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N9148FM  作者: 鳴海 酒
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あなたと私と、三人目


 窓から差し込む朝日で目が覚めた。

 時計を見ると、もう昼近い。彼のスマホは不用心に枕元に置かれたままだ。ちょちょいとロックをいじってみると、先週覗き見たときからパスワードは変わっていなかった。

 画面を覗いているうちに、脳みその温度が上がっていくのがわかった。きっと顔も赤くなっているのだろう。

 いびきをかいている彼を、がつんと頭突きで起こしてやる。


 結局、彼が何を考えているのかはわからないままだ。聞いてないから当たり前だけど。

 起きて、トイレに行って、ご飯を食べる。背伸びをして、洗濯をする。

 何も、特別なことはない。

 彼は珍しく素直に家事を手伝ってくれた。何か喋って、そこから余計なことを追及されるのが嫌なんだろう。


 ふー。

 ゆっくりと息を吐く。

 吸う。

 もう一度、吐く。


 心臓がじくじく痛む。ぐっと右手で抑えて覚悟を決める。


「隼、ちょっといい?」

「ん、なに?」

「他の女の人と、話をさせて」


 え、やだよ。彼は言った。

 そりゃそうだ。この状況で喜んで呼ぶ奴がいたら、そいつはただの変態だ。

 私だって覚悟を決めているのだ、さっさと観念して欲しい。


「ぐちぐち言わずに、スマホ貸してよ」

「それはちょっと……」

「じゃ、自分で連絡してよ」


 彼は黙りこくる。

 待っててもらちが明かない。私は立ち上がり、外に出る。

 当然、彼もいっしょにだ。


「おい果歩、どうするんだよ」

「あなたが呼ばないから、私から会いに行くわ」


 私は運転席に乗り込み、彼をシートに押しつける。

「狭いんだから危ねえだろ、せめて車はやめとけよ」

「事故った本人に言われたくないわ。危ないから、暴れないでね。なんなら一緒に死んでもいいけど?」


 体の位置の関係で、今は私の方が運転がうまい。彼に勝てる数少ない要素だ。

 クラッチを踏み込み、エンジンをかける。

 狭い車内で密着していると、彼の体温が直に伝わってくる。この体になって気付いた小さな幸せの一つだ。

 とりあえずこの感覚が我慢できているうちは、彼のことが好きなんだろう。


 どこへ行くのか尋ねられた。


亜紀あきちゃんって子のところ」


 首筋にため息がかかった。あー、今回は長いなあ。


「……なんでそれを知ってんだよ?」

「調べたから。簡単に出たわよ?」


 全てわかっているのに、本当に往生際が悪いなあ。

 実際に、彼女のことを調べるのは簡単だった。まったく最近のアプリは優秀だ。彼女の番号を登録するだけで、あっという間にお友達だ。あとはそこから適当にSNSを辿るだけ。名前も写真もすぐに出てきた。

