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鬼退治 【井出羽と堂神】

酒々井つゆりのおばあさんの若かりし頃の回想が続いています。



「俺達はいろいろな方法で調伏をしますが、一番使うのは五方陣護法という方法です」

「東西南北と中央に棒を刺して陣を張る方法ですね」

「ご存じなんですね」


 将君が少し驚いて加茂さんを見た。


「ええ、井出羽さんがやるのを見せてもらったことがあります」


 井出羽さんが頷きつつ将君に先を促した。


「まだ呪いとは思っていなくてたちの悪い霊の仕業だろうと見込んで、赤上家の周囲に大きく五方陣護法を施しました」


 よく分からないけれど、おそらく結界のようなものなのだろう。


「まずはこれでしばらく様子を見てくれと話して、いったんこの宿に引き上げたのですが、夜になってすぐ連絡が来て、やはりダメだったと。急いで現地に向かうと、あっさりと五方陣護法が破られていることが分かりました」

「家まるごととなると威力も弱まるしね」

「そうですが、自分としては驚きでした。そこで今度は彼女が寝泊まりしている部屋にだけ五方陣護法を施しました」


 将君が少し苦い顔になる。恐らくその表情から察するに失敗。


「その夜のうちに破られました」

「それはまた」

「あっさりと破られて、部屋に大きな黒い影が入ってきました」

「調伏を試みた?」

「はい、もちろん。でもダメでした。何とか追い払うだけで精一杯でした」

「ほう」


 加茂さんが驚くのは井出羽家の実力を知っているからなのだろう。


「すぐに家に連絡を取りました。申し訳ありませんが、俺の手には負えませんと」

「で、結局私の出番になったんだけど」


 ここで話し手が井出羽さんに交代となった。


「調伏出来なかった」

「井出羽さんでも、ですか」

「そう。もう認めるしかない。あれは強敵よ。まるで鬼」

「鬼?」

「そう見えたの」

「角があったと?」

「あったわ。しかも日に日に力を増している感じね」


 ここで鬼の話になるのか。鬼を呪いで呼び出したということなのかしら?


「宇治の橋姫、ですか?」

「分からないわね」


 この言葉は将君も分からなかったみたいで井出羽さんを見た。井出羽さんは加茂さんに丸投げするように視線を向けた。


「ある娘が振られた相手を呪って自ら鬼に変化したって話だよ。髪の毛を松脂で角の形にしてたそうだよ」

「その、疑問なんですけど」

「なんだい?」

「呪いってそもそも犯罪にならないんですか?人を殺すわけですよね」

「ああ、それはね、不能犯なんだ。不可能な犯罪ってことで不能犯」

「不可能?」

「うん、日本では呪いで人を殺せることになっていないから無罪」

「そうなんだ」


 知らなかった。でも実際には呪いで人を殺せてしまうのだけれど。


「呪いの対象はその女性、ということですよね?」

「そうね、恋慕が裏返って憎悪ってところかしら」

「自分の方を向いてくれないならば殺してしまおうと?」

「たぶんね」


 加茂さんが私の方を向いてくれなくても殺したいとは思わないけれど。


「ところでもう一方来ると言うのは?」


 加茂さんの問いに井出羽さんが苦い顔になった。


「私が呼んだんじゃないからね」

「まさか」

「堂神だよ」

「ああ」


 加茂さんが頭を抱えた。


「あの、どちら様?」


 そう聞いたところで、支配人が現れた。


「ああ、井出羽様もこちらでしたか。全員揃いましたので、お集まりください。ご案内します」


 私達は支配人に連れられて広間へと到着した。すでにテーブルに女性が二人座っていた。何やら赤上さんと話し込んでいる。


 私達の姿を認めるともう年配の女性が口の端を歪めて笑った。


「井出羽、それに加茂かい」


 明らかに小馬鹿にしたような言い方だ。井出羽さんはあからさまに舌打ちして、加茂さんは肩を竦めた。


「そっちは井出羽の跡継ぎ?そしてその女は、まさか酒々井の?」

「はい、酒々井です」


 思わず自己紹介してしまった。その途端嬉しそうに堂神さんが笑った。


「そうだった、そうだった。あいつは死んだんだったね」


 人の祖母の死を喜んでいるのに腹が立つが、なぜか私は冷静だった。


「さて、事情はもう聞いた。うちらだけで祓いに行くから」

「え?」

「何か問題でもあるのかい?」


 堂神さんが挑戦するように言った。


「いえ、でも万が一があるので、現地には同行します」

「ふん、勝手にするがいい。行くよ、小町」

「はい」


 堂神さんが立ち上がると付き従っていた女性も立った。顔をよく見れば随分と童顔だ。


「堂神。まさか今度はその子なのかい?」

「余計なお世話だ」


 今度はその子?


「私達も行きましょう」

「もちろんだよ。将、道具を持って来な」

「はい」

「私達も」

「はい」


 玉は肌身離さず持っているが、加茂さんのいろいろな道具のほとんどは部屋に置いてある。


 部屋へ戻りながら加茂さんに聞いた。


「あの堂神さんってどんな方なんですか?」

「あの一族は呪いを使う?」

「え?」

「呪いを使って祓うんだ」

「そんなことが出来るんですか」

「血のなせる業ってところかな。おばあさんから聞いていないんだね?」

「聞かないと教えてくれない人だったので」

「その目で確かめろってことかな?」


 そこまで考えていなかったと思うけれど。


「年配の女性に見えただろう」

「ええ。おばあさんと言っても差し支えないくらい」


 加茂さんが荷物を手早くまとめながら話を続けた。


「だけど彼女はまだ40代。もしかしたら30代かもしれない」

「え?嘘でしょう?」


 老け顔にしてもそれはありえない。


「まさかそれが呪いを使う代償?」

「そう。さらに言えば、あそこは親族の長男や長女は必ず死産する」


 言葉を失ってしまった。





意外なほど読んでくださる方がたくさんいるようで、喜んでおります。誤字脱字報告ありがとうございます。感想、評価も励みになります。ぽちっとお願いします。

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