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6 食事2

 クライドは食堂へ足を踏み入れた。

 アシュリーが一人で食卓についていた。サージェント家で代々使っているというマホガニー製のテーブルはむやみに幅が広くて長い。確かに、そこでたった一人で座る光景は何やらもの悲しさを誘う。アシュリーが小柄だからなおさらだ。


 だが、そう思ったのは一瞬の事だった。アシュリーは、ロザリーや給仕をするキッチンメイドたちと談笑していたからだ。

 少し離れて立つ見覚えのないメイドたちはウォルレット家のメイドだろう。皆で楽しそうに話している。


 一般的な貴族令嬢は、あまり使用人とは親しげに話さない。だがアシュリーはそういう事を気にしないようだ。


「お待たせ」


 少し安心し、クライドは向かい合った自分の席に着いた。

 途端にアシュリーが固まった。先程までの楽しそうな笑みはどこへやら、緊張したようにぎゅっと眉根が寄った。


 やはりか。クライドは小さく息を吐いた。

 アシュリーが、今まで一人にした事に怒って機嫌を悪くしているのだと思った。それをクライドにわからせるためにこういう表情をしたのだと。だがクライドが悪いのだから仕方ない。


(……)


 考えなければいけない事が多過ぎる。ますます疲れが増した気がした。

 だが、


(――いや、違うな)


 この表情、本気で嫌がっていないか。というよりは怯えているのか? 俺に? なぜ?

 ウォルレット家の応接間で婚約の話をした時は、楽しそうに笑っていたのに。


(そういえば)


 ウォルレット家を出る直前にも、アシュリーはこんな表情をしていたような気がする。なぜだ。考えながら眉根を寄せると、クライドが怒っていると思ったのかアシュリーが青ざめた。「助けられた……助けられた」と、呪文のようにぶつぶつ呟いている。意味がわからない。


 メイドたちは気づく様子もなく、やっとクライドとアシュリーがそろって食事をするのだからと嬉しそうに給仕を始めた。

 なぜ気づかない。本気で嫌がっているだろう、これ。


「せっかくきてもらったのに、ずっと一人にして悪かったね」


 こちらが悪い事は確実なので、とりあえず謝ってみると、


「いいえ、とんでもありません!」


 明らかに本音だと見てとれた。ますますわからない。


「あのさ、ひょっとして俺の事を怖がってる? 俺、何かした?」


 正直に聞いてみると、アシュリーが目を剥いた。そしてブンブンと勢いよく首を左右に振った。


「いいえ、何もされておりません!」

「そう? どこか気に入らないところがあったら言って。直すから」

「いいえ、どこもありません! 充分です! 完璧です!」

「……そう」


 わからない。多方面から探る事にした。


「メイドたちも怒っているしね、反省したよ。これからは時間を作って、なるべく一緒に食事をしようと思う」

「……え、はい」


 嫌そうだ。心底、嫌そうだ。一生懸命隠そうとしているがクライドにはわかる。

 あまりの素直な態度に思わず笑いが込み上げた。

 今まで女性からこんな態度を向けられた事は一度もない。少し興味を持った。


 じっとアシュリーを見つめてみる。すると青ざめながら視線をそらされた。

 少し経ち、クライドの様子を確認するようにアシュリーが恐る恐る視線をよこした。だがクライドはもちろん視線をそらしてなどいない。逃げようとする視線を捕まえてにっこりと笑ってみせると、アシュリーが怯えたように固まった。


 なぜだ。

 次に困ったように両眉を下げてみた。


「でも、やっぱり込み入った用事があってね。一緒に食事は無理そうかな」


 アシュリーの顔がぱあっと輝いた。嬉しがっている。

 クライドは笑いをこらえて、今度はちょっと反省したような笑みを浮かべた。


「いや、でも婚約者だからね。頑張って時間を作るよ」


 あ、落ち込んだ。この世の終わりのような暗い顔でアシュリーは遠くを見つめている。

 何だこれ、楽しい。


 アシュリーは落ち着かないのか居心地悪そうにしながらも、決心したように口を開いた。


「あの、申し訳ありません」

「……何について?」

「助けてもらったのに申し訳ないと思ってるんです。大昔の話で、本人から直接何かされたわけでもないですし。全て私の、何と言うか自己都合なんです。だから慣れるために努力しようと思います」


 一体、何にだ。意味がわからない。だがアシュリーの顔は真剣そのものだ。気迫すら感じられる。

 とりあえずクライドは微笑んだ。


「わかった。頑張って」

「はい」


 アシュリーは少しだけ肩を下ろし、そしてサラダのレタスや紫キャベツを口に運びだした。クライドはその様子を見つめた。


 伯爵家の令嬢だからマナーは申し分ない。上品だし食べる時の姿勢もいい。

 それなのになぜか目が離せない。愛らしい、というよりは一心に葉っぱを食べているように見えるのはなぜだ。


「小動物みたいだね」


 素直にそう言うと、アシュリーが目を見開いた。本当に目の玉が落ちるのではないかと思うくらいの驚きぶりだ。怒るならともかく、なぜこれほど驚くのかわからない。


「ど、どんな動物ですか……?」


 何の種類か聞いているのだろうか。蒼白な顔で、気になるところはそこなのか。


「うーん、タヌキ。いや、イタチかな」


 理由を知りたくて、あえて可愛いリスなどは挙げなかった。それなのに、


「そうですか」


 と安心したように息を吐き、嬉しそうに笑った。タヌキやイタチに似ていると言われてこれほど喜ぶ女性を、クライドは初めて見た。


 変わった令嬢だと笑いながら、ふと視線を感じて壁際を見ると、ロザリーとメイドたちが般若のような顔をしていた。

 やっと食事の席に現れたかと思えば婚約者をタヌキ呼ばわりするとは何事だと怒っているのだろう。


 クライドは優しい主人で、普段から使用人たちにも甘い。使用人たちもクライドを慕っている。それなのにたった一日でアシュリーを気に入ってしまったようだ。


「ごめんね。可愛いなと思って言ったんだ」


 本音だ。

 それなのにアシュリーは怯えた顔でフォークを落とした。得体の知れないものを見るような顔で凝視してくる。


(おもしろい)


 アシュリーは居心地悪そうに顔をそむけるものの、食事の手は止めない。なにげなく再びサラダに手を伸ばし、ハッとしたように視線を寄越した。また「小動物のようだ」と言われるのを恐れたらしい。


 慌てて隣の、丸い陶器のカップに入っているスープを飲み始めた。オレンジ色の濃いポタージュスープはとても口に合ったようで、おいしそうに目を細めた。

 何味だと思いクライドも一口飲んでみたら、すりおろしたニンジンとミルクを混ぜたニンジンスープだった。


 見つめるクライドの視線に気づいたようで、アシュリーが急いでカップを置いた。牛肉の煮込みに手をつけながらも、ものすごく飲みたそうにスープの入ったカップを見つめている。


 クライドはあえて下を向いた。アシュリーに目をやらず食事に専念しているふりをする。


 しばらくして、ちらりと顔を上げると、アシュリーが幸せそうにニンジンスープを飲んでいた。

 この胸をくすぐるような微笑ましさは何だろう。

 楽しくなってきてクライドは声を出さずに笑った。

 いつの間にか、あれほど疲れていた体の重みが消えていた。


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