんな案件だったか伺っても?」


 武田さんも身を乗り出して興味津々のようだ。


「食べながらでいいかな?」

「はい、もちろんです」


 地元の人が利用するような定食屋さんだけれど、実は人気店のようで、グルメ情報サイトにも掲載されているらしい。


 確かにふつうの定食だけれど、優しい味で美味しい。


「元々はうちじゃなくて分家に持ち込まれた心霊写真が発端だったんだ」

「心霊写真ですか?」


 思わず変な顔をしてしまった。


「まあ持ち込まれた心霊写真だと依頼主が言うものはほぼただの写真だ。お寺ではお祓いしますと言って受けとる。多少のお金を取った方が、依頼主も安心するので一応浄財として頂くことにしている」

「知ってます。プラシーボ効果ですよね」

「プラシーボ効果?」


 武田さんが割って入ったが、意味が分からない。


「ああ、うちらはほら、物を売る商売をしているから」

「はあ」

「武田、説明して差し上げて」

「はあい」


 武田さんが嬉しそうに頷いた。


「元々は偽薬からです」

「ぎやく?」

「偽物の薬で偽薬です」

「偽物の薬ですか」

「患者に偽薬を投与すると、本来は効果が無いはずなのに効果が出てしまうことがあるんです。偽薬をプラセボと言うのでこの名前が付きました」

「なるほど。思い込みってことですね」

「そうです。医師が薬だと言って出した偽薬なので、その効果があると信じてしまって、治ったと」

「それが心霊写真でも?ああ、お金を取ってお祓いをしてもらったのだから、もう大丈夫だと思い込みを?」

「そうです」


 須賀原さんが頷いた。


「もちろん住職や神主がもう大丈夫だと言うだけでハロー効果も働いています」

「ハロー効果?」


 知らない言葉ばかり出てくる。


「ハローは後光のことです」

「あの頭の後ろの光のことですか?」

「その後光です。要するに立場のある人間、権威のある人間が言っていることだから間違いないと先入観をもつことです」

「それがハロー効果なんですね」

「ええ。うちらの世界だと鑑定人の保証書があるだけで、価格がぐっと上がります」

「なるほど。権威で保証されていると価値があるものだと思ってしまうんですね」

「そうです。アンティークのタンスを手に入れたとして、普通に売るよりも、鑑定人にこのタンスはまるまる年代の品であると保証書を出してもらうと価格が跳ね上がるんです」

「はあ」


 勉強になるなあ。


「話が逸れました。で、その心霊写真なんですが」


 そうだった。心霊写真の話だった。


「その依頼主は心霊写真を預けて安心して帰ったはずなんですが、数日後にまた来たんです。おかしな現象が収まっていないと言って」

「おかしな現象が起きていたんですね」

「そうなんですよ」


 須賀原さんが笑った。


「依頼主は自分勝手にそのおかしな現象の原因が心霊写真だと断定して、それをお祓いすればその現象が収まるはずだと、これまた自分勝手に断定していたんです」

「それはまた」

「自己正当化の圧力の強い方のようでね。で、実際に怪異が起きているならと私に連絡が来たんだ。それでそのお方のお屋敷に伺ってみるとそこにひかりさんがいたんだ」

「ダブルブッキングですか?」

「そうだね」


 私の言葉に須賀原さんが笑った。


「私はアフターケアな感じで伺って、そちらは依頼主から依頼で来ていた感じかな」

「なるほど」

「伍代さんって言う社長さん知ってる?」

「知っています。大阪の社長さんですよね」

「そう、有名な人なんだよ。仲介みたいなことをすることで」

「その依頼主が伍代社長に連絡を取って、そして伍代社長からの依頼が桐野家に来たのですね」

「うん。で、実際にその家には霊がいた」

「どんな霊だったんですか?」


 私が聞くと須賀原さんは何かを思い出してふっと笑った。


「依頼主の祖母の霊でね。悪さをするようなものじゃなかった。依頼主が仏壇の位置をあまりよくない位置に変えてしまっていたのを注意したかったみたいで」

「そんな霊もいるんですか?」

「うん、珍しいよ。あのまま家の守り人みたいになるかもしれないねと文太さんもおっしゃっていた」

「まだまだ勉強不足です、私」


 やはり思い知らされるのは自分自身の経験不足だ。なんだか嫌だなあ。自己肯定感が下がっていく気がする。







「お待たせ、未散ちゃん」

「お待ちしていました」


 改札を出て来た銀之助さんと文太さんに頭を下げた。


「どうした?揺らいでいるが」


 文太さんがさっそく私を見て言った。


「昨日少々無理をさせてしまいまして」


 須賀原さんがすぐに言ってくれた。


「ふむ。まずは事情を聞こうか」

「銀之助さん、文太さんにも話していないんですか?」

「まあ、ぶっちゃけ得体が知れないし。こっちで聞いた方が齟齬が無いだろ?」

「それはまあそうですけれど」


 結局、今回も武田さんの運転する車中で須賀原さんから事情を説明してもらうことになった。


「ああ、じゃあ俺はここで降ります」

「え?ここで?」

「ええ、調べものしてきます」


 銀之助さんは話を一通り聞き終わると、何もない市街地で降りると言い出した。


「何かわかったらすぐに知らせるんだぞ」

「もちろんですよ、文太さん」


 文太さんにそう答えて銀之助さんは本当に車を降りてしまった。こんなところに一人で降りて、この後どうするつもりなのだろう。


「で、「秋月」が震えたって?」

「はい、そうなんです。こんなこと初めてで」

「だろうな」

「文太さんはありますか?」

「俺の木刀「夕雲」でか?ないな」


 文太さんが木刀の入っている袋を持って言った。文太さんでもないのか。


「だが、前に持っていた「羽黒」では一度だけあった」

「え?「羽黒」って以前使っていた破魔刀ですよね」


 斬魔刀とまで行かないけれど、「羽黒」は破魔の力が宿っている破魔刀と言われる真剣だ。


「そしてそれが「羽黒」の最期になった」

「それってどういう?」


 文太さんは運転席の武田さんと、助手席の須賀原さんを見た。


「まあ、いいか。ここだけの話で頼む」

「分かりました」

「はい」


 二人が返事をして文太さんは袋を抱えるようにして続きを話した。


「未散、「鍔鳴り」を知っているか?」

「えっと、納刀するときに鍔が鯉口と打ち合って音がすることですよね?」

「そうだ。もし今回の「秋月」のように真剣の「羽黒」が震えたらどうなる?」

「鞘の中で震えるので音がします。ああ、それが「鍔鳴り」ですか?」

「そうだ、桐島家では斬魔刀や破魔刀が「鍔鳴り」を起こすことがある」

「それはどんな時ですか?」


 文太さんが私をじっと見つめた。そしてゆっくりと言った。


「相手が強大な時だ」





某作品を思い浮かべる方がいるかもしれませんが、リスペクトです。

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