(8/10)初めての、自分からの、キス
ミツヒコの対面に体の位置を変えると紗莉菜はあることに気づいた。
『まともに顔見るの初めてじゃないの!?』
そうなのだ。今までは横並びになると『可愛すぎて見えない』と目を細めてしまったし(あたかもアリを踏み潰すゾウのような目になっていた)先週の喫茶店はひたすらパニック。普段ミツヒコの顔を見つめるときはだいたい横顔だった。
その時のミツヒコはいつだって自分ではない誰かを見ていた。
その彼が今自分だけを見上げている。
花沢光彦という人は一言で表すと
『利発そうな顔をしている人』である。
『聡明』ではない『利発』だ。利発とは主に子供に対する言葉ではあるが、やや幼い顔立ちのミツヒコにはピッタリの言葉であった。
柔和な目鼻立ちであるのに、瞳だけハッキリとした意思を感じる人だった。自分で『右に行きたい』と思えば右に行き、『左に行きたい』と思えば左に行けるようなキッパリとしたところがあった。
やや癖毛なのをきちんと整えて、今日履いているスニーカーも真っ白な生地に赤い線が何本かついているもので。常に、いつでも、綺麗に手入れされていた。
体格は華奢な方だった。
まあ、つまり、可愛らしかった。
遠目には女の子2人が並んでいるように見えていたかもしれない。
生まれて一度もニキビなんてできなかったような顔に唇がのっていて、少し微笑んでいた。
『今から悪戯をするような子供』のように笑っている。
ヤバイ。今までこなしてきたどの試合よりも緊張する。
顔がどんどん赤くなって。心臓がどんどんドキドキして。もう破裂しそう。
紗莉菜は右手でぎゅーっとワンピースの布地をつかんだ。それからおもむろに左手でミツヒコの右手をつかんだ。
彼がつかまれた手をそのまま握り返してくれた。
『ガンバレ!! アタシ!!!』と顔を近づけてキスしたものの、頑張りすぎて
ゴッツンコ!!!
という感じになってしまった。あとすぐ放した。
ミツヒコが、あの『豆柴のような笑顔』を取り戻してくれた。
それから「よくガンバリましたー!!」と言ってくれたのだった。
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帰り道紗莉菜は達成感でいっぱいだった。なんか知らないけど『勝った』と思った。何に?
ミツヒコが家で『あの中原紗莉菜から』『彼女になるという』『言質をとってやった』と踊ってるとも知らずに。
彼は顔立ちに似合わずだいぶん計算高い人なのである。
【次回】古典女、ごめんね




