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彼女の恋心  作者: 江古左だり


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1/10

(1/10)ダチだと思っていたのに

 中原紗莉菜の小学校3年生のあだ名は『ポール』であった。


 なぜ、純然たる日本人の子供で、しかも女の子のあだ名がポールだったのかと言えば実に子供らしい理由だ。


 トーテムポール→ポール


 だったのである。


 幼稚園からすでに他の子より頭ひとつ大きかった。小学生でもグングン伸び長じて『178センチ』というモデル並みの体型になるわけだが、今はまだ可愛らしい女の子であった。


 インディアンの木造建築に例えられても本人は何も気にしなかったし、堂々と高く真っ直ぐなトーテムポールが彼女自身好きだった。


「ポール!」といくら呼びかけようが「あいよー」と応えるだけだ。


 性格もハツラツとしていて自信に満ち、スポーツは大得意。自然と男の子たちと校庭を駆け回るようになった。


 その頃の彼女は男の子たちを『友達(ダチ)』と思っていた。それ以上でもなければそれ以下でもない。

 女の子たちがコッソリ『○○くんカッコイイ』と噂し合ったが彼女には関係なかった。どいつもこいつも真っ黒で粗野で争いたがりである。そんなもんだった。


 その認識が変わるのが高校2年のときだ。


 その1年前、中原紗莉菜には大きな不幸が襲っていた。

 居眠り運転の車にひき逃げされたのである。


 幼稚園のとき、たまたま入った体操クラブであまりの身体能力の高さに上に報告され、あっという間に『オリンピックも夢ではない』と言われるようになった。


 朝練、昼練、夜練で息をつく暇もなかったが、彼女は体操が好きだったから幸せだった。


 当然というか、恋愛なんかやっている暇はなかった。


 それが、たった1度の事故で全て終わりになってしまったのだ。


 普通の生活にはなんの支障もなかったが、オリンピックはダメだった。オリンピックはそんな甘いものではない。


 彼女はその空虚を埋めるように髪を伸ばし始めた。


 体操をやってた頃は髪の毛一房でも演技の支障にならないように気をつけていたのに、もう何も気にしなくていい。それが辛くて彼女は泣いた。

 放課後も男友達とつるんでは遊び倒して青春を埋めた。ダチは最高であった。


 その『ダチ』との関係にヒビが入り始めたのが高校2年だ。彼女の髪の毛は肩甲骨の下3センチくらいまで伸びていた。

 すでに178センチ。モデルのような伸び伸びした肢体に女らしい膨らみもできたころだった。


 男友達と2人で歩いていたら突如言われたのでる。


「中原ーっ! あそこ入ってみないーっ?」と。


 指差す方向を見たらラブホテルだった。ふざけた調子ではあったが半分以上本気だったはずだ。瞬間激しい嫌悪感が湧き上がった。


「なにサカッテんだよ!!! このエロ猿がっ!!!」と怒鳴りつけると178センチの大段上から平手を飛ばして思い切り叩いた。


 マジで、男友達がふっとんだ。


「いてててー」と起き上がると友達は恥ずかしそうに「ジョーダンだよ! 誰がお前みたいなデカイ女!!」と笑われたのでもう一度激しく叩き。


「アンタがチビなんだよ!! このボケがっっっ!!!」と言ってもう一度吹っ飛ばした。


 それでまぁーその男をなんとなく許した格好になったがー嫌悪感は消えなかった。


 大人になった今からいえば『彼女の女性性を傷つけられた』ということになるわけだが、高校2年の彼女にはそんな言語能力はなかった。


 ただ


『ダチだと思っていたのに』という怒りを何度も反すうした。

【次回】調子を狂わせる同期


【2020年8月初稿】


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