鬼退治 【ブロンティーデス現象】
須賀原さんです。
「祓いますか?」
「待って」
小声で言う武田を制する。
部屋の窓の近くに立つ男は亜世さんを見つめている。しかしその視線に悪意はない。
「亜世さん。「見えて」いますか?」
「いえ。何も」
どうしたものか。悪意はないが、間違いなくこの家に起きている現象を起こしている張本人だろう。
ならば祓うのが筋だ。
「あの、何が?」
数珠を持ってお経を唱えようとしたところで亜世さんが聞いてきた。
「男性です。あなたを見ています」
振り返って私の言葉を聞いた亜世さんの反応を見る。明らかにはっとしたな。
「心当たりが?」
「いえ。あ、えっと、もしかしたら」
心当たりがあったのか。
「もしかして彼氏とかですか?」
「元彼です。亡くなったんです。あ、いえ、亡くなったと思います」
「あなたを見る目に悪意は感じられません」
「そうですか」
亜世さんが伏し目がちになる。これは先に事情を聞くべきだろうか。
「この後、事情を聞かせてくださいますか?」
「はい」
一瞬の逡巡の後に、亜世さんが頷いた。
「では、軽く祓います」
もう一度数珠を持ち直したところで、男が背後を振り返った。
何だ?
何を見た?
男がもう一度亜世さんを見て何かをしゃべったようだった。
ただし私にもなんと言ったのか聞こえなかった。
そして男は部屋をすうっと出て行った。その瞬間パンと大きく家鳴が起きた。少し部屋まで揺れたような気がした。
「出て行っちゃいましたね」
「ああ」
「何か見ていたような仕草をしていたような?」
「そうだな」
まずは亜世さんから話を聞かなければなるまい。
もう遅い時間だが亜世さんは上着を羽織って1階に下りてきてくれた。
「元彼ということでしたが」
「はい、同じ会社に勤めていました。益方さんという方で」
「亡くなった、らしい?」
「はい」
「らしいと言うのは?」
亜世さんが話すのを躊躇する。
「実は、彼は行方不明です」
「死亡が確認されたわけではない?」
「ええ、でもたぶん間違いなく亡くなっているだろうって」
「なぜ?」
「彼は片手だけ発見されました」
ミシリとまた家が鳴った。
◇
「ありました。これですね」
武田がスマホを見せてくれた。そこには少し前に起きた行方不明事件についての地元紙の記事が載っていた。
「体の一部だけが発見か」
「野犬による襲撃と思われるとありますけど?」
「と言うことはその発見された身体の一部に噛み跡のようなものがあったと言うことか」
忍立家に朝まで留まり、夜明けを待って私達は移動していた。ものすごく眠いが武田はまだ何とか大丈夫なようだ。若いな。
「眠そうですね、先輩」
「いや、眠そうじゃなくて、眠いよ、さすがに」
「取り敢えずホテルまでがんばってください」
「武田は運転大丈夫なのか?眠いならタクシー呼ぶぞあ」
「まだ若いから何とか」
「そうか」
エンジンを掛ける武田を見ながら思案にふける。
亜世さんから話を聞いたが、どうもはっきりしない状況だった。
ゆっくりと車が走り出す。私も視線を前に向けた。
「彼、なぜ彼女のところに出るんでしょうね?」
「うーん。未練とは違う感じなんだよなあ」
「もう自分が死んでいると分かっていてこちらの残っているのって強いのですよね」
「そうだね。彼は分かっていそうだったねえ」
「あと、何か話している感じは?」
確かに彼は彼女に何かを言おうとしていたように思える。
「長い言葉じゃなかったと思う。もしかしたら名前を呼んでいたのかもしれないな」
「なぜ名前を呼ぶんですか?」
「それは、もちろん分からない」
その瞬間どーんと何かが響いた。車の中にも聞こえて来たと言うことは結構な音量だ。
「今のは?雷?」
武田がフロントガラスから空を見上げる。朝焼けも終わり、わずかな雲が浮かぶ青空が広がっているだけだ。
「青天の霹靂って本当にあるんですね」
「うん、神が鳴ると書いて神鳴現象とも言われるね」
「そんなのあるんですね。普通の雷と区別するんですね?」
「音だけがするんだよ。ブロンティーデス現象とも言うらしいけれど」
「サイレン?」
「それは知らないな。何だいそれ?」
「サイレンが頭に、あ、いえ、いいです」
「ふむ」
なぜか武田がえらい恥ずかしそうな顔をしている。
「どうする?何か腹に入れるかい?」
「確かにお腹は減っていますけれど、この後、私達爆睡ですよね?」
「そうだなあ。寝る前だから我慢するか」
「その分昼ご飯をたらふくってことで」
「はは、たらふくね。了解だ」
武田が言った通り、私達はホテルに着くと、そのまま昼まで爆睡したのだった。
◇
「はあ、お腹いっぱいです」
「よく食べたねえ」
「若いですから」
若いからと言ってスルー出来る量ではない。
山菜蕎麦に炊き込みご飯がセットになっているものをぺろりと平らげて、さらにざる蕎麦を追加。最後に和スイーツも食べたのだ。
「なんだかお腹減っちゃって」
「寝る前に遠慮していても、昼間にこれだけ食べたらダメなんじゃないのか?」
「しっかり動きます」
「まあ、運転もしてもらっているからなあ」
そう言えば上梨君もよく食べていた。彼は恐らく刺激を受けて経絡に気が流れ、丹田が活性化したのだろう。いわゆるチャクラが回る状態だ。
この武田にはあの上梨君のような変化は見られない。素質の違いかもしれないが、もしかすると武田もチャクラが回り始めているかもしれない。
「武田は「見える」感じに変化はある?」
「変化ですか?」
「こっちに来てから」
「いえ、そんな。あまりいないなとは思いましたけれど」
「まあ、人口密度が違うからね」
お腹をポンとしながら武田が何かを思いついた顔をしている。
「あ、でも、なんだか」
そこまで言いかけてなぜか武田が少し頬を赤くした。
「なんだい?」
「笑いませんか?」
「笑わないよ」
「んと」
店の天井を武田が見る。
「何か先輩との相性が良くなってきた気がします」
「む?」
「そんな顔しないでください」
「笑ってはいないだろう?」
相性か。確かに二人だけでの泊りがけの出張はそうそうあるわけじゃない。今回は二人の仲が少し近づいたとは私も思っているが。
「先輩はそんな気はしないですか?」
「まあ、武田とはうまくやれているとは思っているぞ」
「んー、なんか期待してる答えと違うなあ」
「どんな答えを期待していたんだよ」
「内緒です」
武田がいーっとして来た。
私だって分かっている。自分の中で武田の占める割合が増えていることは。
だが、やはりまだ私は武田に対しての自分の思いを整理できないでいるのだった。
主人公はよ。