 亜紀ちゃんという子は、あろうことか女子高生だった。まあ、若いからこそすぐにネットで見つけられたのだろうけど。


「ちょっと待って、もしかして家まで知ってんの?」


 ああ、これは本当に焦ってるなあ。少しだけ面白くなる。

「まさか。学校までよ。学校の前で待っとくわ」


 校門を通り過ぎてすぐの100円パーキングに停めようとしたところで、彼が観念したように小さく言った


「わかった、ちょっと連絡するから、待ってて」

 最初からそう言えばいいのに。


 1時間くらい待っただろうか。コンビニの駐車場でコーヒーを飲んでいると、彼のスマホが鳴った。

 なにか話しているけど、「ああ」とか「ちょっと」とかばっかりで、具体的なことはさっぱりだ。別にいいんですけどね。



 亜紀ちゃんはすぐに来た。

 思ったより普通の女子高生だったけれど、私より胸があるような気がするのが引っかかった。彼の好みを突きつけられ、吐き気がした。

 しゃあないさ。デブなんだし、胸くらい許してやるよ。


「どうしたんですか、こんな急に呼び出して。って、あれ? 隼さん、どうしたんです?」

「あー、ちょっと事故ったってラインしてたじゃん。それで、こんな体になっちゃってさ。ごめん、急なんだけど、もう付き合えない。ごめん」


 一息に会話を終わらせようとする彼。


「そうじゃないでしょ」

 私はなるべく低い声で言った。


「ちゃんと説明して」

「え、いや、もういいじゃん」


 きょとんとした表情で首をかしげる亜紀ちゃん。今回は風子さんのときとは違い、彼女は完全に被害者だろう。未成年だし。

 自分だって、説明せずに終わらせたいという気持ちはある。が、それは嫌だ。それでは彼にダメージが与えられない。

「ちゃんと言え」

「……」

 小さく舌打ちが聞こえたのを、私は絶対に忘れない。


「あのさ、こいつ、果歩って言って、俺の彼女なの」


 亜紀ちゃんは頷いて、明るい声で答える。

「ああー、そうだと思いましたー。彼女さんとドライブ中に事故して、ケガしちゃったんですね。 大丈夫でした?」


 あれ?

 私は何か違和感というか、嫌な予感がした。

 この子、状況わかってんだろうか? そもそも全然驚いてないことが引っかかるんだけど。


「びっくりしないの?」

「ええ。他にも付き合ってる女の人がいるってのは、聞いてましたし」


 ああ、なるほどね。私はがっくりと肩を落とす。

 隼は、波風を立てたくない。亜紀ちゃんは、納得していた。なんてこった、これじゃ私の一人負けじゃないか。


 完全に怒りは消え失せ、虚しくてバカらしくて。


「あー、完全にくっついているんですね。ひあー、いたそー。――あ、ところで隼さん、次のデートっていつにしますー?」



「はああああ!?」

 あんたねえ、状況わかってんの? バカじゃないの? 何考えてんの?

 私は怒りのままにまくしたてる。


「わかってますよ。もう退院したから、会いに来たんでしょ?」

「違うわよ! だいたいデートって、この体でどこへ行く気よ! すみませんでしたねえ、水族館でもドライブでも、私が一緒なんですけど!」

「え、デートってホテルのことじゃないんですか?」

「――っっ!!」


 私と彼の位置が逆だったら、私は迷わず彼の首をきつく締めていただろう。

 なぜだ? おかしいのは私なのだろうか。最近の若い子って、みんなこんなドライなんだろうか? 別の女性に聞いてみたいものだ。

 頭の中に出てきたのは、女友達ではなく風子さんだった。



「……また、日を改めましょ」

「あ、はーい。じゃあ隼さん、またねー」


 完全に白旗をあげた形になってしまった。

 うなだれる私をよそに、亜紀ちゃんは軽い足取りで帰っていった。



 ――疲れた。

 部屋に帰った私は、ベッドに横になって身を丸めた。自然と彼に抱きしめられる形になる。

 目を閉じると、隼の鼓動が聞こえた。でも、目を開けると聞こえない。変なの。


「ねえ、隼」

「……どうした?」

「その、話しかけるときにびくってなるの、やめてよ」

「だってさ」

「自業自得でしょ?」

「……ごめん」


「ねえ、隼」

「なに?」

「抱きしめてよ」

 ごそごそと衣擦れの音がした。包まった毛布の中で、彼は黙って後ろから私を抱きしめてくれた。


「ねえ、隼」

「なに?」

「キスして」


 私が振り向かずにいると、彼は私の首筋に優しく唇を付けた。

 うなじのあたりの毛が逆立ち、ぞくぞくとした感覚に身を任せる。

 嫌なことが忘れられるなら、これでよかった。


「ねえ、隼」

「今度は何?」

「結婚してよ」

「えー、それはちょっと」

 こいつ、この期に及んで。


「だいたいさ、こんな体になっちゃったら、もう結婚してるようなものじゃん」

「そうだけどさ」

「なら、別にいいじゃん?」

「子供が欲しいって言ったのも、覚えてないんだ。隼って自分のこと以外、どうでもよさそうだもんね」


 都合が悪くなり黙り込む彼に、私は言ってみた。

「別れてもいいよ」


 彼は言った。

「ムリだろ、くっついてんだし」

「でも、このままだとエッチもできないよ? 届かないし」

「別にいいよ」

「他の人とするから?」

「……違うよ」

 今の微妙な隙間はなんのつもりだろう。もしかして、私が許してあげるとでも思ったんだろうか。


「なにが違うのよ?」

「えーと、んー」


 やっぱり、どうでもいいんだろうな。

 そのまま黙り込む彼。私は彼に体重を預け、ゆっくりと目を閉じた。


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