フラジャル・コネクション
夜。
暗い部屋の中でスマホをぽちぽちしていると、彼が聞いてきた。
「なにしてんの?」
素っ気なく答える。
「彼氏探してんの」
「俺がいるのに?」
「友達って言ってたくせに」
「それはー、そうだけどさ」
そうだ、これは浮気ではない。彼女じゃないと言ったのは彼の方だし、お互いさまというやつだ。
こんな体じゃ実際に会うわけにもいかないし、会わないのなら一人で妄想するのと同じことだ。
なんにも問題はない。
『こんにちは。何してる人?』
『大学生だよ』
そうだ、今の私は可愛くておっぱいが大きい女子大生なのだ。
『どんな大学なの? どこに住んでるの?』
『東京だけど、大学は秘密』
『高校生なんだけど、彼女探してました』
すまない、子供はパスだ。
『若いねー、一人暮らし?』
背後霊のような彼の顔がちらりと頭をよぎる。
『お兄ちゃんと一緒に暮らしてます』
『いくつなの?』
『22。そっちは?』
うう、ちくりと胸が痛むぜ。
『22かー。じゃ卒論とかやってんの? どんなの?』
うはー、そう来るか。
『やってるけど、言ってもわかんないと思うよ』
『お金に困ってる?』
困ってない。
『え、女子高だったの? 彼氏とかいた?』
『いなかったよ、友達は彼氏いたけど、うちはお父さんが厳しかったから』
『顔が見たいな、写真とかある?』
……あとで適当に拾っておこう。
インストールしたアプリから、次々とメッセージがとんでくる。
大丈夫か、こんなので。本当にいいのか、これで。
思った以上にたくさん届いたメッセージに、どきどきしながら返事を返す。
大丈夫かというのは、隼のことではない。彼氏ってこんな簡単に作れてしまうものなのかと、私は驚愕していた。
彼氏とか告白というのは、それなりにハードルの高いイベントだと思っていたんだけど。学生のころは勇気がなかったし、社会人になると出会い自体が無くなっていたし。
その辺のハードルは、一体どこへ行ってしまったんだろう?
ううむ、大丈夫か、日本の未来。こんなテキトーなやりとりだけでカートに突っ込んで、ものの5分でお買い上げとは。
そりゃみんな恋人が欲しいのはわかるけど、簡単に手に入るってことは、簡単に買い直せるってことだよね。それともこれが時代の流れというやつか。
数値だけなら私だって”最近の若い者”の仲間のはずなんだけどな。
スマホを枕元に放り投げる。スピード感の違いに、くらくらと酔ったような感覚が残っている。
ごろりと寝返りを打つと、背中にじんわりと体温を感じた。うすら寒さは、いつの間にか溶けていた。
「ねえ、隼」
「ん、なに?」
「なんで私と付き合ってたの?」
「んー、別れなかったからかな」
どういう意味だかさっぱりわからなかった。
「お前から、別れようって話が出なかったから。だから、別れなかった」
なんだそれは。
「お前が必要だーとか、言ってくれないの?」
「そうだなあ、確かにいなくなると困るけど」
こういう言い方も変だけど、だらしない彼にとって、私は”必要”だった。家事的な意味で。
でもそれって、彼にとっては”私”じゃなくてもいいわけだ。例えば風子さんでも。
じゃあ私にとって、彼は必要なのか?
考えるまでもない。必要ではない。けど、別れるってのはすごく怖いことだ。
今までもケンカをしたことは何度もある。けれど、確かに別れると言ったことはない。嫌われるというのが怖かったからだ。
隼が欲しいわけじゃないし、隼じゃなくてもいいのかもしれない。けれど、彼がいなくなるのは嫌だ。それだけのことなんだろう。
彼がいるとプラスなんじゃない。彼がいるのがキホンで、ゼロで、アタリマエなのだ。
こんなふうに変えられていくのが、愛なんだろうか?
なんだ、じゃあ今までと同じってことじゃないか。
そう考えると、私はすっと飲み込めた。
「もういいわ」
つぶやくと、彼は慌てて聞いてきた。
「え、俺を嫌いになったってこと?」
いや隼よ、そのセリフは遅すぎると思わないか?
「違うわよ、ばか」
泣きながら、少しだけ笑った。
彼が慌てて慰めてくるのが面白かった。私が黙っていると、そっと抱きしめるだけで黙り込んだ。
これで良かったんだろうか。こんなもんか。
ベストじゃないけど、悪くもないんだろう。
「ねえ」
「なに?」
「あと一人、いたよね」
隼がびくりとしたのがわかった。
「消しといて、アドレス。もうそれでいいからさ。見せないで、私に」
返事の代わりに、強い光が後ろから私を照らした。
私はまぶしさに目を閉じると、そのまま眠りに落ちていった。




