鬼退治 【浄間の石】
酒々井つゆりのおばあさんの若かりし頃の回想シーンがまだ続きます。もう少しお付き合いください。
荷物をまとめてロビーに出ると、もう堂神さん達は出発していて、私達を井出羽さん達が待っていた。
「遅い」
「すいません。荷物が多いもんで」
「乗るわよ」
宿の前に止まっているタクシーに乗り込んだ。行き先はもう伝えてあるようで、私達が乗り込むとタクシーはすぐに走り出した。
「酒々井さん、これを」
「お守り?」
「はい、身に着けてください」
加茂さんが渡してくれたお守りを素直に首から掛けた。
「加茂、堂神の様子、どう見た?」
「危ういですね。今回の相手が井出羽さんでも祓えなかった相手だとどこまで分かっているのか」
「同じ見立てだね」
井出羽さんと加茂さんの会話の意味が分からない。
私が加茂さんを見つめるとその視線に加茂さんが気付いた。
「小さな子を連れていたろう?」
「今度はその子って言ってた」
「そう」
加茂さんがちらりと井出羽さんを見る。しかし井出羽さんは視線を外へ向けたままだった。勝手に話せと言うことなのだろう。
「堂神は呪いを使うと言ったよね」
「はい」
「あの年配に見える女性は自分に呪いを封じてある」
「え?」
「その呪いを使って祓うんだ。でも、それは彼女を年不相応に老化させる。使うたびに」
どう返事をしていいか分からない。
「そして相手が強力になればなるほど、彼女の対価は多く支払われることになる」
「今度は強敵」
「そう。だから危うい」
要するに老けたら最後には死ぬ。そう言うことなのだろう。
そこで察した。
「まさか次の器?」
「そう。あの連れていた少女が次の器になるんだ」
「そんな」
彼女はそれを納得しているのだろうか。今の日本でそんな人身御供のような行為が許されていいのだろうか。
「血だよ」
ぽつりと井出羽さんが言った。
「あそこは血まで呪われてるんだ」
ぞくりと寒気がした。思わず加茂さんの腕を握ってしまった。そっとその手に加茂さんの手が重ねられた。
優しい何かが流れ込んでくるような気がして、少しだけ心が軽くなった。
◇
「うわあ」
「禍家だよ。見たことない?」
「あるけどこれほどのは初めて」
「だろうね」
到着した家はまるで瘴気を放っているように黒ずんで見えた。
「また濃くなってる」
井出羽さんが忌々しそうに言った。
少し前に到着したらしい堂神さんも二人とも家の前で佇んでいる。
「堂神」
「これはすごいね」
あんなに自信たっぷりだった堂神さんが唇を歪めて言った。
「中に残ったままなんだろう?その二人は」
堂神さんの問いに井出羽さんが頷いた。
「部屋は五方陣護法を施してある。突破されるがね」
「二人には不動袈裟を着せています」
将君が付け足すが、堂神さんは鼻で笑った。
「そんな子供だましが役に立つかい」
袈裟と言うとお坊さんが着る服だったはずだ。山伏も身に着けるのだろうか。井出羽さんは相変わらずジャージ姿だが、対して将君は和装である。本来ならあの上に袈裟を着るのかもしれない。
「しかしこれでは入るのも苦労しそうです」
加茂さんが言った。確かにそうだ。ここに入れと言われてもはいそうですかと入る者はいないだろう。「見えている」者は特に。「見えない」者でも入るなり身体に不調をきたすに違いない。
「井出羽。棒貸しな。あるんだろう?」
「ダメ。堂神とは相性が悪い。5人いても五方陣護法は無理よ」
「ちっ」
察するに堂神さんは、棒を私達5人で持って五方陣護法を作って、そのまま移動する方法を考えていたようだ。
ここで加茂さんが手を挙げた。
「ではここは私と酒々井さんで」
「え?私?」
びっくりするが加茂さんはゆっくりと頷いた。
「浄間の石、ありますよね?」
「あ、そうか。でも大丈夫かな」
浄間の石は結界を自分の周りに作り出す石だ。でもこんな禍家で使ったことがない。
「あれか。出来るんだね?」
堂神さんが睨むように聞いてきた。なんだか自信が無いとは答えられない雰囲気だった。
「えっと玄関から入ってどっち方向ですか?」
「入って奥へまっすぐ、突き当りを右」
「分かりました」
私は「浄間」の石を取り出した。
「たぶん長くはもちません。それと広くても三間の広さしか浄化出来ませんから。出来るだけ近くにお願いします」
「5メートルってとこか。まずまずだね」
井出羽さんにはそう言われたけれど、本当に自信は無い。
私は手にした石に力を流し込んだ。ふわっと石が光り出す。
「浄間」
私の周りに光の結界が生じる。禍家から零れ出る瘴気が弾かれていく。
「二間」
さらに力を込める。
「三間」
ちょっと厳しい。やっぱりギリギリだ。
「上出来だ。行くよ」
井出羽さんが言った。加茂さんが肩を掴んでくれた。
あ、なんだか少し楽になった。力を流し込んでくれているのかしら?
黒ずんでいた玄関が「浄間」の間合いに入ってはっきり見えるようになる。表札の「赤上」が見えた。ずいぶんと立派な木の分厚い表札だった。
資産家なのね。
玄関に黒い砂がまき散らされていると思ったら、黒ずんでしまった塩だった。
そのまま土足で家に入っていく。加茂さんが私の肩から手を離さずにポイポイと小さな木札を廊下に置いていく。
「これもどれだけ持ってくれるか」
加茂さんが呟いた。そうか。加茂さんも不安なんだ。私だけじゃないんだ。
私ももっとしっかりしないと。お腹に力を込めて前を向いた。
回想シーンはあと、1回、いや、2回くらいか。すいません。本筋が進まなくて。せっかく一時再開したのに肝心の主人公2人が出てこないのはどうなのでしょうね。ほんと。




